トライアングル8
診察したところ、カデットさんは肺炎になっていた。
彼の中に潜んでいた、ごく軽い風邪が急に暴走しだしたのだ。
宇宙で長期にわたり過ごす間に、身体に積もり積もったストレス。
それが彼の抵抗力を極端に低下させていた。これから容態がどう変わるか分からない。
俺には初めての症例だ。完璧に適切な治療をしなければならない。事は緊迫している。
“完璧”という的から僅かでもずれると、治るのが遅くなったり、少々悪化するくらいでは済まされない。
彼の身体は今、急激な反応を示す。死は確実だ。
自分の手で、この手で命を奪う事になるかもしれない…。
だが、迷う余地は無かった。
放置したら、彼の命は無い。俺は覚悟を決めた。
「メグ、俺が看てるから、このリスト通りの器具と薬品をMSから持ってきてくれ」
メグは一瞬、表情に戸惑いを滲ませたが、俺の顔を見ると、全てを悟ってくれたのか、すぐに走っていった。
俺は、無力に横たわるカデットさんを見つめた。
40℃を超える高熱。本来なら入院しなければならない異常体温だ。
額に置かれた冷湿布を取った。湯気が上がった。
何とか頑張ってくれ…。
新しい冷湿布を額に当てた。
「ん…」
彼が少し動いた。意識が戻ったようだ。
「…メグ…?」
高熱に朦朧としたまま、乾いた唇が微かに動く。その掠れた声が、彼女を呼ぶ。
やっぱりカデットさんはメグの傍でずっと…。二人、仲良かったんだろうな…?
複雑な思いを必死で抑える俺。
「メグ…、早く…答えを…。ずっと…傍に…いて…欲し…」
答え…?何の答えの事なのか…。それは間違いなく…
パタン。その時ドアが開いて、彼女が戻ってきた。
俺はゆっくりと振り返った。
「メグ。薬品とかすぐに分かったか?」
「ええ。ワトソンさんに聞いたから大丈夫。アンドレイは変わりない?」
「…ああ」
事実ではない。先ほど彼の意識が戻ったんだ。そして…。
俺は彼女から目を逸らした。感情を表に出さないようにするだけで、俺は精一杯だった。
俺は傷ついている。メグが彼を名前で呼ぶ事が、更にその傷に触れてくる。
俺は目を合わさぬまま、彼女に背を向けた。