トライアングル1
次に目覚めた時、メグは側にいなかった。
ベッドの横にいたのは、あの男だった。俺は恐る恐る声をかけた。
「あの…助けて下さって、ありがとうございました」
「いいえ、そんな〜当然の事ですよ。こちらこそお世話になります、先生」
えらく腰が低いのに拍子抜けしてしまった。それに『先生』って…。
「僕はロシア籍の宇宙飛行士なんです」
「えっ?!…どうしてここに…」
驚いた。地球人だったんだ…。それには少しホッとするけど。
でもロシアが有人火星探査をするなんて、発表されていなかったはず。
知っていたら、火星人?とか…あり得ない事でドキドキせずに済んだのに。
「急に決まって、すぐに打ち上げだったんでね。発射してすぐにMSの事件が起こったので、その話題で持ちきりでしたし」
彼―ボブ・ワトソンと、その仲間5人は皆、俺も名前を知っている優秀な宇宙飛行士だった。
だからこそ、急遽決定した火星探査にも対応できたのだろう。
「でも動力装置の電気系統がダメになってしまって。助けは呼んだのですが、来てもらうにも、まだ2ヶ月以上はかかるんでね」
彼等は2週間前にここに着陸した。
しかし急な故障のため、再び飛ぶ事はできなくなってしまった。
それで帰路に使うエネルギーを少しずつ使って、彼等は今まで命を繋いできたのだ。
「1週間前から、仲間のうち3人が熱を出していまして…。診てもらえませんか?」
ああ、それで『先生』ね…。
俺は起き上がった。
十分な休養のお陰で体力は大分戻っていた。それに、自信に満ちていた。
この4ヶ月間、メグを助けるため、独学でかなりを学んだ。
そして彼女の健康を回復する事ができたのだ。ここではまさしく俺は『先生』なんだ。
「ワトソン君、一緒に手当てするんだったら、そのスキンクリームは取っておいてよ」
彼は自分達の船とMSを何度も往復していたらしく、船外で紫外線を浴びるのを恐れて、自分の肌を黒く塗っていたのだ。MS内では必要ない。
ワトソン君は笑って頷くと、コクピットを出ていった。
ほんの1分程で戻ってきた彼は、白い肌になっていて、まるで別人だった。
分かってはいたものの、あまりの変貌に息を呑んだ。
そんな俺に、彼はストローのついた袋を差し出した。
「先生、僕等の宇宙食なんですよ。長旅だから栄養補助のために持ってきてるんですけど、暫くこれ食べて元気になって下さいよ」
見た目は変わったが、人なつっこい口調はやっぱりそのままだった。
俺はそれを受け取るとストローを吸ってみた。
中に入っていたのはペースト状の物で、ココア風味だった。
物足りない気がしたが、後からじわじわと力が湧いてきた。
きっとこれで元気になって、頑張れる。
俺は気力と体力をしっかりと養った。