絶体絶命1
1日が過ぎ、1ヶ月が過ぎ…
やがて…俺達の目的地が、フロントウィンドーに大きく映し出されるようになった。明日、到着するそうだ。
宇宙航行に関するメグの技術は、天才的だった。
本来コンピューターで行うコース計算を、メグはペンと紙だけを使って、数日かけて完成させた。
それに、トイレの排水の推進力だけで、進路の微妙な調整も、見事にやってのけてしまった。
しかし簡単だったわけではない。進路の調整には何日もかかった。
コントロールレバーを握るメグの手は、震えていた。
長時間に渡る微妙な操作のため、指先に神経が集中して手が攣りそうだったそうだ。
病気で体中が重く、腕にも力が入らなくて、それでも無理して頑張ってくれたのだ。
今こうして、火星を目前にしているのは、紛れもなく彼女の尽力のお陰だ。
しかしその大変な中でも、休憩して食事をとる時には、メグは笑顔だった。
食事中は、俺が子供の時のドジな話とかをして。
水が怖くてシャワーを浴びせられる度に大泣きしていた事や、夏休みの初日に排水溝に落ちて、顔が傷だらけになって、みっともなくて家に閉じこもって過ごしてしまった事とか。
俺はメグの笑顔が見たくて、毎日一生懸命に面白い話を考えた。
心が元気になれば、体も元気になる…よく聞く話だけど、彼女を見てると、本当にそうだなと思った。
この調子で、地球に還るまでずっと、彼女を元気にしてやるんだ。俺は、充実していた。
食事が終わると、俺はトイレに戻って勉強を続けていた。
メグの心拍数や血圧、体温等はずっと毎日測り、また問診もして、慎重に本に照らし合わせながら確認していた。
進路の調整が終わった日、メグの体温が平熱に戻った。
嬉しかった。彼女の体調が回復してきた事が、はっきりと判って。
本当に嬉しかった。少しだけど、メグの役に立てて…。
…よし。今日も異常無いな。俺は検査を終えると、横になった。…旅立ちから4ヶ月。よく…ここまで来れたよな…。
火星に着いたら、また大仕事がある。
まずMSのポートに常備してある小型宇宙船で、火星に着陸する。
そして火星にある無人調査船から残った燃料を抜いて、MSに戻って補給する。
それからMSで、火星の大気内まで下りて、太陽電池を充電する。それからやっと、帰途につけるのだ。
メグはMSの操縦を続けないといけないから、小型船で着陸するのは、俺だ。
操縦できるけど…さすがに火星に降り立つなんて緊張する。
だって俺が、火星に降りる最初の人類になるわけだろ?確かアメリカが今年、火星に人を送りこむ予定だけど、一足先に素人の俺が降りるなんて。
カメラも無いから誰も見てないんだけどさ…
…あれ?気づいた時には、日付が変わっていた。
最近何度か、さっと目の前が真っ暗になる事がある。ちょっと気を抜くと、すぐこれだ。あと少しなんだから…大丈夫だろ?俺は自分の体に言い聞かせた。
もう折り返し地点まで来た。
それに、現在の火星の位置からだと、帰りはもっと早く帰れるらしいし…だから…。もう少しだから…。