生きたい5
愛してる人と…これから何ヶ月も二人きりだなんて…堪えられないかもしれない…!
メグには何て説明したら良いんだろう。本当の事なんか、絶対言えない。
…ふと思いついた、苦し紛れの言い訳。バレないように、必死で平静を装う。
「…勉強するんだよ。俺、学生だぜ。しかも補習受けてた身だし。その上思いきり授業後れてるんだから、集中して勉強しないと」
「あ、そうか。分かった。ごめんごめん」
…すんなり引っ掛かった。よし。
俺はこの言い訳を裏付けるために、医学の本を全部、トイレに持ち込んでおいた。
このトイレはシャワールームも一緒になっているので、割と広い。だから居心地は悪くないのだ。
まず俺は、シャワーの下に行った。
全身が汗でぐっしょりとしていた。濡らしたタオルで、体を拭く。
男って、本当に単純だと思う。
ドキドキすると、すぐ顔にも体にも表れる。
男の中でも俺が特に、単純なのかもしれないが。
そして、この動揺を鎮める方法も簡単だ。
体がさっぱりすると、案の定、落ち着いてしまった。
…やっぱり単純。心と体が直結してるなんて、俺は単細胞か?
でもこんな自分、嫌いじゃない。
単純だから気持ちの切り換えも早い。
体調を崩すまでに気を張り続けるメグとは、正反対だ。
宇宙を漂流しているこの状況で、緊張と不安に呑み込まれずに済んだのは、単純だったお陰だと思う。
メグが、俺とは違う性格だったからこそ、助けられた部分は多い。
同じように、きっと俺もメグの助けになれるはず。いや絶対に、助けになってやる。
俺は、再び考え続けた。
火星に進路を合わせる方法について。
燃料の無いMSの進路を変えるには、どうしたら良いのか…。
…何時間考えていただろう。答えが見つかった。
答えは、意外にもおしりの下にあった。それはトイレだった。
このトイレは、汚物を船外に排出する。
するとそれは、まるでロケットのように、煙のような霧となって宇宙空間に出て行く。
気圧も水圧も存在しない宇宙空間へ吹き出すこの霧の勢いは、相当強い。
実際過去に、宇宙船の水のタンクに穴が開いたせいで、霧が吹き出して、進路を狂わせる事故があった。
MSのコクピットにあるこのトイレは、進路を変えないように、排出する方向を制御する仕組みになっている。
しかし、それを逆の目的に利用する事もできるはずだ。
そう、進路を変えるという目的のために。
噴射しているロケットの方向から排出するのだから、向きを制御する事も可能だ。
コントロールレバーを動かしても、燃料の切れたロケットが噴射する事は無いが、その時にトイレを流せば、MSを動かす力が働くのだ。
しかし、絶対に難しい。
ロケットエンジンと比べれば、僅かな力しか働かない。
進路の角度にたった1度の誤差が生じても、長距離動くと大きな誤差になって、目的地には着けない。
やっぱりメグにプレッシャーがかかってしまうよなぁ…。
メグを助けたいのに。少しでも楽させたいのに。メグに負担かけてどうするんだ…?