表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハンカチの木  作者: Gardenia
番外編1
60/67

S2 保坂の引越し2


保坂に夕食を出しながら、亜佐美は改装工事の話をした。

続いて引越しの提案も話した。

保坂は聞くだけ聞いて、食事が終わったらゆっくり話そうと言って箸を取る。

最後にご飯とお味噌汁を保坂の前に置くと亜佐美も一緒に夕食を始めた。


二人とも考えることが多くて口数が少なくなる。

そのせいかあっというまに夕食は終わってしまった。

食後の熱いお茶を淹れ保坂の前に置き、亜佐美は椅子に深く座りなおした。


「まず、僕達の婚約については、明日工場長に報告するよ」

「はい」

「その他の人には、聞かれたら肯定するくらいなぁ」

「そうですよね」

「僕達からわざわざ発表しないでも、すぐに広まるさ」

そう言って保坂は笑った。


「今夜、あとで実家にそう電話しておくよ」

「私も聞かれたら、そうですと言うくらいで取り立てて騒がないつもりよ」


「引越しはどうします?」

「ん~、僕としては業者に全部頼んでお金だけ払うってほうが気楽なんだけど」

「そうですよね。でも、今回は佐知子さんに相談してもいいのでは?」

「そうかい?」

「ええ。こっちに居るのもあと1年ほどなので、最後の交流になると思うんですよね」


保坂は黙って聞いている。

「東北から移動された従業員の家族って、一也さんとはなかなか交流がないでしょ?

説得されてここに引っ越して、そして一也さんは東京へ移動。

なんとなく区切りがないような気がして・・・」


保坂が頷かないので、亜佐美は続けた。

「最近ようやく気持ちも落ち着いてきたようなんです。

だから保坂さんの引越しで、久しぶりに皆さん顔合わせるだろうし、

ここに残ってやっていくという心構えにもなるんじゃないでしょうか?

なんていうのかな。けじめっていうのかしら」

「ふむ」

「うまくは言えないんだけど、1年後に一也さんが東京に移動って頃には皆の気持ちは前に向けると思う」


「なんとなく言いたいことはわかるよ」

「うん。上手く言えなくてごめんなさいね。言葉を思いついたらまた説明するわ」

「まぁ、とにかくもう少し保留にしてくれる?帰る頃には決めるから」

「はい。よろしく」





二人で食器をキッチンに運んでいると、昼間に来ていた建築業者がやってきた。

ざっと説明を聞き、三人で客間に移動して更に説明を聞く。

それが終わるとダイニングに戻って工事日程を詰めた。

玄米茶と和菓子を勧めておいて、亜佐美と保坂は建築業者が描いたラフスケッチを見ながらさらに説明を受ける。

保坂が建築業者と素材見本と照らし合わせながら、壁の色や床の素材を決めていく。

保坂はPCとオーディオ用の電源が心配なようだったので、電源を増やすことにした。


明日から3日間は資材集めと準備をして、4日目から取り掛かれると言われた。

それまでに客間の荷物を移動しなければならない。

早く仕上げるためにかなり大勢の職人が出入りするので、出入り口を決め、使っていない部屋は鍵をかけることにした。

夜の作業は音の小さめの作業になり職人も僅かにするが、昼間はかなりの人数になるので落ち着かないらしい。

亜佐美はその間、保坂のマンションで保坂の引越し準備をすることになった。


打ち合わせが全て終わると、もう深夜になっていた。

建築業者は意気揚々と引き上げていき、保坂は疲れた顔をして自分のマンションに帰っていった。

帰る前に、「引越しは亜佐美と佐知子さんにお願いするよ」とちゃんと言い残したので亜佐美はほっとした。


保坂が帰ってしばらくすると、携帯電話にメッセージランプが点いた。

『明日、出勤前に朝のコーヒーを飲みに寄ってもいいかな?』と保坂からのメールが届いた。

『今日はお疲れ様でした。明日の朝、お待ちしています。おやすみなさい』

と、亜佐美は返信した。


ここに泊まっていっても良いのにと思う。

あるいは私を保坂のマンションに連れ帰ってくれても良いのにとも思う。


何故言い出さなかったんだろう私、と亜佐美は考えた。

言い出せなかったのかな。

いいや、違う。

保坂が居る時には思わなかったが、彼を見送ってからそういう気持ちが湧いてきたことに気がついた。


保坂と知り合う前はそういう気持ちになったことがなかった。

恋をしてるってこんなことなんだなと思うと、我ながら微笑ましい。

もう少ししたら一緒に暮らすんだから、いいか!と気を取り直して亜佐美はお風呂に入る準備をした。






翌朝、保坂は早朝にやってきた。

「おはよう」

「おはようございます」

そういう朝の挨拶だけでも関西出張の前と今では違うような気がする。


「今、コーヒーを」と言う亜佐美をつかまえて、保坂はぎゅっと抱きしめた。

「もう絶対に亜佐美不足だ」

「ここのところずっと毎日会ってるじゃないですか」

亜佐美は保佐の背中に手を回してきゅっと力を入れた。


「そんなんじゃないんだ。わかってる癖に」

保坂はまだ亜佐美を離そうとしない。


「3分だけこのままで・・・」

「ウルトラマン一也ですか?」

保坂の腹筋がふるふると震えて笑い始めたのがわかった。


ふたりで笑いながらやがて亜佐美を解放すると、そのままキッチンまでついてきて、自分でコーヒーをカップに注ぐ。

準備していたコーンスープと小さなサラダ、ハムトーストで一緒に朝食を食べるともう保坂の出勤時間だった。


今日から出張までの3日間、保坂は車で出勤するらしい。

保坂は亜佐美にマンションの合鍵を渡して、「よろしくお願いします」と言った。


「あとで佐知子さんに電話をして、どうするかを決めたら携帯にメッセージ入れますね」

「うん」

「申し訳ないけど、お仕事中でも構わずメッセージしますからね」

「返事が必要な場合や急ぎのことは、そう書いてくれればいいから。

それから、可能なときはメッセンジャー立ち上げておいてよ」

「それ、公私混同じゃない?」

「いいんだ。僕のメッセンジャーは常駐だし、早く対応できるから」

「はい。わかりました」


慌しくでかけようとする保坂に、「いってらっしゃい」と声をかけると、

保坂は一瞬動きをとめて、「良いなぁ。うん、こういうの良いよ」としみじみ言った。

「あと2週間が待ち遠しいよ」と微笑んで、亜佐美にキスを落とすと出勤していった。


亜佐美は輝くように微笑んだ保坂を送り出して、しばらくは何も手につかなかった。

見惚れるくらい綺麗な表情なんて反則だから・・・と思ったのは保坂には内緒だ。






やがてキッチンを片付けると、亜佐美は佐知子に電話をかけた。

亜佐美たちの婚約は大げさにはしたくないけど、他の人に言ってもよいことには佐和子はとても喜んだ。

「それのほうが皆に協力してもらいやすいです」

「そうですか。よろしくお願いしますね」

「明日、いつもの時間に伺います。午前中は客間の押入れのものを移動しましょう」と佐知子は電話を切った。


忙しくなりますね、という佐知子の言葉に亜佐美はその通りだと思い、自分もやれることをしておこうと立ち上がった。

数日分の着替えをバッグに詰めると部屋の隅に置いておき、紅茶を淹れるとそれを片手にPCを立ち上げた。

仕事のスケジュールを再確認して、溜まっていたメールを処理することで午前中を費やした。


午後に保坂のマンションに行こうかと思っていると、佐知子から電話があった。

今夜か明日の夜、引越し会社勤務の人が一度保坂の部屋を下見したいと言うのだ。

荷物の量を確認したいらしい。

佐知子も同行するというので、午後6時に保坂のマンションで落ち合うことにした。

そのことを保坂にメールすると、「早くても8時頃にしか仕事を終われないから、よろしく」と返事が届いた。


午後は作り置きできるお惣菜を作りながら、ブログの更新をした。

関西出張中に撮った写真の整理もする。

時々リビングのソファーにごろんと横になって目を瞑る。

眠れはしないが、気分を落ち着かせるために一応目を閉じてみるのだ。

これから2週間でしなければいけないことを反芻する。

何度も何度も考えないと頭のなかに留まらない感じがした。

そうでなくても物覚えが悪いのに、これはきっと浮かれているのだと思う。


しっかりものの保坂が自分でしないで亜佐美に任せてくれたのだ。

何の漏れもなくきちんとやり遂げたい。

「そうだ!」亜佐美は思いついたことがあったので、ソファーから立ち上がってPCの前に座った。

確か、カレンダー機能に『TO DO』リスト作成というのがあったはず。

今まで一度も使ったことのない機能だが、使ってみようと思った。

もしかしたらこのリストを使えば、保坂と共有できるかもしれない。

そう思いたって、カレンダーを開けてみるとなんとか使えそうだ。

しばらくの間亜佐美はリスト作成に没頭した。


5時になったので、亜佐美は数日の着替えが入ったバッグを持って保坂のマンションに行った。

運べるときに運んでおいたほうが良い。

保坂の居ない部屋に入るのは少しためらいがあったが、人が来る前に窓を開けて空気を入れ替えたほうが良いだろう。

預かった鍵でドアを開けると、保坂の匂いがした。


リビングの窓を開け、寝室を覗くとベッドが目に入る。

シーツを簡単に整えて、亜佐美は持ってきたバッグをクローゼットの隅に置いた。


佐知子は時間通りに二人の男女と一緒にやってきた。

どちらも家族が保坂の工場で働いているとのこと。

家族の就職の際にも推薦状を書くなどして保坂には世話になったと二人にお礼を言われた亜佐美は恐縮してしまった。








評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ