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ハンカチの木  作者: Gardenia
番外編1
59/67

S1 保坂の引越し1

ハンカチの木は初めての作品にも係らず、多くの方に読んでいただきました。

ほんとうに有難うございました。

今回は番外編ということで、その後の二人の結婚までを書いてみたいと思います。

不定期の更新となりますが、お楽しみいただければ嬉しいです。






保坂が契約している賃貸マンションの更新時期が近づいていた。

亜佐美は、東京本社に移動するまでの約1年を亜佐美の家に下宿しないかと提案したのだが、

言い方はどうであれ二人はしばらくの間「同棲」するということになる。


旅行先の京都であっという間に結婚を視野に入れてしまった二人であるが、お互いの家族に賛成してもらえるかどうかとても気になる。

計画魔の保坂のほうは、近いうちに亜佐美にプロポーズする日がくると考えていたので、旅行中に亜佐美から提案されたことには驚いたが、とっくに東京での新居なども考えていた。


亜佐美の気持ちがはっきりしたとたんに保坂にスイッチが入った。

京都から東京に戻り、建築中のマンションを見せて、保坂の母にも連絡し婚約指輪を選び、その足で亜佐美の伯父や祖母にまで挨拶に行ってしまった。

後で思い出しても、電光石火という言葉を目の当たりに体験したなと亜佐美は思う。





家に戻った翌日には保坂の紹介で建築業者から連絡があり、亜佐美はさっそく改装の打ち合わせをした。

家が建てられたころの流行でそれほど良いとは言えない建材を使っているために、あまり斬新な改造は出来ないと建築業者に言われた。

それは亜佐美もわかっているので、1年ほどだけ使えればいいやと開き直って、床下に少しだけ補強を入れ、天井と壁はなるべく躯体に負担をかけない軽い素材で仕上げることに決めた。


8畳二間続きの和室の押入れ部分がクローゼットに変わり、8畳部分を保坂の書斎にして続きの残り8畳にベッドを置く。

廊下に面した襖は、寝室と接する部分は壁になり、書斎部分は全面を半透明のガラス戸にして開けると廊下越しに中庭を望めるようにした。

反対側の窓は、そのガラス戸と同じデザインの窓枠に変える。


夜通しやれば3日で出来る工事らしいが、材料の手配や部品の準備、後片付けなども入れて1週間でやってみせますと担当者が言うので亜佐美はびっくりしてしまった。

その工務店は保坂の工場の仕事もたくさん受注しているらしく、保坂の言うことなら何でも聞く勢いだった。

同じ日の夜、保坂が帰宅する頃に素材見本と簡単な絵コンテを持って再び説明に来るというので更に驚いてしまう。

しかし、近いうちに保坂が出張に出ると言っていたのであまり時間がないと思った亜佐美は、急いで保坂にメールを出して夜の約束を取り付けた。





建築業者が帰るともうお昼だった。

ちょうどお手伝いさんが来ている時で、たまには二人で昼食も良いかもしれないと亜佐美は彼女を探しに立ち上がった。


息子の転勤に東北から一緒についてきた佐知子は、不定期な仕事の亜佐美を手伝って掃除や洗濯、茜のお守りなど頼んでいて、もうすっかり二条家に馴染んでいる。

茜がアメリカに行ってしまってからは週に三度、定期的に通って来てもらっていた。


佐知子はお風呂場に居た。


「佐知子さん、一段落したらお昼にしない?」

「あ、亜佐美さん。そうですね。ここが済んだら休憩にします」

「カレーで良いかしら?」

「私はお弁当持ってますから」

「あ、お弁当。いいなぁ。じゃ、お茶だけ用意しておきます」


佐知子は元看護婦だけあって、何でもてきぱきと段取り良く仕事をこなしていた。

あまり計画性のない亜佐美としては助かっている。

茜が居た時も多少のスケジュール変更には予め相談しておけば、亜佐美の都合で働く日を増やしてくれたりもしたのだ。


亜佐美はキッチンに戻ると、ご飯とカレーを解凍して自分の昼食を準備した。

お湯を沸かし、試供品であるフリーズドライのお味噌汁を佐知子にと用意する。

京都で買ったお漬物を出すと、テーブルは少し賑やかになった。






ほどなくして佐知子がダイニングにやってきた。

手には小さなお弁当の包みを持っている。


「亜佐美さんの前でお弁当は恥ずかしいんですけど・・・」と言う佐知子に椅子を勧めながら、

「このお味噌汁、試供品で貰ったんだけど、食べてみてね」と亜佐美は勧めた。


「良いんですか?いただいて」

「もちろんよ。最近は試供品が多くて。感想も聞きたいし。それに最近のは美味しいのよ」


佐知子は亜佐美の母に近いくらいの年齢ではある。

茜が居なくなってからは、時々二人で休憩のお茶を一緒にすることもあった。

亜佐美の家の仕事をいつも淡々とこなして、人が来ているときは別の部屋で作業をするなどして邪魔をせず、目立たない存在だ。

亜佐美が話しかけるとニコニコと答えるが、おしゃべりが好きなタイプでもなくいつも静かに仕事をしていた。

そしていつも小さなお弁当を持ってきていた。

2~3回見たことがあるが、弁当の半分には白いご飯、残りのスペースにおかずが2品ほどの大雑把なものだった。


フリーズドライのお味噌汁の美味しさに驚いたり、京都のお漬物はさすがに美味しいと箸も進んでいるようなので亜佐美としてもほっと一安心だ。

食事も終わりかけてお茶を淹れながら、亜佐美はようやく口を開いた。

保坂が引っ越してくることを言わなければならないが、佐知子の息子は保坂の工場の従業員だ。

亜佐美はすごく慎重になっていた。


「佐知子さん、さっき建築屋さんが来てたでしょ?」

「はい」

「客間を改造することになって・・・」

「そうなんですか」

佐知子はお茶を両手に持って、うつむき加減で亜佐美の言葉を待っている。


「実は、保坂さんと婚約して・・・」

「えっ?」

顔を上げた佐知子の驚いた顔が徐々に嬉しそうな顔になっていく。


「とうとうですか?それはおめでとうございます」

「あ、ありがとう、ございます」


「旅行中にプロポーズですか?」

「まぁ、そうですね。そういうところかな・・・」

「保坂さん、何て言ったのですか?」

「いや、保坂さんと言うより・・・私が」

「は?」

芸能レポーター張りの質問攻めである。


「素敵な指輪ですね」

亜佐美が佐知子の言葉に顔を上げると、佐知子のにこやかな顔が目に入った。

「そうではないかと思っていたのですよ」

佐知子はなにやら一人納得して、うんうんと頷いている。




「それでですね、保坂さん、ここに引っ越してくるんです」

亜佐美は一気に言った。

びっくりしている佐知子に、和室を改造して保坂の部屋にすること、保坂の今マンションの引越しもすることを告げる。


「私もお手伝いしますから、何でも言ってください」

そう佐知子は言った。

「改装期間中は何かと心配なので毎日来ます。お掃除も必要ですから」と佐知子に言われて、「じゃ、お願いします」と頭を下げたのは亜佐美のほうだ。


「引越しの荷造りもお手伝いしますから」と言う佐知子には、

「楽々コースで全部やってもらうから」と亜佐美は断った。

少し考えていた佐知子は、

「じゃ、ここの改装中は亜佐美さんは、保坂さんのマンションに行って荷造りするというのはどうですか?

工事が始まると煩くて落ち着きませんよ?」と言う。

それはそうだ。亜佐美は今夜保坂に聞いてから決めますと佐知子に答えた。


「それでですね、まだ婚約したことを誰にも言ってないのです。

家族はもちろん承知してますけど、発表の時期は保坂さんにお考えがあるでしょうから・・・」と亜佐美が言い澱むと、

「もちろんです。私は誰にも言いませんから」と言ってくれた。

亜佐美の一番気がかりだったことである。

保坂は保坂一族の三男である。

保坂の方針が決まる前に噂が飛び交うのは避けたい亜佐美であった。


しばらく何かを考えていた佐知子が顔を上げた。

「引越し屋さんはもう決まっているのですか?」

「いえ、まだ。午後にでも電話帳に載っているところに連絡して見積もりをと思っているのだけど」

「まだ決まってないなら、心当たりがありますのでちょっと待ってもらえませんか?」

「ええ、いいですよ」

「ご婚約のことは私からは他言しませんが、保坂さんの引越しについてはちょっと考えがあります。実はですね・・・」

と佐知子が話し始めた。


佐知子の息子と同じように東北工場からここの工場へ転勤になった同僚が何人も居る。

その家族のなかで引越会社に勤めてる人が数人居るというのだ。


「息子たちの転勤に関して、保坂さんは何度も東北工場に足を運んで親身に説得してくれたんです。

代々住んでる土地を離れたくない人ばかりでした。

初めは転地なんて考えられませんでしたが、引越し先での仕事や生活のことも何度も説明してくれて。

引っ越してからでも東北のことが思い出されて辛い毎日でした。

でも、今はもうこの街が大好きですよ。

怖い夢はまだ見ますけど、ここに居れば大丈夫って思えるようになりましたから」

泣いてはいなかったが、佐知子の目には涙が光っているように思えた。


「その保坂さんの引越しですもの。声をかければ皆協力しますよ」と言うのである。

「ただ、ご婚約のことをどこまで内緒にしておけるかわかりませんが・・」と言うので、

「そういうことであれば、今夜、保坂さんに聞いておきますから」と亜佐美は答えた。

「明日、連絡しますので、それまで待ってくださいね」と言いながら、亜佐美はとても温かい気持ちになった。





その日、保坂はいつもより少しだけ早く帰ってきた。

保坂にとっては訪れたと感覚かもしれないが、亜佐美にとっては帰ってきたという感じがする。

「お帰りなさい」と言うと、保坂が嬉しそうに「ただいま」と答えた。






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