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ハンカチの木  作者: Gardenia
第五章
56/67

54  出張

亜佐美はそれからも頑張って、保坂の会社との仕事をこなし、弁護士とも何度も打ち合わせて契約書を作り、従来の家の業務もきちんとやっていた。


茜は夏休みに入ってすぐ1週間ほどアメリカに行き、無事に帰ってきたと思ったら、亜佐美が予想したとおり父親と一緒に暮らすことになった。

最初は父親とは一緒に暮らさない言っていたが、それは自分がアメリカに行ってしまえば亜佐美が一人になってしまうと思ったからで、どうも塞ぎがちな様子の茜に保坂が問いただしてみると、本当はパパと暮らしたいと白状した。

それについては保坂が亜佐美を一人にしないからと茜と秘密の約束を取り交して、茜の背中を押した。


亜佐美はもう1年間茜を手元に置きたかったが、茜とその父親の熱い希望に負けて夏休み中に引っ越すことを認めてしまった。

夏休み中の学校で手続きを済ませ、迎えに来た父親と茜を見送った後は、家の中がやけに静かで広く感じることを知った。






2~3日はなんともなかったが、日が経つにつれ、家のあちこちに茜の想い出が漂っているようでなんとも落ち着かない。

保坂は夜はたいてい立ち寄って夕食を一緒に食べるし、時々は泊まっていく。

週に何回かは通いのお手伝いさんも来るし、伯父のところにも顔を出していた。

夏休みに再び東京のデパートで開催されたイベントは、ゴールデンウィーク以上に盛況だった。

それでもあまり気分が向上しない。

毎日するべきことをしているというだけの毎日だった。


「亜佐美さん、ちょっと痩せたんじゃない?」と保坂が言った。

「そうかな?まぁ、2~3kgは減ったかも」と亜佐美はあまり気にせずに言った。

それについてはそれ以上保坂は言わなかったが、

「そうそう、来週末は何か予定が入ってる?」と亜佐美に聞いた。

「出かける用事はないですよ~。ブログの更新くらいかな」

「じゃ、木曜日から仕事も兼ねてお出かけしないか?」

「ん~~、どうしようかな」

「僕には関西出張が入ってる。亜佐美さんも一緒に行って、阪神工場の社食を見てきてくれないか?」

「私も出張?」

「うん。そうだよ。木曜日の夜が大阪で金曜の夜から京都へ行って食べ歩きしないか?」

「わお~!ほんと?」

「亜佐美さんが良ければだけどね?」と保坂がいたずらっぽく笑った。

さっそく亜佐美と保坂はインターネットで大阪と京都の情報を調べ始めた。


「申し訳ないが・・」と保坂は前置きして、大阪では宿泊は一緒だけれど食事は一緒にできないことを詫びた。

「お仕事だもの大丈夫。それに食事は友達を誘ってみるから良いよ」と亜佐美はあっさりとしたものだった。

どんな友達なのか、男か女か聞きたかったがそれを言うのも大人気ないと保坂は黙っていた。

「それよりも、暑くも無く寒くもないこの時期に京都に行けるのは嬉しいなぁ」と単純に喜んでいる。

久しぶりに亜佐美が元気になったようで保坂は京都に誘ってよかったと思った。






関西出張は朝早い出発だった。

一泊分の用意と会食用の服を鞄に詰め、他の持ち物はノートPCと保坂からのクリスマスプレゼントの一眼レフカメラ、そして筆記用具だ。

大阪では一人の時間も多い。それを利用して滞在中の服や小物は現地で見繕うつもりだった。


電車で隣同士に座りながら、こうやって保坂と一緒に電車に乗るのは何度目のことだろうかと亜佐美は考えていた。

知り合って1年少々、いろんなことがあった。亜佐美の周りの状況は激変した。

隣に座っている保坂が優しいだけの人ではないことを亜佐美は知っている。

時折、すでに亜佐美のものだと言わんばかりの表情をすることがあるが、まだ亜佐美の知らない保坂が居るような気がしていた。

亜佐美の手が届かない場所で活躍する保坂のところまで、どうやったら行くことが出来るのか。

どうやったらこの人を手に入れることができるのだろうか。

亜佐美にはまだ解らなかった。





途中で新幹線に乗り継ぎ、新大阪駅で下車すると迎えの車が2台来ていた。

保坂は大阪市内を何箇所か訪れるらしく、亜佐美を阪神工場からの担当者に紹介すると先に車に乗り込んで行ってしまった。

事前に行動予定は打ち合わせているので特に話すこともなく、保坂を見送ってから迎えの車に乗った。


工場からの迎えは女性担当者だった。

「二条さん、今日はようこそお越しくださいました。私、二条さんのファンなのでお目にかかれて嬉しいです」と亜佐美と同じ年頃の担当者が運転しながら話しかけてきた。

「毎月のメールマガジンも楽しみに読んでますし、二条さんのブログも拝見しています」と言うので、亜佐美は照れながら、「それはありがとうございます」と笑顔でお礼と言うと、

「あぁ、二条さん、素敵な笑顔です~~!」という反応があった。

関西の人はエネルギッシュと聞いてはいたが、この担当者もかなり元気な人だと亜佐美は思った。

立地や環境のことなどの質問にもいろいろと答えてくれて、工場に着くまでおしゃべりが途切れることがなかった。


関西工場は海の近くの工業地帯にあった。

門を入ると広い駐車場がありその奥に建物が点在している。

工場の外には飲み物の自動販売機くらいでコンビニも見当たらない。

亜佐美は案内されて社員食堂に入るとさっそくメモを取り始めた。

まだお昼前ということもあって、厨房で働く人以外は社員の姿がない。

何度か行き来をしながら、気がついたことを書き記し、必要な場所はサイズを測ってみた。

東京本社からのプロジェクトスタッフも合流して軽くミーティングをし、そのまま社食でランチを一緒に食べた。

その後は会議室に移動して、ランチの感想などを意見交換して亜佐美の仕事は終わった。


宿泊予定の大阪のホテルまで送ってもらい、亜佐美は一人でチェックインすることになっている。

受付で保坂の名前を言うと、すぐに部屋に案内してくれた。

さっそくPCを取り出しメールをチェックした後、保坂の携帯に部屋番号を知らせ、『鍵は受付で貰ってください』とメッセージを送ってから亜佐美はそのまま街に飛び出した。

ホテルは駅前にあり、デパートが3軒、他にもお洒落なお店がたくさんある賑やかな場所だ。今日は片っ端からお店に入ってみるつもりだった。


そして夕方、亜佐美はいくつかの紙袋を手にしてホテルに戻ってきた。

洋服を買うのは久しぶりだった。

東京とはファッションの傾向が違うので、見るものどれも目新しく、楽しく買い物ができた。

クローゼットに紙袋を押し込むと、浴槽にお湯をたっぷりと張り、肩まで浸かってほっと一息ついた。

今日の買い物を保坂は喜ぶだろうか。


そう考えていると、いきなり浴槽のドアが保坂が顔を覗かせた。

あまりにも突然だったので、亜佐美は「ひゃ~~っ」という声をあげてしまった。

「亜佐美さん、そんな悲鳴じゃ誰も助けにこないよ?」と笑っている。

「い、いったいどうしたの?」とようやくの思いで声を出すと、

「これから会食なんだけど、ちょっと時間が空いたので荷物を置きに来た」と答えて一度ドアを閉めると、今度は浴室に入ってきた。


「一也さん・・・」全裸の保坂を見て目のやり場に困った亜佐美であるが、目線は外せない。細身には見えるけれど、張りのある筋肉がついたバランスのとれた身体だ。

「汗を流してから出かけるよ」と言って保坂はバスタブに入ってきた。

足の間に亜佐美を入れ、亜佐美の肩を後ろに引っ張って自分の胸に凭れさせると、

「もう身体は洗った?」と聞いた。

「まだ・・・今、お湯に入ったところ」と亜佐美が答えると、

「そうなんだ」と言って、亜佐美の胸を触りだした。


くすぐったくて身体を捻ろうとしても保坂に抱えられていて動かせない。

「一也さん、時間は大丈夫なの?」と言ってみると、「うん、行かなきゃなぁ」という答えが返ってきたが手を止める様子がない。

でもすぐに、「先に体を洗うよ。亜佐美さんはまだ浸かってて」と言って保坂が立ち上がった。

シャワーを出しながら保坂は身体を洗っている。

亜佐美はその姿から目を離すことができないでいた。


「亜佐美さん、いやらしい目つきになってるよ」といつの間にかシャワーで泡を洗い流した保坂が声をかけるまで、亜佐美はぼ~っと見ていた。

恥ずかしくなって顔を背けると、保坂が「後でちゃんとあげるから」と言って笑った。

何も言い返せずにいる亜佐美を残して、保坂は浴室を出て行った。

なんて人なんだぁ~と思いながら、亜佐美も身体を洗って浴室を出た。


亜佐美が髪を適当に乾かしてから部屋に戻ると、保坂はすでにスーツを着て、PCを開いていた。

「今夜は?」と保坂が顔を上げずに聞くので、「予定通り、ブログ仲間さんたちとオフ会です」と亜佐美は笑って答えた。

関西のブロガーが集まってくれて、駅の近くの店で夕食をとることになっていた。

東京のデパートでのイベントに参加してくれた人も居て、なかなか楽しい集まりになりそうだった。

「ちゃんと髪を乾かしてから出掛けるんだよ」と保坂は言って、PCを閉じた後、亜佐美に近づいてかなり濃厚なキスをした。


「いいかい?誰にもついて行ってはだめだよ?」と言う。

「美味しいお菓子を呉れても?」と亜佐美は笑いながら聞いた。

「もちろんお菓子を差し出されてもダメ。ついでにイケメンにもついてっちゃダメ」

「そうなの?イケメンが好物なのに・・・残念だわ」

「やっぱり、君はイケメンが好みか」

と言って二人で笑った。


保坂は「もう迎えが来る時間だ」と言って出掛けたので、亜佐美はゆっくりと化粧をして服を着替えた。






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