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ハンカチの木  作者: Gardenia
第五章
54/67

52  保坂の母

デパートでのクッキングイベントは大成功だった。

前日にパウンドケーキを焼くことができたので、本番ではオーブンの扱いも問題なくスムーズに焼きあがった。

ゼリーのほうも前日予め大量に作ることができたので、当日の朝はゆっくりと過ごすことができた。


保坂の母親も気を利かせて早めに来てくれたので、保坂と百合絵に茜を託して、スタッフとの打ち合わせや主催会社への挨拶も充分にできたと亜佐美は感謝していた。


茜は本番に強いようだった。いつも自宅でアシスタントやっているように自然に振舞っている。

保坂は黙って会場に居て必要な時だけ手を貸してくれた。保坂の手には一眼レフカメラがあった。どうやらイベント中の亜佐美と茜の姿をカメラに収めていたようである。


百合絵は帰る時に、「明日の朝はゆっくりしてね。そしてもしよかったらブランチ食べに来て頂戴な」と亜佐美と茜を誘った。

保坂が慌てて、「母さん!」と止めに入ったが、「だって、うちの人はゴルフだし、誰も家に居ないんだもの。亜佐美さんとゆっくり話せるチャンスってそうないのよ。今回も久しぶりにお目にかかったのに」と百合絵は保坂に詰め寄っている。


「あの・・・」と亜佐美は声をかけた。

「お出かけになるのがお嫌じゃなければですが、もしよかったら明日は私達が泊まっているホテルで早めのランチをご一緒にいかがですか?」

「え?ほんと?」と百合絵は嬉しそうにしている。

「「ねぇ、いいでしょ?」」と亜佐美と百合絵に同時に言われた保坂は唖然としていたが、茜までもが「ねぇ、いいでしょ?」と言ったので笑い出してしまった。


「このデパートの隣のホテルなんですが、最上階のレストランが人気なんです。

景色も良さそうですし、一度行ってみたくて・・・」と亜佐美が言うと、「亜佐美さんのお勉強のためにお付き合いするわ」と百合絵はいたずらっぽく笑った。

「そうだな、今日は疲れているはずだから、明日の昼にしよう」と保坂も同意して、待ち合わせの時間を決めた。


保坂は百合絵を自宅まで送っていくことになり、亜佐美と茜はイベントに来ていたブログ仲間と同じフロアにあるカフェでお茶をすることになっていた。

そのあとデパートで買い物をして帰る予定である。

茜と二人、ホテルの部屋に戻った時にはかなりくたびれていた。


その夜はゆっくり休んだせいか目覚めもよく、翌朝はホテル近所のカフェでモカとベーグルの朝食を終わった。

ゆっくりとモカを飲んで寛いでいると、保坂が「そういえばこの近所に大きな公園があるんだよ。少し歩くことになるけど、時間もあるし行ってみないか?」と亜佐美と茜を誘った。

亜佐美の住む街であればとっくに始動している時間でも、夜遅くまで賑わうこの街の朝はひっそりとしている。

駅前とは違って細い路地がいくつも交錯している場所を、保坂は迷いもせずに二人の歩調にあわせてゆっくりと誘導していった。


突然突き当たりに緑が見えたかと思うと、その緑の塀に沿って少し歩き、大きな門をくぐった。

整備された大きな庭というイメージを亜佐美は持った。田舎の自然の緑とは違って、大きな箱庭だ。

茜は亜佐美と繫いでいた手を離して、花壇に近寄った。

亜佐美も目の届く範囲に居るかぎりは茜の好きに歩かせて、その後を保坂とのんびり歩いていた。


「亜佐美さんに見せたいものがあるんだ」と保坂は言って、目線の先にある大きな木を指差した。

亜佐美には見覚えがあった。ハンカチの木だ。

「この幹と葉っぱが亜佐美さんの家にあるあの木を似てるなと思ったんだ」

「今、まさに満開ですね」

木下に居ると白い花が落ちてくるかのように亜佐美は掌を上にして見ている。

「去年、亜佐美さんの家の木も白い花をつけていたのを見たよ」

「ハンカチの木って言うんですよ、これ。ほら、白い部分がハンカチを干したように見えるでしょ?」

「なるほどね」

「でも今頃咲くんですね。うちの木はもう少し後だなぁ」

「うん。夏に見たような気がする」

「なかなか花が咲かなくて、ここ2~3年前からかなぁ。あ、白いのは葉っぱの一部らしいです。花はその中に可愛いのがあります」

「ああいう大きな木は珍しいよ」

「私が生まれた歳に植えたらしいんですよ。今あの大きさだけどもっと大きくなりそうですね」と亜佐美は公園の木を仰いで見ている。


「あ、ほらここに立て札がある」と亜佐美は保坂を呼んだ。

並んでいる木の下に、学術名を記載した小さな立札があった。

茜もやってきた、「あ、家と同じ木だ」と見上げている。

もしかしたら亜佐美のご両親は、この木のように大きくそして清潔な白い花をたくさん咲かせるような女性に育って欲しいと願ったのではないかと保坂は思った。





百合絵と約束の時間が近づいたのでホテルにはタクシーで戻った。

買い物したものは宅急便で送り、荷物をまとめておく。

それから百合絵と約束したスカイレストランで落ち合った。

ビュッフェランチだというので、一度席に座ったもののすぐに料理を取りに行くことになった。

百合絵は朝は軽くしか食べてないと言い、亜佐美たちは公園を散歩したので全員お腹が空いていた。

百合絵が茜に寄り添って、ビュッフェの取り方を教えている。

マナーについては亜佐美より百合絵のほうが数段優雅なので、亜佐美は安心して百合絵に任せていた。


食事が終わると、茜がホテルの隣にある大きな書店に行きたいと保坂に強請ったので、

保坂が茜に付き添ってくれることになり、亜佐美と百合絵は部屋に戻って、リビングでお喋りをすることにした。

今回、亜佐美は保坂の部屋を含めて2部屋予約したのだが、保坂の会社が提携しているホテルということで、同じくらいの料金でスイートルームが取れたのだ。

リビングを挟んで寝室が二つもついた豪華な部屋で、ツインベッドの部屋に亜佐美と茜、大きなダブルベッドがあるほうは保坂が使ったのだ。

ビュッフェレストランは制限時間がありあまりゆっくりとは出来ないので、部屋のリビングでコーヒーを飲みながらレディーストークをすることにしたのだ。


「なかなか良い眺めじゃない」と言いながら百合絵はソファーに座った。

亜佐美はコーヒーをセットしながら、「もうお腹いっぱいですから、コーヒーだけでいいですか?」と聞いた。

「ええ、ありがとう。亜佐美さんも座ってね」

「はい」

「茜ちゃん、良い子ね」

「ありがとうございます。姉に似たのかお勉強が好きなんですよ」

「あら、亜佐美さんは?」

「私は、お勉強ってあまりしませんでしたね」と首を竦めると百合絵がころころと笑った。


「うちは男の子ばかり3人だったから、女の子と言うのは不思議な気がするわ。華奢で壊れそうな感じよ」

「そうですか?うちは女ばかりだから・・・」

「私も二人姉妹で、私は次女。亜佐美さんと同じようね」

「そうなんですか」

「でも、お見合いで結婚したあとは、主人と子供で男4人に囲まれての生活でしょ。人生わからないものね」と言って優雅に笑っている。


「私も男性の心理はよくわからないです」と亜佐美が言うと、

「特に一也はあまり感情を表すような子じゃないから、亜佐美さんもたいへんじゃない?」と百合絵が言った。

「いえ、一也さんは結構表情に出るから、解り難いってことはないんですけど・・・」

「あら?そうなの?」と百合絵は何か考えていた。


「実はね、一也に女の子を紹介してもらったのは、亜佐美さんが初めてなの」と百合絵は話し始めた。

「上の二人の子は、女性も含めて友達とか彼女とか時々家に連れてきたんだけど、一也だけはそれがないのよ。

中学生くらいまではクラスメイトも来てたような気がするんだけど、それから誰も家には呼ばないし、ましてや彼女なんてとんでもない。全然なのよ」

「それは今でもそうかもしれません。お仕事ばかりしているようで、同僚と出かけるという話は聞きませんね」

「でしょ?そんなあの子が、亜佐美さんとのランチに私を呼ぶだなんて信じられなかったわ」


「あの子ね、見た目もあんなだし、結構モテたはずなのよ」

「はぁ」

「気を悪くしないで聞いて頂戴な?今は亜佐美さんしか居ないんだから、あの子には」

「はい」

「なのに一度も女の子の影さえ見せたことがないの。恋人が最優先じゃないって感じね、あれは」

「解るような気がします」

「ほんとストイックでしょ。ところが亜佐美さんのことは違うの。特別なのね」

亜佐美は頬の熱が上昇するのがわかった。


「母親の私が言うとフライングだと言われそうだけど、亜佐美さん、これは覚えておいて?」

「はい」

「一也と亜佐美さんが決めたことには反対しませんからね!」

「はい」とは言ったものの、それはどういう意味なのか亜佐美には図りかねていた。


「一也は私が産んだ子じゃないってのは知ってます?」

「はい」

「一也を最初見たとき、私、感動してしまったの」と、百合絵は目を細めてその時を思い出しているようだった。

亜佐美は黙って頷いた。

「主人と私は親同士が手配したお見合い結婚だったのね。当然政略結婚だったのよ」

百合絵は言葉を選んでいるようだった。

「きっかけはお見合いだったけど、主人とデートしているうちに好きになって、旦那様に恋をして嬉しかった。

跡継ぎの男の子も、しかも2人も男子を産んで誇らしかったし、それはもう毎日が素晴らしかったわ」

百合絵は少し言葉を切ってコーヒーを一口飲んだ。


「お受験などで張り切っている時だったから気がつかなかった。

結婚当初から帰宅時間の遅い人なので、仕事だと信じていたし、その分私が子育てに頑張って当然だと思ってたのよ。

そうしたら、ある日突然義父に呼ばれて、主人には他に子供が出来たと言われたの。

そして、主人が引き取りたいと言っているといわれたのよ。義父からそう言われたの。」

亜佐美は座っていても落ち着かなくなった。







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