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ハンカチの木  作者: Gardenia
第五章
50/67

48  ランチ

東京に行く電車の中で、保坂は亜佐美の手をずっと握っていた。

「駅には迎えが来ている。それから・・・」と保坂は先を言い澱んだ。

「何か・・・?」と亜佐美が聞くと、

「すまない。昼食だが一緒に行けそうに無いんだ」と言い難くそうに保坂が答えた。

「でも、レストランは予約しているので、亜佐美さんが楽しめるように一緒に食事をしてくれる人を手配しているから」

「そうなんですか。でも、私は今度で良いですよ」

「いや、なかなか外食のチャンスがないからね。行ったほうが良い」

「それはそうなんだけど。私は一也さんと一緒のほうが良いですから」

「嬉しいなぁ。でも、予約取るのが難しい店なので、キャンセルすると次はいつになるのか・・・」

「そうなんですか。何と言うお店ですか?」

そんな良さそうな店はどこなのかと亜佐美は聞いてみた。

「内緒にしておいて驚かせたかったんだけどなぁ」と保坂は渋々と言った様子で打ち明けた。


「銀座のY・ワイ・オーだよ」

「あぁ、フレンチですね」

「夜はそこそこ気取っているんだけど、ランチは夜に比べて気軽なメニューらしいんだ」

「そうだったんですか」

「だから僕も残念なんだけど、行ってくれるね?」

「ん~~」

「うん。そうしてくれると助かる。オーナーシェフ、東京には月に10日くらいしか居ないんだよ」

「え?そうなんですか?」

「うん。フランスの本店に居て、月に1週間か10日間だけ東京さ」

「うわ~~、それって凄いですね」

「11時半に高瀬秘書が迎えにくるから、亜佐美さん行ってきてよ、ほんとに」


今日の服装はその店に合うのだろうかと亜佐美は不安になってきた。

まさか星がついているような高級なお店に行くとは思っていなかったのだ。

ある程度のところには行けるように、薄めの素材で明るいベージュ色のワンピースにざっくりとした織込みのボレロ風ジャケット、そしてコートである。

見透かしたように保坂が、「大丈夫、素敵なワンピースだよ。亜佐美さんに似合ってる」と言った。


終点の駅のホームが見えてきた。

保坂は亜佐美に素早くキスをした。

亜佐美はビックリして、「信じられない。人が見てる・・」と小さな声で抗議したが、

「誰も気にして無いよ」と保坂は笑っている。

保坂も電車の中でそのようなことは過去にしたことがないが、亜佐美と居るといつもくっつきたくなるので彼自身が自分の行動に驚いているくらいだ。





本社での会議は社員食堂がある支社の全体会議だった。

第一号である工場での報告から始まり、全体のコンセプトを確認する。

本社のプロジェクトチームと各支社とはすでに何度もやりとりをしているので、何事もスムーズに進んでいく。

今回は特に改革の順番を話し合う会議だ。

有意義な意見も多く出され、前回と同じように企業力の凄さを亜佐美は感じていた。


会議終了後に亜佐美が料理長と簡単な打ち合わせをしていると保坂がやってきた。

3人で少し話して、調理長はプロジェクトチームのほうに移動していった。


「亜佐美さん、今、高瀬秘書がこっちに向かってるから」と保坂が言うので、

「今日のランチは私と高瀬秘書さん?」と亜佐美が聞くと、保坂は一瞬考えてから亜佐美を通路の端のほうに促した。

「いや、高瀬秘書が銀座まで送ってくれますが、食事は別の人、女性をお願いしました」

「え?」

「お料理の好きな人なのでたぶん亜佐美さんと話が合いますよ」

「でも、知らない人とじゃ・・・」


保坂は慎重に言葉を選んだ。

「僕の他のプロジェクトで難しい案件があるんだ。

そのことで急遽、大口クライアントと会うことになったんだよ。

亜佐美さんとの食事を楽しみにしていたのに」

「いえ、お仕事ですから私のことは気にせずに居てください」

「僕が気にしてないと思うのかい?」

「もちろん、気にしていただいて嬉しいですが、そんな場合ではないでしょ」

と、亜佐美はあっさりと言った。

「僕が気にしていたら、あるご婦人が、その人も昼間は一人のことが多いので

できたら僕の代わりに若い女性と楽しく昼食ができれば嬉しいと言うんだ」

「年上の方なんですね」

「うん。どうだろうか。亜佐美さんの母上よりも少し上の年代かもしれないが、

同席を許してもらえないか?」

あくまでも保坂は丁寧に頼む。

「いったい誰なんですか?」

「僕の、母なんだよ」


これには亜佐美は驚いて声が出なかった。

「夫も息子たちも忙しいから、いつも一人で食事してるんだ。

急でびっくりしただろうけど、食いしん坊で楽しい人だから、お願いできないかな?」

努めて表情にでないようにしていたが、亜佐美はこれ以上ないくらい狼狽していた。

保坂は心配になって「亜佐美さん」と呼んでみると、亜佐美がゆっくり保坂の顔を見上げた。

「予約は正午ごろですよね?もうお家を出られてるじゃないですか」

「うん、そうだろうね」

「一也さん、私、どうしましょう。緊張しちゃって・・・」

「いつもの亜佐美さんだったら大丈夫だよ」


そこに高瀬がやってきた。

保坂は亜佐美に「お願いしても良いよね?」と念を押して聞く。

こんな直前ではキャンセルできないと思った亜佐美は、仕方なくコクリと頷いた。


「二条さん、こちらにどうぞ」と高瀬に誘導され、保坂とはそこで別れて亜佐美はエレベーターに乗った。

車に乗ってからも亜佐美は無言だった。

高瀬が気を利かせてか、「今日行かれるお店は初めてでしょうか?」と亜佐美に話しかける。

保坂の母のことを考えていた亜佐美は、高瀬が言ったことが聞こえていなかった。

とっさに顔を上げると、それに構わず高瀬が言葉を続ける。

「オーナーシェフが自ら作ってくれるらしいですよ?」

「え?」

「今日は一也さんの代わりに母上が来店されるということで、素敵なレディ2人に腕を振るうのを楽しみにしていることでしょう」

「あの、保坂さんのお母様はシェフをご存知なのですか?」

「ええ、奥様はパリの本店にも行かれたことがあるはずです」

「そうなんですか。凄い方ですね」

「一也様が二条さんを最初にお連れするレストランとして選んだのは、奥様のアドバイスもあるのかもしれません」

「そう、なのですか?」

「おそらくそうだと思います」

「保坂さん母子は仲がよろしいんですね」

「はい。それと、社長が先に二条さんにお会いしたことがあると奥様が知ってしまわれて・・・」

そう言うと高瀬はクスっと笑った。

「かなり一也様と社長が恨まれておいででした」

「そんな・・・」

「大丈夫ですよ、二条さん。奥様はとても素敵な方ですし、常日頃から食事はまず楽しまなくてはと仰っておられます。今日も楽しい昼食となることでしょう」

「そうですね。ありがとうございます、高瀬さん。私、お料理を楽しんできます」と言った。

「それでよろしいんですよ」と高瀬は言った。


ほどなく現代的なビルの前に車が止まった。

高瀬がドアを開け、「レストランはこのビルの最上階になります。

保坂で予約していると言って下さい。奥様も到着されている頃です。

3時から本社でインタヴューがありますので、2時半にまたお迎えに来ますが、

早くなりそうだったら電話をください」と言って亜佐美に一人で行くように促した。

亜佐美は高瀬に「わかりました。ありがとうございます」と一礼をしてエレベーターに向かった。




レストランまでは一階から直通のエレベーターがあり、ドアが開くとすぐ正面にライトアップされたお店のロゴが目に入った。

そのフロアはそのレストランが占有しているようだ。

受付で保坂の名前を出すと、広いフロアーのほぼ中央にあるテーブルに案内された。

テーブルにはまだ保坂の母は到着していない。

どちらが上座の席になるのかわからないので案内の人に聞いて、亜佐美は下座に着席し、店内をざっと見渡す。

思っていたより明るくスタイリッシュで、想像していたよりは緊張しなくて済みそうだった。

他のテーブルもほぼ埋まっており、人気の高さが伺われる。

隣のテーブルには前菜が運ばれて来ていて、その彩の鮮やかさに亜佐美は目を奪われていた。

ただ、あまりキョロキョロするのは田舎者みたいで恥ずかしいので、チラッと盗み見る程度だ。


亜佐美のテーブルに誰が近づいてきた。

顔を上げると、亜佐美の母より一世代ほど上の女性がにこやかに立っていた。

慌てて亜佐美が立ち上がると、「二条さん?」とその女性が聞いた。

「はい、二条亜佐美と申します。本日は急なことにもかかわらずありがとうございます」と小さいがはっきりした声で答えた。

「一也の母です。ここは注目されそうな席だからあとは座ってからね」と言って、亜佐美にも座るように促した。

保坂百合絵ほさか ゆりえです。今日は一也が急に都合が悪くなったと言うので、嫌がるあの子をうまく丸め込んで、私が代理で出席させていただくことになりました」と笑って話す保坂の母は、華やかだけど気取らない人だと感じた。


ウエイターがメニューを持ってやってきた。

メニューはフランス語、英語、日本語の順に書かれてる。

亜佐美がざっと目を通すと、百合絵はウエイターにいくつかメニューの質問をしている。

百合絵が亜佐美に、「二条さん、メインは何が良い?」と聞いた。

プリフィックスのコースになっていて、前菜、魚料理、肉料理をそれぞれ1品づつ選ぶ。

「そうですね、私は・・・」と言いかけたところに恰幅の良いシェフがやってきた。

シェフのアドバイスで注文が決まると、「今日は作り甲斐がありますよ」と微笑んで厨房に下がっていった。


「やはり食べる人の顔を見て作るというのは最高よね」と百合絵が言う。

「私は家族の食事は私が作りたいと思ってね。包丁を持つのも怪しかったけど、毎日作っているうちになんとかなるものよね」と言うので、亜佐美も「最初はドキドキしましたけど、ほんとなんとかなってしまいますね」と相槌を打った。

前菜が出て、パンが出てくる。食べ進むうちに亜佐美は百合絵がとても自然に優雅に食べているのに気がついた。






『銀座のY・O』というフレンチレストランは架空のお店です。

女性向きのおしゃれなランチということで銀座を想定してみました。

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