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ハンカチの木  作者: Gardenia
第五章
48/67

46  年越し

保坂の部屋は相変わらず整頓されていた。

部屋が暖まるまでコートは脱がずに、持ってきた御節を冷蔵庫に入れたり、カメラを取り出したりしていた。

「亜佐美さん、こっち」と言って保坂は亜佐美を奥の部屋に案内した。

「シーツ換えるの手伝ってくれる?」と言うので、「いいですよ」と言って二人でダブルベッドのシーツを換えた。

保坂がシーツを剥ぎ取り、新しいシーツを広げる。

亜佐美は反対側に回ってシーツの端をベッドの隙間に押し込んだ。

ダブルベッドを置くと他にはあまりスペースのない小さな部屋だったが、保坂の体格を考えるとセミダブルでは狭いような気がする。


枕カバーも換えてベッドに置くと、「亜佐美さんの着替えはここに掛けて」とクローゼットに隙間を作ってくれた。

「僕はシーツを洗濯機に放りこんでくるから」と言って保坂が部屋を出て行くと、亜佐美は持ってきた着替えを吊るした。

クローゼットの保坂の服の間に亜佐美の服が掛かっているのは不思議な光景だ。

でも、なかなか良いものだと亜佐美は思った。


洗面所を覗くと保坂が洗濯機の蓋を閉めたところだった。

二人でリビングに戻り、保坂がエスプレッソを淹れてくれる。

それを飲みながら昨日撮影した写真を二人で見ることにした。

保坂がPCの準備をし、メディアを入れるとモニターに映し出される写真は、二人が同じ場所で撮ったはずなのに全然違った写真だった。

視点が違うとこうも違うものかと亜佐美は思った。

二人で気に入った写真をアルバムに作り、保坂がTVを点けると、PCで見た写真がTVのモニターでも見ることができた。


「凄いですね」と亜佐美が感激すると、

「亜佐美さんのPCとTVでも簡単にできますよ」と保坂が教える。

「え?ほんとうですか?」

「知らなかったの?」

「えぇ、知りませんでした。家に帰ったらやってみます」

「わからなければいつでも聞いていいから」と保坂は亜佐美に微笑んだ。


亜佐美はきっとTVで観られるようになるまでは時間がかかるはずだ。

亜佐美が助けてと言えば分かりやすく教えてくれるだろうが、

とりあえず亜佐美は自分でやってみたかった。

いつも私はそうだと思う。理解して使えるようになるまで時間が必要なのだ。

保坂は亜佐美がSOSを出すまでは見て見ぬフリをしてくれるに違いない。

そういう気遣いが亜佐美には嬉しかった。





気がつくと、外はもう暗くなっていた。

「亜佐美さん、ちょっと来て」と呼ばれてダイニングに行くと、保坂が小さな冷蔵庫を開けて、

「飲み物何がいいかな?」と亜佐美に聞いた。

「そうですね、何があるんですか?」

「これね、ワインクーラーなの。ウイスキーとワインと日本酒があるよ」

「凄いですね」

「夕食はどうしますか?」

「御節食べちゃおうか?」

「え~~?じゃ、明日は何食べるの?」

「明日は、明日になってから考えてもいいじゃないか」

「ん~~」

考えてる亜佐美に、「だって、御節って酒のつまみに最適だと思わない?」と保坂がダメ押しをした。

「確かに、それは言えますね」

「だろう?」


「あ、一也さん、普通の冷蔵庫の中を見てもいいですか?」

「うん、良いよ」

亜佐美が冷蔵庫を開けてびっくりした声を出した。

「何ですか?これは・・・」

冷蔵庫には亜佐美の持ってきたお重と容器以外には、スポーツドリンクと調味料が少し入っているだけだ。

その代わりと言っていいのか、冷凍庫にはぎっしりと冷凍食品やパンが入っている。


「やっぱり今夜は御節にしましょう」と亜佐美はため息を吐きながら保坂を振り返って言った。

「じゃ、日本酒がいいな」と言って、保坂は吟醸と書かれた小さなボトルをテーブルに置いた。

お重をテーブルに出すと、蓋を開けると保坂が興味深気に見入っていた。

「やっぱり良いね、手作りは」

「全部じゃないですけどね。今は美味しくて便利なものがたくさん売ってるから。

この柚子釜は母の十八番で、こっちの鴨のローストは貴子さん直伝なのよ」

と、亜佐美は自分で作ったものを説明しながら、取り皿を保坂の前に置いた。


「今夜はゆっくり飲もう。少しずつ時間をかけて飲めば酔わないから」

「そうなんですか?」

「うん。ガブガブ一気に飲むから酔っ払うんだよ」

「なるほどね。ところで一也さんのご両親は?東京に居なくていいんですか?」

「毎年、両親は海外なんだ。今年はいろいろあったので自重して東京に居るけど、

自宅に居れば年始の客が多いからホテルで過ごすって言ってた」

「あ、なるほどね。お年始の挨拶が凄いだろうなぁ」

「元旦は兄貴の家族もホテルに合流してるんじゃないかな」

「うわ~、新年からホテルですか、豪華ですね」

「甥と姪はお年玉欲しさに、義姉は御節つくらなくて済むからじゃない?」

「なるほどね」亜佐美もつられて笑ってしまった。

その夜は珍しく保坂は家族のことを話してくれた。


日本酒の小さな瓶を飲んでしまったので、次はワインを取り出した。

「亜佐美さんのこの御節、ちょっと洋風だよね?」

「あ、わかります?」

「うん、どれも美味しいよ」と言って、赤ワインをグラスに注いだ。

抜いたコルクを鼻の近くに持って行って保坂は匂いを嗅いだ。

亜佐美に手渡すので、亜佐美も同じように匂いを嗅いでみる。

「どうしてコルクの匂いを?」

「それはね、コルクって、このワインと外界を繫ぐたった一つの関所みたいなもんだろ?

どういう状態で保存されていたのか、酸化してないだろうか、香りによってそれを推理する楽しみがあるんだ」

「なるほど」

「次にグラスに入ったワインをこう光にかざして見ると、色が見えるよね」

「はい。キレイなワイン色ですね」

「で、グラスから立ち昇る香りを吸い込んで、口に少量含む」

保坂は実際に一口飲んでみる。

「外からの香りと、喉越し、そして内部から鼻腔に広がる香りを覚える」

亜佐美も一口飲んでみた。

「辛い、スパイシー、フルーツはダークチェリーが成熟したようなもので、微かに樽の匂いがする。後口の余韻は短い。酸味、タンニンはどう?強いけど嫌じゃない」

「その通りだわ」

「全体を覆う甘い香り。これがボルドーワインの特徴なんだ」

「凄い」

「美味しいかい?」

「ええ、とっても」

「じゃぁね、フランスのボルドーが好きと覚えて(笑)」

保坂は笑ってもう一口飲んだ。


「亜佐美さんは外食はあまりしないの?」

「ん~~、行きたい時もありますね。でも、夜はあまり出られないので・・・」

「でもさ、お弁当や献立作りの仕事をしていると、どうしても新しいもの、美味しいものの世界は広げておいたほうがいいよね?」

「そうなんですよね」

「ん~~、こうしない?来年からもう少し東京へ行くことを増やしてみない?」

「できるかしら」

「すぐには無理かもしれないけど、ここの社食がスタートしたら次のプロジェクトがあるから、また東京で会議があるよ」

「そうですね」

「その時にやりくりして時間を作ろうか」

「考えてみます」

「うん。僕も考えてみるよ」


「さあ、もう一口飲んでみて?」保坂が亜佐美にワインを勧める。

「あ・・」

「どう?」

「味が変わってる」

「でしょ?さっき覚えた匂いや味が変化してるでしょ?」

「はい」

保坂は亜佐美のカメラを手にして、ワインボトルの写真を撮った。

「時間のあるときにネットで調べたら楽しいよ?」と言う。

「そうですね。そうします」


来年はもっと美味しいものを食べに行こうと亜佐美は思っていた。

食に関して仕事をするならそうすべきだろうことは前から思っていたが、

なかなか実践できずにいたのだ。

保坂が協力してくれるなら心強い。

そんなことを考えていたら、保坂が使った食器をシンクに運び始めた。

亜佐美も手伝ってテーブルを片付ける。

ほんの数枚しかお皿は使ってなかったのですぐに洗い終わると、ワイングラスを持ってソファーに座った。


保坂がCDをデッキに入れるとバラードが部屋に流れた。

TVの音は消してあり、画面だけが次々に変わっている。

お互いに寄りかかりながら、保坂は亜佐美の手や髪を触っていた。

「今は僕に任せて?」保坂はそう言って亜佐美のセーターの下に手を入れた。

どちらからともなく唇を合わせた。

保坂のキスは巧みだ。昨夜もそして今も亜佐美は保坂の唇に翻弄される。

余すところなく保坂の指が亜佐美の身体を這い、保坂の唇が亜佐美の唇を塞いでいた。


亜佐美がもう駄目と我慢できなくなる頃、保坂は動きを止めて亜佐美を抱き上げた。

亜佐美が余韻から醒めると二人でバスタブに浸かっていた。

「いつの間に」と亜佐美がつぶやくと、保坂は笑いながら「さっき蓋を開けたままお湯を張っておいた」と言った。

「だからちっとも寒くないんだ」と亜佐美は感心したように言うと、

「ポイントはそこじゃないと思うけどなぁ」と保坂はもう一度笑った。


保坂は亜佐美の隅々まで洗いあげ、いたる所を触り、もちろん亜佐美もできる限りお返しをした。

それは亜佐美がのぼせる寸前まで続けられた。


髪を乾かすと、飲みかけのワインを持って寝室に行き、先ほど二人で換えたシーツの中に身体を入れる。

ひんやりとした感触が今は心地良かった。


「今夜はセーブできないかも・・・」と保坂が言った。

亜佐美には今まで保坂が細心の注意を払って優しく触れてくれていたのが解っていた。

確かに触れ合うことに慣れていない亜佐美にはいきなり激しいのは無理だったし、

何も言わなくても解ってくれていた保坂に感謝している。

でもそれだけでは嫌だった。今更保坂に我慢してなど欲しくない。

昨日からの行為でそろそろ身体もついていけるはずだ。

「我慢して欲しくないわ」と保坂の目を見つめて囁いた。


「カウントダウンのキス」と言って保坂の唇が亜佐美の唇に触れる。

それをスタートにして亜佐美はセーブできない保坂を知った。

二人が眠りについたのはそれから随分後のことだった。






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