45 二人の時間
保坂は亜佐美をソファーに降ろすと、自分は跪いて亜佐美の足首に手をかけて靴下の上から2~3度手の平で撫でた。
亜佐美はふわふわしたフリース素材のルームソックスを履いていた。
亜佐美の目を見つめたまま保坂は靴下をゆっくりと脱がして、おもむろに屈むと亜佐美の親指にキスを落とした。
亜佐美がピクッと驚いて足を引っ込めようとしたが、保坂がしっかりと掴んでいてそれを許さなかった。
下から見上げる保坂の顔はどうしようもなくセクシーだった。亜佐美の心臓は更に大きく鼓動して周りの音はなにも聞こえなくなった。
保坂はそのまま亜佐美の指を銜え丁寧に舐めてゆく。
もう一方の足も同じようにキスを落とし舐められて、それだけで亜佐美は気が遠くなりそうだったが、それはまだ序の口だというのを後で知ることになる。
リビングのソファーで散々翻弄された後でも亜佐美はまだ服を着たままだった。
亜佐美の最初の波がおさまってしばらくしてから、保坂が立ち上がって亜佐美の手を引っ張った。
「立てるかい?」
「ええ、なんとか」と言った二人の声はどちらも掠れていた。
よろめきながらも立ち上がった亜佐美にぴったり寄り添った保坂は、「寝室はどっち?」と亜佐美の耳元で囁いた。
亜佐美は保坂の手を取って先に歩き出した。
途中、ダイニングテーブルに置いてあったワインのボトルとグラスを保坂は器用に片手で持って、亜佐美に引っ張られてついていく。
廊下の突き当りの左側のドアを開けると、亜佐美の小さなリビングになっていた。
「こっちよ」と言って亜佐美はうす暗い階段を昇っていく。
保坂はぴったりと亜佐美の後から付いて行った。
ロフト風の空間があり、セミダブルのベッドが中央にあってその側にナイトテーブルがある。
部屋は床暖房になっているのかほのかに暖かかった。
保坂がナイトテーブルにワイングラスを置きワインを注いでいる間に、亜佐美はキャンドルに火を灯した。
デザインされた大き目のガラスの鉢にキャンドルが入っていて、ゆらゆらと揺れている。それが壁に反射して幻想的な模様を作っていた。
保坂はワインを一口飲み黙って亜佐美に差し出すと、同じグラスから亜佐美も一口飲んだ。
その後のことを亜佐美はあまり覚えていない。いくつもの波に飲み込まれ、保坂にしがみついてその波を乗り越えるのに夢中だった。
いつの間にか眠ってしまったらしい。身体の向きを変えようとして自分の体が動かないことに気がついた亜佐美がうっすらと目を開けると、背中がポカポカ温かいことに気がついた。
お腹には太い腕が巻きついている。
動かない原因はこの腕なんだと思ったとたんに夕べのことを思い出した。
亜佐美をベッドに縫い付け、持ち上げ、そして支えた腕だ。
細身の保坂の筋肉がついた腕は、それだけで美しいと思った。
思わずその腕に掌を当ててそっと握ってみた。
「う~~ん」と保坂の声が頭から聞こえたのでぎょっとした亜佐美に、「目が覚めた?」と保坂の優しい声が聞こえた。
「起してしまいましたか?」と聞くと「大丈夫だよ」と保坂は言って、片手は亜佐美のお腹に回したままもう一方の手で時計を手繰り寄せた。
「まだ2時だ」そう言うと保坂は亜佐美から手を離して、上体を起した。
そして亜佐美を引っ張りあげて二人でベッドボードに背中を預けて寄り添って座った。
キャンドルはまだ残っていて、ゆらゆらと壁の模様に動きをつけていた。
「喉が渇いたな」と言うとボトルに残ったワインをグラスに注いで一口含む。
亜佐美の顎に手を添えて上を向かせるとそのままキスをしてきた。
口移しのワインが亜佐美の喉を通るのを見ると、保坂は満足そうにして自分もワインを飲んだ。
何度かそうやってワインを飲みながら黙って手を握りあってた。
沈黙は嫌ではなかった。ワインでほんのりと赤くなった肌をくっつけて指を組む。
この指で優しく全身を触られたのかと思うと更に顔が赤くなるような気がした。
明日からはこの指を見るたびに反応してしまうかもしれないと亜佐美は思った。
「寒くないかい?」と保坂が聞いた。
亜佐美が首を横に振ると、保坂は亜佐美の目を見たままつないだ手を口に近づける。
亜佐美の指先にキスを落としてから、今度は唇に軽いキスをした。
すこしだけ唇を離して、保坂が「柔らかい」と言った。
「どこもかしこも柔らかい」
亜佐美は指先がこんなに感じるとは思ったことがなかった。
「そして甘い・・・」と保坂は言って亜佐美の耳を舐めた。
亜佐美がプルッと震えたので、「寒いのかい?」ともう一度聞いた。
そして亜佐美は最初の時よりさらに高い波に巻き込まれていった。
次に目が覚めたのはすっかり太陽が昇ってからで、亜佐美が目を開けると保坂はすでに目が覚めていた。
「おはよう」と言うと、「亜佐美さん、声が掠れてる」と保坂が笑ったので、「誰のせいかしらね?」と言って二人でクスクス笑った。
意外に照れくさくないと亜佐美は内心ほっとした。
手をつないでキッチンに行くとまずコーヒーをセットした。
亜佐美がお風呂の準備をしている間に、保坂はダイニングからお皿をキッチンに運んでくれていた。
マグカップにコーヒーを注ぎ、保坂に渡しながら、「それ、保坂さん用だから」と言うと保坂はびっくりしていた。
アウトレットに行ったとき買っておいたのだ。
ソファーに座って保坂に凭れてコーヒーを飲む。こんな朝が来るなんて思いもしなかった。
一緒に夜を過ごしたあとはきっと気まずくて顔を合わせ難いと思っていたのに、実際はその逆でこんなに寛げるなんて知らなかった。
亜佐美はその気持ちに素直に感激していた。
保坂にお風呂を勧めて亜佐美は食器を洗った。
交代で亜佐美がお風呂に入っている間に、保坂は食器を拭いておいた。
温めたスープとトースト、分厚く切ったロースハムを焼くと、保坂がスクランブルエッグを作ってくれた。それにサラダを添える。
二人ともお腹が空いていたので凄い勢いで食べきった。
亜佐美がお弁当を詰めている間に、保坂は車を取ってくると言って一度自宅に帰っていった。
おにぎりと唐揚げ、フルーツを用意して容器に入れた後、キッチンを片付けた亜佐美は、浴室と寝室も片付けた。
寝室は一度窓を開け空気を入れ替えたが、二人の濃厚な時間まで出て行ってしまうようで少し寂しくなった亜佐美だ。
保坂は本当にすぐ戻ってきた。カメラとお弁当を積み込んで保坂の運転で写真を撮りに出かけた。
少しドライブすると撮りたい風景はいくらでもあった。
田畑の向こうに見える農家とか、落ち葉とか、枯れた山とか、そういう自然を二人はそれぞれのカメラで撮影する。
保坂のカメラはかなり本格的なもので、レンズもいろいろ持っていた。
お互いのカメラを交換しても撮ってみた。
何枚か撮るたびに写真を確認して、、撮影のポイントや設定方法を保坂に教えてもらいながら撮ると、時間の経つのも忘れていた。
午後になってしばらくすると風が強くなってきたので二人は亜佐美の家に戻ってきた。
熱い紅茶を淹れるとほぉっとため息が出る。
「生き返ったわね」と言うと、保坂がにっこり微笑んだ。
「亜佐美さん、鼻が赤くなってる」
「え~~、やだぁ」と亜佐美が慌てて洗面所に飛び込むと、後ろから保坂の笑い声が聞こえていた。
亜佐美が洗面所で鏡を見てみると、少しだけ鼻が赤くなっていた。
「外が寒かったので仕方ないよ」と言いながら保坂が亜佐美の背中にぴったりくっついて腕をまわす。
「今日はうちで夕飯を食べないか?」と保坂が鏡の中の亜佐美を見ながら言った。
「そうねぇ」と亜佐美はわざと考えるフリをした。
「オネガイします。亜佐美さん」と保坂が言うので亜佐美はクスクス笑った。
「じゃ、御節をたくさん詰めて持っていきましょうか」
「で、そのままお泊りコースで!」
亜佐美も考えなかったわけではないので、素直にコクリと頷いた。
「ありがとう」と保坂が亜佐美の耳に囁くように言ったので、亜佐美はくすぐったくなって首を傾けた。
「前を向いてて」と保坂が言う。
鏡の中には頬が赤くなった亜佐美と、その肩に顎をつけるような保坂が映っている。
「可愛い」と保坂が何か言うたびにくすぐったくて目をそらせてしまう亜佐美に、「見てて」と保坂が言う。
やがて前に組まれていた保坂の手が亜佐美の胸を包んだ。
「こうやったら亜佐美さんは感じるんだよ」と言うと本当に亜佐美がビクッと震えるような触り方をした。
スカートの後ろの裾を押し上げて、保坂がぴったりと腰を押し付けた。
「今度はこうやってみようか?」と囁く保坂の硬くなったものが亜佐美に触れる。
急に保坂が亜佐美の耳を噛んで、「続きは僕のところへ行ってから」と言ってスカートを下ろした。
保坂はキッチンでお重に御節を詰めていく亜佐美にまとわりついていた。
冷蔵庫を開ければ冷蔵庫のドアを持ち、保存容器が空いたら洗ってしまう。
まるで犬みたいと思うと年上の保坂が可愛く思えてしようがない。
お雑煮の分も用意して全部バッグに詰めるとかなりの量になった。
カメラとノートPC、簡単な着替えを持つとかなりの荷物になるので、ノートPCは諦めた。
最後に化粧ポーチを入れて亜佐美の準備はできた。その間、着替えを選ぶ時も保坂は亜佐美の部屋についてきた。
詰めたバッグを保坂が持って車に積むと、亜佐美は戸締りを確認して、二人で家を出た。




