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ハンカチの木  作者: Gardenia
第五章
45/67

43  クリスマス2

保坂からプレゼントされた一眼レフカメラの使い方を探っていると茜の居ないクリスマスイブを亜佐美は一時的に忘れていた。

必要な箇所だけは説明書も読んだが、ネットを検索するとたくさんの記事があって興味のあるサイトを見るだけでも時間がかなり経過した。


茜が帰ってくるまで亜佐美はカメラに夢中になっていた。

翌日も迎えに来ますからと茜を送り届けた元義兄は宿に帰って行った。

久しぶりに茜と一緒にお風呂に入ることにして、茜が楽しそうに話す様子を感じながら、はやり親には敵わないのかなと思うと複雑な気持ちだ。

お風呂上りの茜の髪を乾かしたり一緒に牛乳を飲んだりしながら、この生活が変わるかもしれないと思うと堪らなく嫌だった。


興奮してなかなか眠らない茜をなんとかベッドに入れ、亜佐美はベッドの横に座った。

「茜のパパ、明日もお迎えに来るって言ってたね」

「うん、明日は算数と英語のドリルを買ってくれるって言ってた」

「そうなんだ。茜のパパはお勉強よくできたから、きっと茜に良いのを選んでくれると思う」

「パパもお勉強できたの?」

「うん、有名な学校だったもの」

「ふ~~ん。ママは?」

「茜のママもお勉強よく出来たよ~」

「あーちゃんは?」

「私?私は全然ダメだったデス」

「ダメだったの?」

「うん。いつも由佳姉さんと比べられて辛かったよ」

「あはは、でもあーちゃん全然困ってないよね」

「そんなことないよ。困ることもある」

「そうは見えないけどなぁ」

「お勉強できなくても、亜佐美には良いところがたくさんあるって、そういつもママが言ってくれたから」

「それって、茜のママが?」

「ううん、私のママ(笑) 茜からみたらお祖母さんだよ」

「ふ~~ん。ママがいっぱいでわかんなかった」

二人は顔を見合わせてクスクス笑った。


明日の朝プレゼントを開けるので、今夜はもう眠ろうと言うとようやく茜は目を閉じた。

ダイニングに戻った亜佐美は、保坂から貰ったカメラを今夜はもう触る気になれなくて丁寧に箱に仕舞った後、ワインを一本取り出した。

料理にも使うような安いワインだ。少しだけ酔えればなんでも良かった。

低い音量で音楽を流す。ワイングラスを持ってリビングのソファーに移動した。


今日の茜の様子からすると、突然現れた父親を拒絶することもなくむしろ嬉しそうだ。

宿に帰って行った元義兄の背中を思い出しながら、そういえば義兄はまだ30半ばでまだまだ若いことに気がついた。

仕事もあるし子育ての経験も無いのに茜を引き取るとは言い難いだろう。可能性は低いかもと思う。でも言い出さないという保障は何もなかった。

伯父の「父親だということを忘れるな」と言う言葉を思い出す。

叔母の私でさえ茜のことがこんなに可愛く思えるのに、親となればもっと強い感情なのだろうと思える。

引き取りたいと言われたら、私はどう答えるのだろうか。まだ結論は出そうになかった。

ワインボトルを引き寄せてもう一杯グラスに注ぐ。


保坂にはかいつまんで事情は話しているが、亜佐美の迷いや胸の内はまだ打ち明けてはいなかった。

保坂は今頃どうしているのだろうか。次兄の独身最後の日を家族で盛り上げていることだろう。

明日は保坂がベストマンの衣装を着て式に参列する。格好良くて見とれる女性が続出だろうと想像できる。その写真は交換だと言っていた。亜佐美の何と交換するというのだろうか。

たいしたものは持っていない。

それともやっぱり男性が欲しいというと、この か・ら・だ ?と自分で茶化しながら考えてもみたが、写真と引き換えじゃ自分が可哀想な気がした。


取り立てて運動することもなく、肥満とは言わないまでもどこもかしこもぷにぷにと柔らかい筋肉である。

胸だって・・・そうあるとは言えない。お腹だってほらこの通り!とばかり指先でつまんでみると余分な脂肪が簡単につまめる。

今からでも何か運動を始めたほうがいいかなとは一瞬思ったが、ジムに通う時間があるのかもわからなかった。


保坂とはこれからどうなっていくんだろうと亜佐美はぼんやりする頭で考えてみた。

これ以上は二人だけの問題でなくなるような気がする。大勢の人を巻き込んでしまいそうな予感がする。

では、進まなければ誰も巻き込まなくて済むのだろうか。少なくとも一番近くに居る茜を巻き添えにはしなくなかった。


ワインですでに酔っているのかもしれない。あまり多くのことは考えられなかった。

もう休もうと立ち上がってリビングを横切ると、夕方瑠璃が役立ててと亜佐美に押し付けた袋が目に留まった。

中身を引っ張り出すと瑠璃の思わせぶりな言葉を裏付けるように、セクシーな下着が出てきた。とんでもない高校生だ。こんなところに置いておけないよと思って品物を袋に突っ込んで自分の部屋に運び、部屋の隅に袋を置いた。


眠りに入る直前に亜佐美の母が言っていたことを思い出した。

「あなたはどうしたいの?亜佐美の思うように進んでいけばいいのよ」と母はよく言ってくれた。

姉も同じようなことを言ったことがある。

「亜佐美、いつか自分のしたいことがわかったらそれをすればいいの。でもそれが分からないうちは目の前のことをしてれば良いのよ」

姉の言ったとおり今は目の前のことをしている。たとえそういう生活だけだとしてもそれが変わるのが嫌だと思いながら亜佐美は眠りについた。





クリスマスの朝はプレゼントを開ける楽しみがある。去年は姉の葬儀直後で悲しいクリスマスだった。今年は茜と二人、華やいだ気分で恒例のプレゼント交換だ。

それが終わると、茜は父親が迎えに来て出かけて行った。

亜佐美は今年最後の休日をのんびり過ごそうと決めた。


亜佐美は保坂の工場の社食では献立担当だ。

献立は定番メニュー、月替わりのもの、季節替わりのものと3種類用意し、すでに1月のスタートを待っている。

29日には現在の委託会社が出るので、その後に備品の搬入が行われる。

新しく届く食器の確認を料理長とすることになっている。

亜佐美単独では献立表の貼り替えとスタート後の利用者のフィードバックが主な仕事となるが、その他にも仕入れについては大前と一緒に働く時間も多くなる。

大前もクリスマスが最後の休日になるだろう。

亜佐美はブログ友達とクリスマスメッセージを交換したり、ブログの更新をして一日の大半を過ごした。


午後遅くに茜を送り届けた義兄はその足で東京に戻った。30日には成田からアメリカに戻るらしい。ここで良いというので、そのまま家の前で茜と二人、義兄を見送った。

リビングに戻った亜佐美にくっついて茜もソファに座った。

「どう、楽しかった?」

「うん、ドリル買ってもらった」と袋を振って見せる。

どのお店に行ったとか、アイスクリームを食べたとか茜は楽しそうに話してくれた。

「よかったね」と亜佐美が言うと、「うん、でも・・・ちょっと疲れた」と茜がため息を吐いたので亜佐美は笑ってしまった。

「あれ?疲れたの?」

「うん、夜は家のご飯が良いわ」

「ご馳走ばかりも飽きるよね」と亜佐美は笑って茜に言った。


グリルチキンとサラダの簡単な食事をしながら、瑠璃の提案を思い出した。

「昨日ね、瑠璃ちゃんが来てたんだけど・・」

「うん」

「大晦日、茜に泊まりにいらっしゃいって言ってた」

「え?本当?行く!行く!」

「初詣も茜と一緒に行きたいって」

「うわ~い。嬉しいなぁ」

「あーちゃんも一緒でしょ?」

「うん。たぶんね」

「行くでしょ?」

「私、明日からお仕事なのよ。食堂の話、前にしたよね?」

「うん」

「1月早々に始まるから、明日からずごく忙しくなるかも」

「そうなんだ」

「29日の後から忙しくなるのよ」

「うん」

「29日の後になってもしかしたら行けなくなるかもしれないわ」

「そうなんだ。がっかり」

「まだ決めたわけじゃないけど、もしもの時は茜だけでお泊りしてくれる?」

「は~い。わかりました」

「いいな、茜だけ瑠璃ちゃん家で皆と一緒だもん」

「あーちゃん、かわいそう」

「でしょ?でもお仕事頑張るから」

「うん、うん」

亜佐美の胸がチクリと痛んだが、もしかしたら茜と一緒に伯父の家で年越しできるかもしれない。今、それを気に病むのはやめようと思った。





そのクリスマスの夜遅く、保坂から電話がかかってきた。

亜佐美はちょうどお風呂から上って、温かいココアを飲もうと作ったところだった。

携帯を片手に、もう一方ではココアのカップを持ってリビングのソファーに座った。

「素敵な結婚式でした?」

「うん。兄貴たちの友達って変わった人が多くて、かなり盛り上がってた」

保坂は思い出しているのか声に笑いが含まれている。

「保坂さん、約束の写真撮ってくれました?」

「え~、保坂さんはないだろう・・・」

「あっ・・・ごめんなさい。一也さん」

「お仕置きだな!」

「え?お仕置きって・・・」

「あはは、冗談だよ、亜佐美さん」

今夜の保坂は機嫌が良いらしい。声をあげて笑う保坂は珍しい。

「ところで、年末年始はどうしてる?」

「社食のことがありますので、ぎりぎりまで何かやってると思いますけど?」

「そうだな。僕もそうだ。でも31日は仕事しないつもりだよ」

「あ、私もです」

「31日から3日まで仕事は止めておかないか?」

「そうですね、私もそう思っていました」

「その間に写真を撮りに行こう」

「あ、はい。楽しみにしています。それとお正月はこちらですよね?」

「うん、その予定だよ」

「じゃ、簡単にですが御節を作ってお届けして良いですか?」

「いや、それは悪いよ。休みにはちゃんと休んでもらわないと」

「元旦の朝にちょっとつまめるものだけにしようと思うんです」

保坂は考えていたが、「では、お願いしようかな。せっかくだから」と言ってくれたので亜佐美はほっとした。


電話を切る前に保坂が、「明日そちらに戻るけど、仕事が終わったらお家に寄ってもいいかな?」と言ったので、亜佐美は「お待ちしています」と答えた。






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