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ハンカチの木  作者: Gardenia
第五章
43/67

42  茜の父親

東京での会議が終わり、亜佐美は人生で初めて忙しい日々を過ごしていた。

関係者との打ち合わせはほとんどPCで行い、メールでのやり取りやメッセンジャーでのグループディスカッションもようやく慣れてきた。

献立の決定や料理長を迎えての試食も終わった。メニューデザインも発注は終わって、実際に食堂に張り出される日が楽しみだ。あとは実際にスタートを待つのみとなった。

現場のほうはもっと忙しいのだろうと思う。

料理長と大前を案内して地元の農家にも行った。それには保坂も同行して興味深くいろいろ質問していた姿が思い出される。

保坂はもっと忙しいのを亜佐美は知っている。今回、従業員のIDカードで社食料金が天引きされるシステムとか、社食の諸々のデータを本社に送るプログラムは保坂が作ったはずである。

スタッフが居るとはいえプログラムのほとんどに保坂が関わっているに違いない。たまには農家などの外の空気を吸うことは気分転換にもなるし彼にとって良いことではないかと亜佐美が誘ったのだ。


気がつけばクリスマスがもうすぐそこだった。

クリスマスの前に亜佐美はやらなければいけないことがあった。

姉、由佳の一周忌だ。この一年を過ごすのがどれだけたいへんだったか今更ながらため息がでた。

法要はお寺で行い、食事のほうは昔から法事のときに利用する料亭を予約した。

親戚はそれほど多くはないので電話連絡も簡単に済み、久しぶりに母方の祖父母にも会えると思うと姉には悪いが楽しみでもある。

母の実家は鹿児島で、祖父母も元気には暮らしているというがもう歳でもあるし、もしかしたら最後になるかもしれないから出席すると言うのだ。

祖父母には家に泊まってもらうつもりなので、念入りに掃除をするようにお手伝いさんに頼んだ。

一回目の面接で選んだ人だが、最初はちょっと怖い感じがしたけど馴染んでくると気さくで良い人だった。何でもてきぱきとこなしてくれるので亜佐美はとっても助かっていた。亜佐美が居ない間の茜についての報告も業務日誌という形で丁寧に知らせてくれるので安心している。


明日は法事と言う日だった。

伯父が今からちょっとお客さんを連れて行くからというので不思議に思いながらも待っていたら、スーツを着た男性が一緒だった。

なんと、姉の元夫だった。茜の父親である。

「何で今頃・・・」と思わず口に出た亜佐美であるが、元義兄が言うには一周忌の今だから線香をあげに来たと言うのだ。

東京の大学を出て有名な商社に就職した姉は、そこで義兄に出会い誰もが羨む結婚をした。

東京での結婚式はきらびやかで、出席者の顔を見て都会の人は凄いなと思った記憶がある。

若手のポープだった義兄は結婚を期にさらに忙しくなり、そんな義兄を姉は自慢していたものだ。

それが茜を妊娠したころから姉は頻繁に実家に帰ってくるようになった。

そして出産直後に義兄の海外赴任が決まったが、姉は頑としてついて行くとは言わなかった。

ほどなくして茜の親権を持って姉は離婚して出戻った。

親権がある以上亜佐美は姉由佳が亡くなっても元義兄に連絡をとらなかったのだ。


仏壇に線香を上げ長く手を合わせていた元義兄は、それが終わると亜佐美のほうに向き直って「亜佐美さん、茜のことありがとう」と言った。

茜に会いたいと言う。亜佐美は渋っていたが、伯父が「親なんだぞ」と言うので、「茜に聞いてきます。あの子が嫌がったら会わせられませんから。少し時間がかかりますがいいですか?」と言うと、もちろんと言うので伯父に義兄を任せて亜佐美は茜の部屋に行った。


茜は部屋でディズニーのDVDを観ていた。

「茜、ちょっと良いかな?」

「うん、何?」

「お客さんが来てるんだ」

「ふ~ん」

「茜は覚えてないと思うんだけど、でも知ってる人なんだ」

亜佐美がそう言うと茜はようやく画面から亜佐美のほうに顔を向けた。

「知ってる人?誰?」

「あのね、茜の・・・パパなの」

「えっ?」

「茜のママ、由佳姉さんが亡くなったのを知らなかったの。

アメリカに行っちゃってたので知らせてなかったのよ」

「パパ?」小さな声でそう言った茜はなんともいえず複雑な表情をした。

「今日は由佳姉さんにお線香をあげに来てくれたんだ。それと、茜に会いに来たのよ」

茜はなにも言わない。亜佐美もしばらく黙っていた。

しばらくしてから亜佐美が「ねぇ、どうする?突然でびっくりしただろうけど、ここに連れてきて良い?」と言うと、茜はこくりと頷いた。


茜の気が変わらないうちにと元義兄を呼びに行き、茜の部屋の前まで案内した。

「茜の部屋はそのドアです。できればドアは開けて置いてください。

私はしばらくしたらお茶を持って来ますので」と義兄を一人残して亜佐美は伯父と一緒にキッチンに向かった。

親子の対面はたぶんふたりっきりのほうが良いだろう。


伯父にお茶を出したが亜佐美は落ち着かない。

うろうろするのも大人気ないと、夕食の準備を始めた。

今夜は遠くから母方の祖父母が来る。母の兄も付き添いで来るので賑やかな夕食になる予定だ。

しばらくすると伯父が「そろそろ見て来いよ」と切り出すので、茜の様子を見ようとしたところだった。

茜と元義兄がリビングにやってきた。

「ありがとうございました。そろそろお暇しますので」そう言いながら頭を下げる。

「私は年末まで東京に滞在します。年始はアメリカに居なくてはなりません。

そこでご相談なのですが、クリスマスを茜と一緒に過ごしたいのですが」と元義兄が切り出した。

亜佐美は茜を見ながら、「ご存知の通り、今日と明日は私達も忙しくしております。茜ともゆっくりと話したいですし、伯父にも相談する時間が欲しいです。お返事はその後でよいですか?」と即答を避けた。

「もちろんです。明後日、ご連絡いただけますか?」と言うのでそれに頷いて、茜と元義兄を見送った。


「伯父さん、ちょうど良い機会なので明日みなさんに相談しようと思います。伯母さんと貴子さんに今日のうちに話しておいていただけます?」と亜佐美は伯父に頼んだ。

伯父は「亜佐美、よく考えるんだぞ。それから彼が茜の父親というのを忘れちゃいかん」と亜佐美に念を押して帰って行った。


「茜、もうすぐ鹿児島のおじいさまとおばあさまがいらっしゃるから、お夕飯の手伝いをしてくれる?」と言うと、茜は素直に肯くので亜佐美は少しほっとして茜と一緒にキッチンに立った。

食事の用意が終わると「さあ、今度はお部屋の準備をしてしまいましょう」と茜を促して客間に移動する。その間、亜佐美は義兄の話は何もしなかった。

寝具の準備をし花を飾って一段落すると今度は仏間に移動した。茜も何も言わない。

明日のために仏壇を整えてようやく亜佐美は気分が落ち着いてきた。


「茜、ここに座ってごらん」と仏壇の前に正座させる。

ふたりで手を合わせてから亜佐美は口を開いた。

「茜はパパと会ったこと、嫌じゃなかった?」

茜は首を横に振る。

「びっくりしたでしょ?」と聞くと、「うん」と小さな声で茜が言った。

「茜の部屋では、お勉強のドリルを見せた?」

「うん」

「何か言ってくれた?」

「うん、茜は勉強が好きなんだねって、言ってた」

「そう、よかったわね」と言うと茜はこくりと頷いた。

「それでクリスマスのことなんだけど、茜はパパからも聞いたの?」

「うん。あーちゃんが良いって言ってくれたら茜とクリスマスデートしたいって言ってた」

「どうなの?茜も行きたいって思う?」

「う~~ん、ディズニーランドでも良いよって言ってくれたけど・・・」

「え?ディズニーランド?」

「うん。でもね、私はディズニーランドは行きたくない」

「え?行きたくないの?」

「うん、寒いもん!」

「茜・・・」と亜佐美は噴出してしまった。


「寒いから行きたくないんだ?(笑)」と言うと茜はコクコクと頷いている。

「でも、パパには会いたいよね?」と聞くと、茜はしばらく考えてから「うん」と答えた。

「明日ね、皆さんが集まるからちょっと相談していいかな?」

「うん、いいよ」と茜が言うので、それではと話を打切って駅まで祖父母を迎えにいく準備をした。





その夜は、遠方からわざわざ来てくれた母方の祖父母と叔父と共に夕食をとり、一年ぶりの再会に心が温まるひと時を過ごした。

翌日は無事に姉の一周忌を済ませ、その夜も亜佐美の家に滞在した祖父母は叔父と共にその翌日帰っていった。

見送っていった駅のホームで何度も「何かあったらいつでも遠慮なしに連絡しておいで」と言ってくれたことが有難い。電車が見えなくなるまで茜と寒いホームで見送った亜佐美である。


伯父が親戚の集まる席で茜の父親の話を切り出してくれた。遠慮のない仲なのでいろいろとアドバイスを貰って、茜はクリスマスに父親と過ごすことになった。

連絡をとりあった結果、24日に混雑する東京は止めて茜の父親がこちらに来ることになった。

車でアウトレットまで買い物に行って一緒にお夕食をするコースに決まって、茜はそわそわしているみたいだ。亜佐美も誘われたのでアウトレットは一緒に行くことにして、夕食は茜と父親の水入らずでと勧めた。

アウトレットでは亜佐美は一人で見たいものがあるからと道中が一緒なだけで別行動である。


そういえば、保坂は次兄の結婚式があるので24日から東京へ行くと言っていた。

思いがけず今年のクリスマスは一人で過ごすことになった亜佐美は、寂しいクリスマスだけれど久しぶりにゆっくりとブログ友達のサイト巡りでもしようかとぼんやりと考えた。






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