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ハンカチの木  作者: Gardenia
第四章
42/67

41  社長室

保坂によく似た眼差しの中年の男性が入ってきた。

高瀬が「社長、お帰りなさい」と言ったので、この人が保坂の父親かと亜佐美は緊張して肩に力が入った。

「お邪魔しています」と言いながら保坂は亜佐美の肩に手を軽く置き、「こちらは二条亜佐美さんです。今日は工場から来てもらったので社長室見学にお連れしました」と紹介した。

掌から伝わる熱で亜佐美は少しだけ肩の力を抜くことができた。

「二条亜佐美と申します。社員食堂の献立を担当させていただくことになりました。至りませんが精一杯取り組ませていただきます」と挨拶すると、「貴女が二条さんのお嬢さんですか。ご両親にはお世話になっておりました。今回も工場拡張の件、ありがとうございました」と丁寧に挨拶してくれる。

保坂と社長の声が似ているので驚いた亜佐美だ。


「なんか良い匂いがしてるな。中国茶か」と社長が言ったので「お淹れしましょうか」と高瀬が勧めたが、「いや、食後だし皆でコーヒーにしないか?」と言うので高瀬がコーヒーを取りに部屋を出て行った。

「どうせ中国茶は飲んだみたいだからね」と社長がつぶやいたのを保坂と亜佐美は耳にして顔を見合わせてしまった。社長は挨拶のために立ち上がっていた亜佐美たちにソファーを勧めた。


「さて、二条さん。ご両親ことはお気の毒でした。その後ご不自由はしてませんか?」と社長が亜佐美に聞いた。

「ありがとうございます。伯父も近くにいますし、有難いことに両親の遺してくれたもので生活はなんとかやっております」そして亜佐美は言葉を続けた。「でも両親がもう居ないというのは何とも頼りなく寂しいものがあります。『かけがえのない』という言葉の意味を実感しております」

「そうでしょうな。伯父様たちとは行き来があるのですか?」と聞くので、「はい、祖母が伯父と同居しており、親代わりとして何事も相談しております」と言うと、「それは安心だ」と何度も頷いていた。


そこに高瀬がコーヒーを運んできた。

皆の前にコーヒーを置いて最後に誰も居ないところにもコーヒーを置いた。

「専務が今参ります」と高瀬が言い終わらないうちに、保坂より背が高く、少しふっくらした男性が入ってきた。

亜佐美が立ち上がると、「一也の兄の保坂優一です」と名刺を出した。亜佐美が慌てて名刺を出そうとすると、一也が「亜佐美さんの連絡先はわかるから、名刺はいらないよ」と亜佐美に言って、「兄さん、時間良いの?」と聞いた。「30分くらいは大丈夫だ」と答えた声が社長や一也によく似ている。


社長が亜佐美に「冷めないうちにコーヒーをどうぞ」と暢気に言うと、一也が「工場の社食業者の交渉についてヒントをくれたのが亜佐美さんなんだ」と二人に言った。

「ほぅ」と社長が驚いた顔をしている。「そうらしいね」と優一はすでに知っているようだ。

今度は優一が、「ちょっといいかな?」と亜佐美に聞いた。

「はい」と亜佐美が優一を見ると、「今朝の会議で二条さんは、ゴールが知りたいと言ったそうだね」と言った。

突然会議の話題を振られて、亜佐美は注意深く話を聞かなくてはならないと思った。

「はい」

「このプロジェクトの趣旨はもちろん知っているよね?」

「はい」

「では、何故ゴールがわからないという発言を?」

「もちろん、まず来年から稼動する工場の社員食堂を手始めに、本社を含め全国の社食を順次見直すというのははわかります」

「うん」と言って優一は先を続けるように促した。

「そのあとはどうされるんでしょうか?」

「うむ」

「私がわからないのは、全部が終わった後のことなのです」

「もう少し、詳しく説明してくれないか?」

「結論がわからないので、単に私の空想の世界なのですが」

「うん、それでいいよ」

「今は、そしておそらく全部が終わるまでは食品部として本社の中で管理されると思っています、では、終わった後もこのまま本社の直営なのでしょうか。

保坂グループはメーカーです。サービス業は少ないですよね。

大企業と言うのは、今日も会議に出させていただいて実感しているのですが、常に利益を考えるものだと思います。

メーカーで利益率の多い会社が、利益率の低いしかも社食で利益のでない部門をどうされるのか。

面倒だから別会社にして運営するのかもしれないと思ったりもしました。

でも、わざわざ利益の無いものを別会社にしても誰も運営したくないんじゃないでしょうか。」

一也と優一は顔を見合わせていた。社長が熱心に頷いて亜佐美に先を促している。

「別会社にする可能性は高いのではないかと思いました。

今のままでしたら福利厚生ということになるのでしょうが、全国規模にすると福利厚生にしては費用がかかりすぎるのではないかと思ったのです。

別会社になれば、社食だけでなく食品を商品として扱えますから。それで利益が出る道を考えられるかもしれません。その時でも私はそれ用の献立やレシピのアイデアはありますと言ってみたんです」

亜佐美は最後に、「今日の会議はそこまでの議題ではなかったのですが、何か考えてしまってつい・・・すみません、まとまりのない話で」と俯いてしまった。


優一と高瀬がニヤニヤしている。

一也が亜佐美に声を掛けようとしたときに、「いやぁ、一也が二条さんを献立担当に推薦したのがよくわかりました」と優一が言った。

「今後どうするか考えるときが来る。その時までにまた考えをまとめておいて下さいますか?」と社長が亜佐美にやさしく声を掛けた。

亜佐美はますます恥ずかしくなるばかりで、どういう風に返事をしていいのかわからない。

「今は来年早々のスタートを考えて頑張ります。よろしくお願いします」と言うのが精一杯だった。


「さて、亜佐美さんはまだ料理長とのミーティングが残っているので送り届けるよ」と一也が言って立ち上がった。

亜佐美も同じく立ち上がると、社長が「二条さん、イケメンパテシエのケーキはお口に合ったかな?」と聞いた。

「は、はい。とても美味しくいただきました。ありがとうございました」と亜佐美が答えると、「しまった」と一也が顔を顰めた。

優一が「ほぉ」と面白がっている。

「何故分かったの?」と一也が言うと、「おまえが亜佐美さん、亜佐美さんと名前を呼んでいるからだろうが」と社長に指摘された。

優一が、「ははぁ、昨日のあのケーキか。うちにも届いたよ」と言う。

さすがの亜佐美も不味い展開になったことがわかった。社長の誘導尋問にかかったのだ。

「先に私がお目にかかったと言うと母さんは悔しがるだろうな」と社長は面白そうに一也に言った。

「父さん、頼むよ!!」と一也が言うと、「まぁ、黙っていることもできるが。その代わり、しっかり働け!」と軽口を言って、亜佐美にウインクをした。

亜佐美は今見たことが信じられなかった。顔を赤くして一也と社長を交互に見ていると、優一と高瀬が肩を震わせて笑い始めた。


料理長と大前に合流しようとなんとか社長室を出て、エレベーターに向かう。

二人を見つけるまでには赤い顔がおさまっているといいなと亜佐美は思った。


一方、一也と亜佐美が出て行った社長室では、優一が「あいつ、確信犯だな」と言っていた。

高瀬もまだ笑いながら「一也様が女性スタッフをお名前でお呼びすることは考えられませんからね」と優一に頷いた。

「一体どういうつもりなんだ、あいつは」と社長が言うと、優一が「もちろんそういうつもりでしょうよ」と言い、高瀬は「一也様は二条さんをご自分で育てたいようですね」と言った。

「短大を出て父親の不動産事務所を手伝っていたようです。企業には勤務したことがないので、おそらく今日の発言は彼女自身の考えだと思います。誰かの受け売りということではなさそうです」

「それにしても一也が執着してるというのは珍しいな」

「二条さんがそれに気がついてくれると良いのですが」

「天然そうだしな」

「はい」と優一と高瀬が話しているのを社長は黙って聞いていた。






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