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ハンカチの木  作者: Gardenia
第四章
41/67

40  東京本社

朝一番の特急に乗って保坂と亜佐美は東京に行った。今回、電車での席は隣同士である。

月曜の早朝のせいか指定車両は空いていた。数人がまばらに座っているだけである。

「まわりに誰も居ないから、ちょっと話しながら行こうか」と保坂が切り出した。

「午前中、顔合わせの会議に出るだけなのでそれほど緊張しなくていいよ」と保坂は言ってくれたが、お正月休みが明けたらすぐにスタートするので、もしかしたら濃い内容になるかもしれないと亜佐美は思っていた。

「駅には迎えが来ている。会議の時の席は大前君の隣です。次に、料理長を紹介するからその人は今後亜佐美さんと一番連絡が多くなると思うので覚えてください」

「はい」亜佐美は忘れないように頭のなかで反芻した。

「昼食は本社の社員食堂にしようか?見たいだろう?社食」

「ええ、工場とどう違うのか見てみたいです」

「そう言うと思ったよ」

「昼食の後、1時間だけ時間をもらえるかな。軽くミーティングをしたい」

「はい」

「それが終わったら、大前君と一緒に工場に戻ってくださいね」

「はい、わかりました。保坂さんは?」

「僕は東京に泊まります」

「ご実家に?」

「そうなる予定です」

「お母様にお礼を」と亜佐美が言うと、保坂は笑いながら「大成功だったとだけ伝えます」と言った。


保坂はしばらく下を見ていたが、「亜佐美さん、手を・・・」と亜佐美の手を取った。

「到着までこうしていて良いですか?」と言うと、亜佐美の手を包み込むように大きな手で握りこんだ。

亜佐美はその保坂の手を見ながらドキドキしていた。会議の前なのに何も考えられなくなりそうだった。

「亜佐美さん、昨日母はとても嬉しそうにしてました」

息子から連絡を貰って食器やケーキを用意する母親の気持ちを思って亜佐美は頷いた。

「普通ね、僕と兄たちが異母兄弟と言うと、母が後妻に入って僕を産んだと思いません?」

「あぁ、言われてみればそれを最初に想像するかも」と亜佐美は素直に言った。

「両親は祖父が勧めた見合いで結婚でした。父は大会社の次期社長、母は優秀な男の子二人を授かって皆が羨むような奥様業。そこに突然他の女が産んだ子供が現れた。お嬢様育ちの母がどんなにプライドを傷つけられたか・・・」

亜佐美は手に汗をかいていた。でも保坂は握った手を離しそうにない。

「僕は中学生のときにちょっと疑問に思ったことはあるのだけど、両親に事実を告げられたのは高校を卒業する時でした。年の離れた末っ子として母に一番甘やかされて育ちましたから、僕なりにショックは大きかったんですよ」

亜佐美は汗を気にせず保坂の手を握り返したくなった。

「それから大学時代はちょっと家族とは距離を置いてました。父の会社に入ってからもまだなんとなく距離を空けておきたくて、工場勤務にしてもらったのです。初めは会社の寮に入りました」

「え?保坂さんが寮にですか?」

「はい。楽しかったですよ(笑)」

「それは意外です」

保坂は身じろぎをして身体を少し亜佐美のほうに向けた。

「そんな僕が食事のために食器を送ってくれと連絡したから、母は張り切ってました」

「そうでしょうね」亜佐美はくすっと笑った。

「今夜はなるべく遅く実家に帰るつもりです(笑)母の質問攻撃から逃げるために」

いたずらっ子のような目つきになっている保坂に亜佐美はくすくす笑う。

「母の出場はもう少し後に考えています。もう少し僕達だけの時間を大切にしましょう」

保坂の言う意味がわかったので、亜佐美は素直に「はい」と答えた。





到着駅には迎えの車が来ていた。車のドアを開けて亜佐美を後部座席に座らせると、反対側のドアから保坂が亜佐美の隣に座った。

運転席に居た男性が、「私、社長秘書をしております高瀬と言います」と名刺を取り出して亜佐美に差し出した。「座ったままで失礼します。お見知りおき下さい」と言うので「二条亜佐美と言います。社員食堂のメニューを担当をさせていただくことになりました。よろしくお願いします」と挨拶すると、保坂が「亜佐美さん、高瀬さんに名刺は要らないよ。スタッフの情報はいつでも高瀬さんは取り出せるから」と言って、「父は?」と高瀬に聞いた。

「社長は別のものが迎えに行っております」

「僕らは社員食堂で昼食をとってからそっちに顔出すよ。1時前後かな」

「承知しました」

ほどなく車が大きな建物に近づいた。

「高瀬さん、今日は正面玄関に着けて下さい。亜佐美さんは初めてなので正面玄関から入っていただく。大前君は来てる?」

「はい、玄関で待機しているはずです」

車がゆっくり止まると高瀬が回りこんでドアを開けてくれた。

「僕はここでは降りないけど、大前君が案内してくれるからね。会議室で会いましょう」と保坂が亜佐美に言った。亜佐美は保坂に頷いて車を降りた。


大前が近づいてきたので亜佐美は高瀬に「ありがとうございました」と一礼すると、「先ほどの名刺を失くさないでくださいね。何かお困りのことがあればご連絡を」と言って高瀬は車に戻っていった。保坂の乗った車を大前と見送り、大前に案内され臨時の通行IDカードを発行してもらって会議室に入った。席は予め決まっており、大前と亜佐美は隣同士だ。

まだ時間は早いが会議のおさらいをしましょうと大前は亜佐美にPCを立ち上げるように促して自分もノートブックをテーブルに置いた。

「いいですか、保坂さんのプロジェクトは紙が用意されておりません。すべて予めストレージに準備されていますので、各自取り込んで会議の前に取り出しておきます」

今回の参加で一番驚いたのは、関わるスタッフがすべて顔写真付きで添付されていることである。大きな会社とは時間の無駄というのがないらしいと亜佐美は思った。

概ね説明が終わってもまだ時間に余裕があったので、大前に案内してもらって化粧直しをした後休憩室にやってきた。

熱いコーヒーを飲み終わるころには人も増えてきたので会議室に戻と、室内も人が集まり始めていた。

各席には部屋を出る前には無かったマイクの装置とペットボトルが置かれてあった。

「二条さん、PCで席次を確認してみて下さい」と亜佐美が呼び出した画面を指差しながら、「ここに座るのは料理長です。あとで質問されるかもしれません。マイクのスイッチはこうで・・・」と説明してくれた。

やがて会議が始まった。まず保坂の挨拶で始まり、今日から統括リーダーになるという人の紹介もあった。PCの画面を確認しながら次々に議題を確認していく。有意義な意見もたくさんあって圧倒される思いであった。

実際の現場リーダーである大前には質問が殺到していたが卒なくこなしている。顔は見かけによらないと亜佐美はしみじみと実感していた。

いよいよ献立の話題になって、亜佐美にも質問が寄せられた。すでにPCには亜佐美の作ったメニューがあるのでそれを見ながら説明していく。コストを考えた仕入れルートの提案などもした上で、この会議は1月から工場でのスタートだけでなく社員食堂全体のスタートでもあるので、全体のゴールが知りたいと発言してみた。まだ会議の途中であるので最後まで内容を把握したら、ゴールに合わせてメニューも限りなく提案する用意があると亜佐美は言った。

亜佐美が息をつくと、隣で大前が音を出さずに拍手をしてくれた。どうやらこれでよかったようだ。議題は進んで、最初の全体会議だというのにほとんどの事項が決まってしまった。

たくさんの確認事項はあるもののあとは現場が動くだけである。

15分の休憩をとって関係グループでの打ち合わせに入った。亜佐美は料理長に挨拶をし、試作の日時の調整と材料の仕入れについて細かな打ち合わせをした。経理担当からも挨拶があった。


やがて昼食の時間が近づくと解散になり、亜佐美と大前が会議室を出ると保坂と料理長が待っていた。保坂も先ほどまではいろんな人に囲まれて忙しそうであった。

本社の社員食堂は明るいカフェテリアのようになっていて、首から社員IDをぶら下げた人が多く、工場とは違っていてスーツ姿の人ばかりだ。

亜佐美は珍しそうにメニューやインテリアを見ていた。保坂はそんな亜佐美にはあまり声を掛けずに大前と話している。

お昼時で混んでいたので、食べ終わるとすぐに食堂を出た。大前は料理長とまだ打ち合わせをすると言うのであとで合流することにした。


保坂が亜佐美を連れて行ったのは落ち着いた色調の別のフロアーだった。静かで誰にも会わない廊下を進みあるドアを保坂がノックすると、駅で迎えてくれた高瀬がドアを開けた。

「早かったかな?」と保坂が言うと、「大丈夫ですよ。もうすぐ戻られますのでお茶でも淹れましょう」と高瀬が更に奥の部屋に二人を案内して亜佐美に椅子を勧めた。

部屋の隅にはワゴンが置いてあり、そこに用意をしていたのか高瀬がお茶を淹れはじめた。

「めずらしいね、高瀬さんが自ら」と保坂が言うと、「他の秘書はお昼休みで出てますから」という答えだった。

それを聞いて保坂は、他のスタッフにはなるべく亜佐美を見せないようにとの気配りかもしれないと思った。今朝も高瀬が運転する車から降りた亜佐美を、他の社員が見てどう噂になるのか高瀬が心配していたのだ。


高瀬が淹れたのは中国茶だったが、とても香りが高くすっきりとした味わいで亜佐美は気に入ったようだ。

それを口に出すと、「そうでしょ、そうでしょ。これは台湾産なのですが芽を摘む時に手間がかかりまして・・・」と高瀬の説明が続く。最後に高瀬は「社長は今中国茶がお好きなようで、私は隠し場所を知っているものですからちょっと拝借しました(笑)」と言って自分も一口飲んでいた。

保坂と亜佐美は呆れて顔を見合わせた。

「さあ、社長がお帰りになる前に片付けておきましょう」と言っているところに社長が帰ってきたようだ。入り口が騒がしくなった。






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