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ハンカチの木  作者: Gardenia
第四章
39/67

38  合格

伯父たちにも馴染みの中華料理店では、愛想の良い店主が出てきて賑やかに挨拶した。

予約していた個室に案内されるまでにはたっぷり5分くらいかかった。

料理は賑やかな店主に任せることにして着席すると、保坂がお茶を注いで皆に配る。

昼間のファミレスでもそうだったが、実に気配りの行き届く人だと亜佐美は再度感心していた。


「で、ふたりの馴初めはどんなだ?」と伯父が唐突に聞いた。

「伯父さん、なれそめって・・・」亜佐美は言葉に詰まってしまった。イマドキ、馴初めはないだろう。

保坂も笑いを堪えているようだ。

「あの公園が最初か?」と言うと、「いえ、その前に茜ちゃんを見かけて覚えていたんです」と保坂は話し出した。

「亜佐美さんの家の板塀、黒いですよね。僕はあの板塀に扉があるのを知らなかったのですが、ある日、ピンクのランドレスが塀の中に吸い込まれるように入っていくのを見かけたんです」

茜が『私?』という風に人差し指を自分の鼻に当てたので、亜佐美はお行儀悪いというように睨んだ。

「黒にピンクですからそのコントラストが印象的でした」それから何度か見かけたこと、最初は茜と亜佐美は母子だと思っていて亜佐美はなんと若い母親なんだと思っていたことなどを話した。

茜は最近は朝の通学時間に家から保坂と途中まで一緒に歩いていることや、ドリルを選んでもらっていることを嬉しそうに話している。

料理も次々と出てきて和やかに食事が進んだ。


「茜ちゃんは今とても向学心がある。僕でお役に立つことがあれば手伝いたいと思います」と保坂が言うと、亜佐美が「私はお勉強が苦手だったので、茜がお勉強好きというのを最近まで気がつかなかったのよ」と申し訳なさそうに言った。

茜が、「あーちゃん、ほっちゃんにあれお願いしてよ」と亜佐美に小声で囁くと、「ほっちゃん?」と伯母にその声が聞こえたらしく怪訝な顔をする。

「あ、茜が今保坂さんのことをほっちゃんって呼んでいて・・・」と亜佐美の声が段々小さくなる。

保坂がとりなすように「何かな?茜ちゃん」と茜に聞いてくれた。

「えっと・・・私、英語がしりたいの」

亜佐美以外の一同はびっくりしている。

「でもどうやってお勉強したらいいのかわからない。クラスの子も何人か英語勉強してるんだよ」そうやって訴える茜に、「茜ちゃん、ディズニーのDVDの歌おぼえたかい?」と保坂が茜に聞いた。

「うん、いくつかは唄えるよ」と茜は自慢げに答えた。

「あれをもっと観て、全部一緒に唄えるくらいになったら英語の勉強始めようか」と保坂が言うと「ほんと?やったー」と茜が嬉しそうにしている。、「アルファベットの書き方も覚えないといけないから、明日本屋に一緒に行こうか。亜佐美さんそれで良いですか?」と保坂は亜佐美に尋ねた。

「はい、よろしくお願いします」と亜佐美が言うと、やりとりを見ていた伯父や祖母が「良かったね、茜」と口々に言った。


茜がお手洗いに行きたいというので伯母が茜を連れて行った。

保坂は「保坂の家では僕らはずっと3人兄弟でした。知ってしまった後もそれは変わりません。同じように亜佐美さんと茜ちゃんは1セットです。それは僕の中では自然なことです」と伯父や祖母に言ってくれた。

伯父が「まぁ、当分様子見ということにするよ」と言い、祖母は「私のことは貴子さんと呼んでください」と言ったので、「絶対にお祖母さんと呼んじゃだめってことよ」と亜佐美が補足した。

保坂は笑いを堪えた様子で、それぞれに「はい、わかりました」と返事をしていた。


亜佐美の家まで一緒に歩いて帰ったが、保坂は家の前で別れた。

伯父たちも帰るというので、明日からのことをもう一度お願いして亜佐美と茜は家の中に入った。

茜は早速ディズニーのDVDを観ると自分の部屋に行ってしまった。

リビングとキッチンを片付け終えるとCPを立ち上げてみた。

携帯電話を見ると、メール受信のランプが点いている。保坂からのメールだった。

『皆さんが帰られたら、一度電話ください』という内容だった。


早速電話してみると、「亜佐美さん、疲れてないですか?」と保坂が聞くので、「大丈夫ですよ。ほっとしました」と亜佐美は答えた。

「そうですね。僕もほっとしました」と保坂が笑った。

「茜ちゃんはどうしてます?」

「早速ディズニーのDVD観てますよ」

「茜ちゃんが寝るのは何時くらいですか?」

「10時頃かな、だいたいですが」

「じゃ、茜ちゃんが寝るまでに少し時間があるので、PCの使い方をちょっと説明していいですか?」と保坂が言った。

「え?」と亜佐美が言うと、「金曜日に仕事用のものをいろいろ入れたので、それを使えるようになってもらいたいんです」と保坂が言った。

「亜佐美さん、PC立ち上げたでしょ、今」

「え~~~?わかるんですか?保坂さんエスパー?」と亜佐美が予想以上に驚いているので

「ストーカーと言われなかっただけマシですが」と保坂は笑いながら言う。

「いや、一瞬ストーカーという言葉も横切りましたよ」と言うと保坂は「それは酷いなぁ」と笑っていた。


「亜佐美さん、PCの画面の右下に見慣れない丸いアイコンが点滅しているでしょ?」と保坂は続けた。

「あ、あります。これ何だろう」と亜佐美が言う。

「それね、僕のスタッフだけが使えるメッセンジャーです。その点滅しているのをクリックしてもらえますか?」

それからしばらく亜佐美は新しいツールの使い方をメッセンジャーを通して教えてもらっていた。

途中茜を寝かしつけるときは休憩をし、再びPCの前に座って、言われたとおりにファイルのやりとりをした。

保坂はすでに月曜日のスケジュールを共通ストレージに入れてくれており、その取り出し方もやってみる。最後にはビデオカメラも作動させてライブメッセンジャーのテストもした。

「では、明日は11時にお迎えに行きます。一緒に本屋へ行って、それから僕のところにランチを食べに来てください」と保坂が言った。「今日はいろいろとありがとうございました。おやすみなさい」と亜佐美も言ってメッセンジャーをオフにする。


長い一日だった。たっぷりとしたお湯に肩まで浸かりながら亜佐美は今日のことを振り返ってみた。

伯父が拳を固めて保坂に詰め寄ったときは息を呑んだものだ。保留とは言っていたが、保坂の真摯な態度でなんとか合格したようだ。

保坂の出生については驚いたが、暖かい家庭環境で育ったようで少し安心もした。セレブの家庭ではこういうことは多いのだろうかと思った。

それにしても結婚話でもないのに今日のこの緊張はなんなんだ。まだお付き合いして日も浅いのにと思う。

保坂が実家のことを話したということはいずれ結婚の話もでるのだろうか。

そこまで考えて亜佐美は気が重くなった。結婚ということになったら考えなくてはいけないことが多すぎる。

今の私の脳では無理!と決断を下してお風呂をあがることにした。

髪を乾かしていると猛烈な眠気が襲ってきた。

枕に頭をつけた記憶もないままに気がつけば朝になっていた。






一方保坂も亜佐美の伯父夫婦と祖母との面談を終えてほっとしていた。

なんとか殴られるのも回避できたし、様子を見るということで落ち着いた。

亜佐美は保護観察中の小動物のようなだなと思うと笑いがでてくる。

さて、次はこっちの関門だなと電話に手を伸ばした。

「母さん、一也です」

「首尾はどう?」

「掃除も洗濯も終わりました。トマトソースは明日の朝作りますよ」

「玉ねぎとトマトだけでできるから、あなたでも大丈夫よ」

「助かります」

「ご希望のものは明日の朝9時に届くようにしたから。間に合うでしょ?」

「はい」

「パンとデザートも一緒に入れておくから、パンはメモの通りに焼いて頂戴ね」

「はい。すみません、急だったのに」

「さすがに食器は買いに行く時間がなかったら、家にあるのを用意しただけよ」

「僕も買いに行く時間がなかったんですよ」

「近いうちに聞かせてもらうから」

「え?(笑)」

「だめよ、惚けても。全部話してもらうからね」

「うわ~、やっぱり母さんに頼んだのが間違いだったかも」

「今更何言ってるの。ところで、月曜日はこっち泊まるでしょ?」

「はい、その予定です」

「じゃ、楽しみにしてるから」

「父さんにもそう伝えてください」

母との電話を終えると、亜佐美の伯父たちにしてもそうだけど、何故今回はこんなに早く家族を巻き込んでしまうのかと不思議に思った。


明日は亜佐美と茜をランチに招待している。

野菜を買って帰ってから、食器が無いのに気がついたのだ。

保坂一人分のものしか無い。

正午頃に気がついたが亜佐美との約束の時間も近づいていたので、どうしようもなくなって実家に連絡を取ってみたのだ。

母は笑いながら二つ返事で引き受けてくれた。

メニューを聞いて、缶詰のトマトソースを温めようとしていた一也に、「トマトソースは手作りすべし!」とレシピをメールで送ってくれた。

女性の好きそうなスイーツを荷物に入れておくからと言うので、何故わかるのかと思ったら、「男友達が来るなら紙皿でOKでしょ。普通の食器が必要なのは女性だからよ」と見事な推理ぶりだ。

月曜日には何と言い訳しようかとニヤつきながら、会議用の書類に集中していった。






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