36 ミーティミング
木曜日、いつものように早起きをしてお弁当を作った亜佐美は、茜が出かけると今までに調べておいた資料をまとめて食堂の献立を作成した。その理由も献立毎に挿入する。
夏に作ったお弁当のレポートがかなり役立った。大会社で働いている人というのは優秀だ。1個のお弁当でこんなことまでデータとして活かせるのかと感心してしまった。
その後、食堂担当者が従業員に昼食についてのアンケートを取っていた。大いに役立たせてもらうことにしてつくりあげたレポートを10部ほど印刷する。
同じものをフラッシュドライブにコピーして持っていくことにした。これは保坂のアドバイスである。
保坂のプロジェクトは連絡をほとんど通信で行うらしい。
明日の工場でのミーティング中に亜佐美のノートブックで連絡用ツールの使い方を説明するというので持っていくことになっている。保坂は予め亜佐美のノートブックPCも会社で速く立ち上げられるように整理するようにともアドバイスしていた。
金曜日は予定の15分前に亜佐美は工場に到着した。
来客用の駐車場に車を停めて正面の建物で受付するとすぐに担当者が来てくれた。
水曜日に話した人なので亜佐美も緊張することなく会議室について行く。
担当者は大前と言う名前で、東京出身と言うことであった。最初は月曜日に亜佐美と一緒に電車で東京に行く予定になっていたが、前日に実家に立ち寄って月曜日は実家から本社に行くことになったと亜佐美に告げた。
「そのためにも今日はしっかり打ち合わせしましょう」とニッコリ笑った顔がどことなくジェニーズ系の可愛い顔で、亜佐美は『感じの人が担当でよかった、同年代みたいだし、気軽に話せそうと!』と嬉しくなった。
会議室には30歳代後半の女性が二人すでに着席していた。
大前が、「こちらは実際に調理を担当していただく方です」と名前を紹介してくれる。もうすでに委託業者のアルバイトとして実際に調理をしているらしい。
「キッチンにも慣れておく必要がありますから」と説明を受け、なるほどと思った。
女性二人はすでに亜佐美のブログを見たり、お弁当の写真を見せてもらったということだった。少し訛りがあるので聞くと東北出身者だと言った。
新しいレシピにはかならず写真をつけるから盛り付けも惑わないはずだということと、できれば時間のあるときに東北の家庭料理を教えていただきたいと亜佐美はお願いしてみた。
女性たちは喜んで協力すると言ってくれ、和やかな雰囲気で顔合わせを終えた。
担当の大前は年末に委託業者からの引渡しと来年からの稼動の現場リーダーをするということだ。
亜佐美は作ってきた献立とその資料と元に簡単に説明していく。
地元の季節の食材にも触れ、大前さんが仕入れもするなら地元の農家やJAを紹介できることを告げた。
亜佐美の作ってきた資料はそのまま使えるので、挿入して月曜日の会議までに仕上げて本社に送っておくと大前が言った。
「私たちはすべてデータはネットで送ることにしています。二条さんは手ぶらでどうぞ」と言われたが、ノートブックだけ持っていってもいいかと聞くと、「そうでした。今PCに詳しい者が来ますのでお待ちください」と言って、内線で連絡と取った。
亜佐美と大前が献立の話をしていると、保坂がPC担当者を伴ってやってきた。
「こちらは二条亜佐美さん、で、こっちは早瀬薫です。」と二人を紹介すると、会議テーブルの反対側の隅で大前と話を始めた。大前は亜佐美の作った献立を見せて説明している。
早瀬薫が「私たちも早速始めましょうか」と亜佐美を促してPCを立ち上げた。
「ちょっと中を拝見してもいいですか?」と早瀬が言うので、「はい、よろしくお願いします」と答えると、「一般の人のPCはセキュリティーが低いので、仕事の連絡用にセキュリティーを高くしますね。ちょうどこれです。ここを変えることによって変わりますので、一般に使う時に不具合がでたら一時的にここを元に戻してください」
スリープ時のパスワードの確認や、専用メールの使い方、資料の取り出し方や送り方など一通りレクチャーがあって、必要なツールをインストールしていく。
早瀬は「パスワードなどのメモは必要ないです。メモが無いほうが安全ですから。覚えてください」と言う。
亜佐美の関わる担当者への連絡先の一覧もあっという間にダウンロードされた。
「二条さん、今日お持ちいただいたレポートのデータはありますか?」と言うので、コピーを保存したフラッシュドライブを出すと、「これから使い方を説明しますね」と言って、資料のアップロードとダウンロードの方法やメーラの使い方を説明してくれた。
他にも2~3注意事項があって早瀬の説明が終わった。
「保坂さん、こちら終わりましたよ」と早瀬が声をかけると、「どう?問題ない?」と保坂が訊ね、「全然問題ないです。二条さん使い方も大丈夫そうよ」と言ってから、「二条さん、今わかったつもりでも家に帰ると忘れちゃったりするから、いつでも私にメールしてきてね」と早瀬のメールアドレスを登録してある場所を亜佐美に教えた。
「じゃ、皆で移動するか。食堂に行こう」と保坂が言うと、「今日はご馳走様ですね」と早瀬がいち早くお礼を言っている。
保坂は「今日だけだぞ。特別レクチャーしてくれたから今日は奢るよ」と笑っていた。
「香川ちゃんも呼んでいいでしょ?」と聞いている。「香川?呼ぶのはいいけど、香川には奢らない」と言いながら皆で和やかに食堂に移動した。
食堂では慌てて走ってやってきた香川が挨拶をする。
「香川雅人と言います。二条さん、お目にかかりたかったです」と勢い込んで言うので思わず顔が赤くなった亜佐美を見て、「あぁ、もう!本当に可愛いなぁ、二条さんって。小阪がお弁当を持ってきた人が可愛い女の子だったと言ってたので是非お会いしたかったんだよ」と言う。
「女の子って・・・」と亜佐美がつぶやいて引いていると、早瀬が「二条さんこっちおいで。無視していいから、香川ちゃんは」と言って亜佐美を隣に座らせた。
早瀬が「亜佐美ちゃんって呼んでいい?」と聞くと「はい」と亜佐美が嬉しそうに答えるので、「私のことは薫って呼んでね」と早瀬が言った。
「あ、僕も亜佐美ちゃんって呼んで良い?」と香川が言うと、保坂と早瀬が「「駄目だ」」と同時に言った。
そのシンクロ加減に噴出しそうになった亜佐美だが「そう呼べるのは女子限定ですので」とサラっと香川に言うと、一同静かになって亜佐美を見つめた。
「いやぁ、そういうこと言う人だとは思わなかったよ」と香川が沈黙を破って言った。「ますますファンになりそう、俺」と香川が笑い出した。その笑いにつられるように、皆も笑い始めた。
食堂が混む時間でもあり、食事が終わるとすぐに解散になった。
「これから僕たちの胃袋をよろしくお願いします」と香川が言ってくれたので、「頑張ってやらせていただきます。それとお弁当のレポートありがとうございました」と亜佐美は言って香川と早瀬にお辞儀をした。
保坂は駐車場まで亜佐美を送ってくれた。
「今夜も残業なんだ。終わる頃電話してもいいかい?」と言うので、「もちろんです。明日はよろしくお願いします」と亜佐美は言った。
明日の午後はお手伝いさん候補と面接をすることになっている。
家にきてもらおうか迷ったけれど、考えて近くのファミレスで時間差で会うことにした。
茜と保坂は隣のテーブルに座ってくれることになっている。
途中、茜は保坂に本屋に連れていってほしいらしい。
それが終わると伯父たちが来る。保坂は明日のために残業するのだろう。
「遠慮しなくていいからね」と保坂は言って、車のドアに手をかけていた亜佐美の手の甲を指ですっと撫でた。
「じゃ、乗って」と保坂に言われて亜佐美は運転席に座り、「電話待ってる」と言ってから車を発進させた。
その夜、保坂から電話があったのは午後11時に近い時間だった。
「こんばんは」と言った保坂の声は疲れているようだ。
「お仕事終わりました?」と聞くと、「今終わったよ。亜佐美さんのレポート読ませてもらった。あのまま会議資料に差し込んだから東京に行く前に目を通しておいてくれる?それと、月曜日のこともメールしたからわからないことがあったら明日聞いてほしい」と保坂が言った。
「明日、せっかくのお休みなのに私のことで申し訳ないわ」と亜佐美が言うと、「気にしないで。僕がそうしたいんだから。それに僕たちのことでもあるからね」と言う保坂の言葉に、二人が付き合ってる実感が湧いてきた。
「それから、明後日は僕のところにランチを食べに来てよ」と保坂が言うのでびっくりしてしまった。
「え~~、休めるなら少しでものんびりしたほうがいいんじゃないの?」と亜佐美が言うと、「休みだから一緒に居たいんじゃないか」と保坂が返した。
「茜ちゃんと亜佐美さん、二人の美女に得意のパスタを振舞うよ」と笑っている。
「それじゃお邪魔しようかな」と亜佐美も笑って答えると、「今日はこのまま帰ってぐっすり眠るよ。明日に備えて」と保坂が言ったので、「おやすみなさい」と電話を終えた。