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ハンカチの木  作者: Gardenia
第三章
33/67

32  二度目のキス

あれから亜佐美はどうやってベッドに入ったのかあまり覚えてなかった。

寝つきが悪かったせいで目が覚めてからもぼんやりしている。

遠慮がちなノックが聞こえて茜が部屋に入っていた。

「あーちゃん、具合悪いの?」

「あ、おはよう。ううん、大丈夫だよ。ちょっと寝坊しちゃっただけ」

「お腹空いた・・・」

「あ、ごめんね。今起きるから」

そのまま茜と夕べの話をしながら手早く着替え、「茜も手伝ってね」と言って朝食の支度を始めた。

「今日はパンにしよう」と言いながら野菜と卵を取り出して簡単なサラダとスクランブルエッグを作る。

その間に茜はパンをトースターに入れて、飲み物を出していた。

「あーちゃん、水っ!!レタス流れてるよっ」

「あ。いけない!!」

「信じられない、あーちゃんがレタス流しちゃうなんて」と茜は呆れていた。

ボールに水を入れながらそこにちぎったレタスを放りこんでいたのだが、水が溢れても気がつかずにレタスが流れ出していたのだ。

夕べ保坂とキスしたことを思い出してたとは言えず、「うん、まだ寝ぼけてるかも」とつぶやきながらスクランブルエッグを焦がさないように仕上げ、お皿に移すとテーブルに置いた。


簡単な食事を終えてコーヒーを飲みながら茜に夏休みの宿題のことを聞いてみた。

「茜、宿題はしてるの?」

「うん、もうほとんど終わった」

「あとは何が残ってるの?」

「えっとね、絵日記だけかな」

「え~~、残っているの?」

「日記は休みが終わるまで書くんだからできてないよ」

「それはそうだね(笑)」

「今から昨日の絵日記書くよ」と言って茜は自分の部屋に行ってしまった。


茜が居なくなったダイニングテーブルで亜佐美はまた夕べのことを思い出してしまった。

保坂はなぜキスをしたんだろう。おやすみの挨拶だったのかな。いや、いくらなんでも日本でおやすみのキスを唇にすることはないだろう。好きってことかしら。

亜佐美の頭の中でぐるぐるといろんな考えが浮かんでは消える。

単に触れてすぐに離れていった。あっという間の感触に戸惑っているうちに保坂は帰ってしまった。

あの時は離れないでと引き止めたい気持ちが少しあったんだよねと亜佐美は思う。

テーブルに肘をつき、手のひらの上に顔を乗せた亜佐美は深いため息をついた。

『私、保坂さんが好きなんだ』

知りたくないことを知ってしまった気分だ。

保坂はきっとA社の御曹司として別世界の暮らしをしてきたはずである。あの顔だし、さぞやモテることだろう。それに引き換え私はこんな田舎町の25歳の冴えない普通の女。後ろ盾になる親も居ないうえに未婚で子供付きだ。どう考えても幸せな未来には繋がらない。

解っていても話したり会ったりするのは止められない。話せば話すほどまた話したくなり、話すと会いたくなるのだ。

とりあえずこのままで、でも慎重になろうと亜佐美は思った。


うだうだしていても気分が落ち込むので洗濯をすることにした。

茜と自分の寝室に言って、ベッドシーツを力いっぱい引き剥がす。洗濯機に放りこんでおいて、換えのシーツを取り出す。作業をしていると、携帯が震えた。メールを受信した携帯を握り締めてドキドキしながら開けると、亜佐美が予感したとおり保坂からのメールが届いていた。

『おはようございます。日曜日ですが出勤しています。差し支えなかったら仕事が終わってからお電話してもいいですか?』とあった。

こころなしか保坂はまた敬語が戻ってきているようだ。しかも夕べのことに何も触れていない。

すぐに返事を出すのも癪なのでそのままにして、とりあえず掃除と部屋の片づけを優先させることにした。


朝が遅めだったこともあり、お昼は簡単に素麺にした。

食べながら茜に「ねぇ、今夜はカレーにしない?」と言うと、「うん、いいよ。カレー大好き!」と二つ返事だ。

「じゃ、茜、作るの手伝ってくれる?」

「うん、手伝う~」

「創作カレーにしよう。茜の好きな材料で新しい味のカレーに挑戦しようね」

「え?創作カレー?」

「うん、いつもはお肉と玉ねぎと人参とジャガイモでしょ?今日は違うものを入れて作ってみない?」

「ふ~~ん。大丈夫かな?」

「実験だよ、実験。あとで冷蔵庫の中を調べてカレーの材料決めようよ」

「うん、わかった」


食べ終わって、茜と一緒に冷蔵庫の食材を点検する。

横で茜が小さな手で玉ねぎを触るのを見ながら、女の子でよかったなと思う。一緒に料理できる今を大切にしたいと亜佐美は思った。

だいたい作るものが決まると、茜がアイスが食べたいと言って冷凍庫からバニラアイスを取り出した。

「部屋で食べてもいい?」と聞くので、「うん、いいよ。食べ終わったらカップはこっちに捨てなさいね。部屋のゴミ箱に捨てると蟻がくるから」と言うと、茜はアイスクリームを大事そうに持ってキッチンから出て行った。


そういえば保坂のメールがそのままだった。お返事しなくちゃなぁと考えながら亜佐美は携帯に手を伸ばした。

『こんにちは。今日も遅くまでお仕事されるのですか?今夜の夕食は茜とカレーライスを作ります。よかったら帰りに食べに来ませんか?お仕事が終わったらお電話ください』と書いて返信した。





保坂は亜佐美に何も聞かずにキスをしてしまったことを少し気にしていた。

あの時はビックリした顔が可愛かったと思うのと同時に、後になって何をされたのかわかった亜佐美が怒るかもしれないと心配だった。

挨拶程度の触れるだけのキスは物足りなかったが、あれ以上は無理だったと思う。

保坂は学生時代から女性に関しては困ることがなかった。いつも女性のほうから話しかけてきたし、デートや食事もだいたいは女性のほうから申し込んでくる。

経験を積む毎に女性の表情で求めるものが解るようになった。好きと言ってと乞われれば好きだと言ってきたし、会いたいと言われれば会う時間も作ってきた。でも保坂のほうから特に望む事はなく、それが相手には不足らしくていつも保坂は振られるのだ。

社会人になってからはこの街で特定の彼女は作ってはないが、デートの相手には困ったことが無い。

そんな保坂だが自分から会いたいと思う女性は亜佐美が初めてだった。


朝送ったメールに返事が来たのは午後になってからだった。カレーライスを食べに来ませんかと書いてある。

どうやら怒ってはいないらしい。

ニヤリとした保坂は凄いスピードで仕事を処理し始めた。


午後5時を少し過ぎたころようやく仕事が一段落したので帰り支度をする。

同時に亜佐美に電話を掛けた。

「はい」と亜佐美の声がする。

「保坂です」と言うと亜佐美は「はい」ともう一度言って黙っている。

きっと彼女は夕べのことでどんな顔していいのかわからないはずだ。保坂はそう考えて「お夕食のお誘いありがとうございました。今、仕事終わりました。そちらに伺ってもいいですか?」と聞くと、少しの沈黙のあと「保坂さん、また敬語ですよ」と呆れたように言い返してきた。

なかなかいいぞと保坂は思いながら「あ、仕事してたらすっかりこんな言葉になってしまたみたいです(笑)」と悪びれずに言うと、「敬語使ったらお夕食は取りやめですからね」と亜佐美が返す。

「わかったよ。じゃ、今から会社出るけど、今日は車なんです。亜佐美さんのところに駐車場ありますか?」

「はい、玄関の左側がガレージなのでそこに止めてください。ガレージ開けるから到着したら電話してください」

いつもの調子に戻ったのでほっと安心して、緩みそうになる頬を引き締めて帰りを急いだ。


夕食はほんとうにカレーライスだった。

茜との合作らしい。冷たいサラダとシーフードカレーライスだけの簡単な夕食だが、なかなか美味しいカレーで保坂はお代わりをしてしまった。

子供用なのか甘めのカレーだが、大人用に辛いスパイスが添えられている。

茜が実験カレーの話をして座を盛り上げ、保坂と亜佐美は聞き役だ。時々亜佐美が茜のスプーンやフォークの使い方を注意し、保坂にお代わりを勧める。

テーブルには昨日保坂が持ってきたスイトピーが真ん中を飾っていた。


食後、保坂はコーヒーを飲みながら茜のドリルを添削していた。

茜はほとんど出来ているものの、時々うっかりミスが見つかった。注意するべき点やミスに印をつけて返してやると、茜は「ありがとうございました」とお礼を言った。

「そうだ、茜ちゃん。昨日車で観たディズニーのDVD貸しておくよ。英語版があるんだ」と保坂が言うと、嬉しそうにした茜の顔が一瞬曇った。

「私、英語しらないもの」と言う。

「わらなくてもいいんだよ。観ていればいいから。何度も観て何度も聴くことが大事なんだ」と言って車からDVDを降ろしてきた。保坂の甥っ子のものだという。

保坂が持ってきたDVDはシリーズになっていた。そのうちいくつか同じものの日本語版を茜が持っていることがわかった。

「甥っ子たちはこのシリーズ卒業したから、しばらく持っていて大丈夫だよ」と言うので有難く借りることにした。


茜がそれを持って部屋に行ってしまうと、リビングに二人だけになった。

保坂が亜佐美を見ている。亜佐美は気詰まりを感じて喉が渇いてきた。

「亜佐美さん、僕は明日からまた忙しくなります。あまりお会いできないですが、メールや電話は今までどおりしてもいいですか?」と保坂が聞くので「はい」とだけ亜佐美は答えた。

「僕は、あなたが好きなんです」と保坂が言うと、亜佐美ははっとしたように保坂を見た。

「では、今夜はこれで」という保坂の後に続いてガレージまで来ると、保坂は亜佐美を振り返って手を取った。

「嫌じゃないですか?」というので首を横に振ると、保坂の顔がゆっくりと近づいて唇が重なった。夕べよりは長く重なっていたが、すぐに離れていく。

「おやすみ」保坂はそう言って車に乗り込むと帰っていった。






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