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ハンカチの木  作者: Gardenia
第三章
31/67

30  配達

保坂の会社にお弁当を納める日、亜佐美はかなり早起きをした。

前日に下ごしらえは済ませているけれど、いつもより数が多いので調理に時間がかかる。

お弁当容器は使い捨てのものだ。一回限りのオーダーなのでコスト高になるけれどそれは仕方ない。

女子用の3個はナチュラル素材のもの、男子弁当の6個は量が入るもの、シニア向けは長方形で和風のものを用意し、3つのグループに分けて置いた。


魚類、肉類、野菜を別の調理法で作る。今回ご飯はどれも普通の白米だ。卵焼きはどれにも必須だ。

おかずを次々に作っていき、完成するとお皿に乗せてダイニングテーブルに並べた。

全部できたら詰めに取り掛かる。まずはご飯を詰めて冷ましておく。ご飯が冷めるころにはおかずも冷めるので一気に詰めて蓋をした。

予め印刷しておいた可愛い献立をお弁当に添えて包んでいく。買い置きがあったので小さなお手拭とお箸も一緒に包んで完成だ。

一度きりの注文なので、納品書よりも請求書でいいだろうと思う。

その請求書と共に今回使った素材と調理するうえでどういう点に留意したかを簡単にコメントしたレポートもつけた。


キッチンの片づけをしてもまだ充分時間はあった。

残ったもので茜と自分自身のお弁当も作りテーブルの上に置いて、亜佐美は手早く身支度を整えた。

お留守番の茜にいくつか注意を与え、持ち物を確認して車のハンドルを握った。

今まではのほほんと暮らしてきたが、なぜか今日が亜佐美のスタートになるような気がしていた。


予定の10分前にA社の工場に着いた。正門の手前でわき道に入り、資材置き場になっている場所を確認する。建物を建てたいと言ってきた場所だ。

広さはあるものの、用水路の際の細長い土地であまり使い道がない。今はA社のトラックとか板パレットとか木材が少し置いてあるくらいだ。

一通り見渡してから車に戻り、予定時間ちょうどに正門に車を乗り入れた。

亜佐美が名乗ると守衛さんが車を正門の横に誘導し、「保坂チーフに連絡をとるのでしばらくここでお待ちください」と電話に手を伸ばしたとところに、保坂がやってくるのが見えた。保坂はゴルフ場で見かけるような電気カートに乗ってやってきた。


「今日はご注文ありがとうございます」と言ってお弁当を渡そうと車のトランクを開けると、保坂は後ろを振り返り「同じ部署の小阪です」と若い男性を紹介してくれた。

どうやら保坂の部下のようである。「こちらは今日のお弁当を作ってくださった二条さん」というと、「今日は皆で楽しみにしておりました」と挨拶してくれた。

小阪がお弁当をトランクから出して電気カートに乗せている間に、保坂が「二条さん、少しお時間ありませんか?それほど手間はとらせませんからうちの食堂を見ていってくださいませんか?」と聞いて来た。

「午後のJAでのミーティングがなくなりましたので、時間は大丈夫です」亜佐美がそういうと満足そうに頷いて、「シニア向けのお弁当はどれですか?」と言うのでひとつ取り出すと、「それだけは持っていきましょう」と保坂が手に取った。


「小阪、カートで戻って良いからお弁当を持っていってくれ。12時には戻るからそれまで開けないように」と言って亜佐美をエスコートする。

小阪は慎重にゆっくりとカートを運転して行ってしまった。

「さあ、僕も12時には戻らないと皆に拗ねられるからはやく食堂をご案内しましょう(笑)」と言うので亜佐美は笑ってしまった。

亜佐美の車は正門横に置いたまま、今度は保坂の運転でもう一台の電気カートで食堂棟に移動した。

食堂はもうお昼を食べる従業員でかなり混雑していた。

「交代で食べるものですから11時半から1時半までは混むんです」と保坂が説明した。

厨房は業者と提携しており、今は外部の会社が調理を請け負っているらしい。

メニューや器、厨房設備を遠くから一通り確認した亜佐美はいろいろ考えているようで口数が少なかった。


「じゃ、もう一箇所行きましょう。食堂はまた後日ゆっくりとご案内しますので」と保坂が亜佐美を誘導する。

再び電気カートで別の棟に移動した。そこは工場というより感じのよいオフィスのようだが、誰にも会わずに奥深い部屋に到着した。

保坂がドアをノックすると女性の声で「どうぞ」と声がしてドアが開いた。

「居る?」と保坂が聞くと、「はい。今は大丈夫ですよ」とその女性が電話を取り上げて「保坂さんがいらっしゃいました」と伝える。

電話を置くと、「どうぞそのままお入りください」と保坂と亜佐美に言った。


「お弁当を届けに来ました」と保坂が言いながらドアを開けると、奥の大きな机に中年男性が座っていた。

ゆっくり顔を上げて保坂を見て、それから亜佐美のほうに目を向けた。

「ご紹介します。二条亜佐美さんと言います。今日のお弁当担当者です」と手短に亜佐美を紹介した。

保坂は亜佐美を大きな机の前に誘導する。

中年の男性が立ち上がって亜佐美に「工場長の長谷川です。今日はご苦労様です」と手を出した。

亜佐美はすごくびっくりしたものの、なんとか手を出して握手をした。緊張で手が汗ばんできたので余計に緊張してしまった。

「二条亜佐美と言います。今日は保坂さんにご依頼いただきお弁当を作らせていただきました。お口にあうとよろしいのですが」と挨拶したものの、声が震えないようにするのが精一杯だ。


保坂は、じゃ、「これお弁当です」と工場長の机に置き、「表の彼女に二条さんを正門まで送ってもらってもいいですか?僕はこれからお弁当の試食があるので」と早口で言った。

「あ、いいよ」と気軽に応えた工場長は、入り口にいた女性に「このお嬢さんを正門までご案内して差し上げて」と声をかけてくれた。

「外にカートを停めてあるので、それ使ってくれたらいいから。正門に乗り捨ててね」と保坂も声をかけて、「じゃ、二条さん、僕はここで失礼します。お弁当の感想はまたあとで送ります。慌しくて申し訳ない。ではっ!」と言ってあっというまに出て行ってしまった。

亜佐美は保坂の出て行ったドアに向かってお辞儀をした。


「では、こちらに」と言って工場長が部屋の外までお見送りしてくれた。

「秘書の菊池です。そうだ、菊池さん、僕が二条さんを届けるよ。あなたは別のカートを見つけて正門まで来てくれる?」と言って亜佐美を正門まで自ら送ってくれると言う。

亜佐美が恐縮していると、「弁当も気になるが、弁当は逃げないだろう?亜佐美さんは今度いつお目にかかれるかわからないからな」と言って亜佐美の先に立って歩き出した。

亜佐美が菊池さんと言われた人に頭を下げると、菊池さんは感じよくニコリと微笑んで「先いらしてくださいね」と言ってくれた。

慌てて工場長のあとを着いていく。亜佐美が追いついたところで、工場長は歩調を緩めて、亜佐美と並んで歩き出した。


「保坂とはどこで知りあわれたのかな?」と長谷川が聞いて来た。

「保坂さんと家が近所で顔見知りになりました。その後タウン紙を見てくださって、私のお料理ブログも見てくださって、それで今回のお弁当を注文していただきました」と亜佐美は澱みなく答えた。

「そうでしたか」とだけ長谷川は言って、建物の外に乗り捨ててあった電気カートに亜佐美を乗せ、自らハンドルをとった。


次に「二条さんとおっしゃいましたね。二条さんというのは隣駅前の不動産屋さんのご親戚ですか?」と聞いた長谷川に、やっぱり工場長只者じゃないと亜佐美は思った。

「はい、不動産の二条は伯父にあたります」と答えた。

「では、保坂の住む駅前の二条さんは?」

「はい。その駅前で同じく不動産をしていたのは両親です」

「そうでしたか。いつもお世話になっております。ご両親様のことはお気の毒でした」と工場長はお悔やみを言ってくれた。

「有難うございます」亜佐美がお礼を言ったとき、工場長が運転するカートが正門に到着した。

亜佐美に手を貸してカートから降ろすと、「今後もよろしくお願いします」と工場長が頭を下げた。お弁当のことなのか、資材置き場になっている土地のことなのかわからなかったが、「こちらのほうこそ、至りませんがよろしくお願いします」と亜佐美も頭を下げた。

車に乗るように促すので、「今日はありがとうございました」ともう一礼して車に乗り、工場を後にした。


帰り道、正門が見えなくなってようやく、「ふ~~っ」とため息がこぼれた亜佐美は、どっと疲れを感じた。

早く家に帰って茜と一緒に冷やしてあるゼリーを食べようと、それだけを考えながら運転したのだった。






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