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ハンカチの木  作者: Gardenia
第三章
30/67

29  兆し

月曜日、お昼前に伯父の事務所に茜を連れて行った亜佐美は伯父にお茶を淹れていた。

茜はとっくに伯母に誘われて買い物に出かけている。

「伯父さん、何か言い難いことがあるんじゃないの?」と水を向けてみる。

「うん、まぁ、そうだな」とソファーに座った伯父は亜佐美にも座るように促した。

伯父の前にお茶を置き、自分用にも淹れたお茶を啜って伯父の言葉を待った。


「いくつかあるんだが、そうだな、まず茜のことだ」

「茜の?」

「茜の父親には連絡取ってるのか?」

「ううん。とっくに縁の切れた人だもの」

姉はまだ茜が2歳になる頃離婚して実家に戻ってきた。

それから亜佐美は義兄だった人に会ったことは無い。

養育費のこともあるので姉は連絡を取っていたようだが、義兄が海外赴任になったと言うのは聞いたことがある。

姉の持ち物を調べれば連絡先くらいわかるのかもしれないが、亜佐美は調べようとも思わなかった。

「彼から連絡があったんだ」と伯父は言った。

「いつ?」と亜佐美が聞く。

「ちょうどお前たちがTDLに行ってた時だ」

今更何の用があるというのだろう、とっさにその言葉がでそうになったが、よく考えてみれば茜のことしか用は無いはずだ。出掛かった言葉を亜佐美は飲み込んだ。

「由佳が死んだことを彼は知らなかったぞ。茜のことでメールを送ったが、由佳に何度もメールを出しても返事が無いのでこっちに連絡してきたんだ」

「そうなんだ。でも何で伯父さんのところよ」

「親父さんの事務所に電話してももう無い電話になってるだろ。で、俺のところを覚えてたってわけだ」

「ふ~~ん。で、どんな用なの?」

「まぁ、今はショックになっててはっきりとは言えないけどいずれ茜を引き取りたいと言っていた」

「どういうことよ、海外じゃないの?それとも日本に帰ってきた?」

「まだアメリカだそうだ。当分あちらで居るようだよ」

「なんかピンと来ない。アメリカでクレイマークレイマーするって?」

どうやって父娘二人で暮らすというのか、亜佐美には現実感のない話だった。

「どうする?お前が話すか?」

「ん~~、しばらく伯父さんに頼める?」

「わかった。ただ、お前のところの電話、昔と変わってないから彼が電話しようと思えばできると思うぞ」

「はい、わかりました。気をつけておくね。しかし一体今頃どういうわけかしら。茜も覚えてないくらい昔の人だよ」

「茜の父親だ。娘のことは忘れないだろうよ」

親とはそういうものだと伯父は言った。亜佐美は気分がずんと重く沈むのを感じていた。


「さて、次の話だ。その前に、これ更新の契約書」と言っていつものように賃貸物件の書類とお金を伯父が渡してくれた。

「確かに。いつもありがとうございます」と中を確認して鞄に仕舞った亜佐美は、伯父の話がこれだけじゃないことを感じ取っていた。


「次は、ま、不動産のことなんだが」と伯父は切り出した。

「隣駅の大きな工場知ってるだろ?」

「あ、A社の?」亜佐美は保坂を思い出してドキッとした。

「先週、そこの会社の人が来て工場を拡張したいと言うんだ」

「うん、そういう方向らしいね」とさりげなさを装いながら伯父の話しを待つ。

「で、あの工場の横の空き地さ、今資材置き場として貸してるだろう?」

「あ、そういえばそうだった」

「その場所にも建物を建てたいと言ってきた」

「そうなんだ。いいんじゃない?あの土地はいびつだから借りてくれるんだったら嬉しいけど?」

「そうだな。資材置き場よりも建物のほうが高くとれるし」

土曜日に保坂が話していたことはこれなんだなと思った。彼は亜佐美がどんな立場にあるのか知っているようだ。

「賃料は伯父さんが相場を考えてよいと思える数字だしてくれるでしょ?」

「あぁ、それは問題ない。先方は貸すのが嫌なら買ってもいいと言ってるんだ」

「ん~~、私は貸すほうがいい」

「そうだな。じゃ、この物件は貸しの方向でいくよ」

「はい、よろしくお願いします」

「それから工場拡張にあたって、従業員も他所から移動して増えるらしい。賃貸住宅のほうもよろしくと言っていた」

「A社が保証人になってくれるなら、便宜を図っていいんじゃない?どうせこっちに親戚居ない人が多いんだから」

「わかった。俺のところの物件と一緒にリストにしておくよ」

「はい、よろしくお願いします」と亜佐美が頭を下げると、「ほんと、お前はぼんやりしているようで実はしっかりしてるよ」と伯父が笑っている。

「え~?何が?」と亜佐美も笑って答えると、「自分に何が得なのかがわかってるって言ってるんだ。目先のことだけを見ないから、お前は安心だ」と言って言葉を続けた。


「で、A社のことは知ってるか?」

「大きいってことくらいかなぁ」

「A社グループの社長は保坂と言うんだ」

「あれ?保坂・・・さん?」

「お前知ってるのか?」

「あ、うん。社長じゃないけど、たぶん私の知ってる人は同族だと思う」

「こっちの工場に三男坊が居るらしい」

うっと亜佐美は胸が詰まった。たぶんあの保坂さんだ。

「何歳くらいの人?」

「たぶん30前後だろう」と伯父が言った。

亜佐美はちょっと考えてからバッグから一枚の名刺を取り出した。

「伯父さん、これ」

「ん?」受け取った伯父はしばらく考えている。

「これがその三男か」

「たぶんね。伯父さんも会ったことあるよ」

「むむ~~?」

「いつだったか、茜がプチ家出したときに公園で声かけてくれた人だよ(笑)」

「あー、あいつか。そういえば保坂って言ってたか?」

「たぶん、名前名乗ったと思う」

「そうか。しかし何で亜佐美が持ってるんだ?この名刺」

「えっとね、友達になったから」

「何?どういうことだ?」

「あの公園の前に住んでて、毎朝うちの前を通ってて、顔見知りになったのよ」

「で、すぐに友達か?まったく今の若い者は・・・」と伯父は亜佐美を睨んでいる。

「その後でいろいろ話すようになって、あのタウン紙を見てくれて、今はあの工場の社員食堂の献立作りの打診を貰ってる」

端折れるところは全部端折って、簡単に伯父に説明した。

「気をつけろよ。相手はA社だ」

「何もせずに大きくなったわけじゃないって言うんでしょ?」

「あぁ」

「うちのパパもいつもそう言ってた」

「そっか、弟の教えか」そう言って伯父は満足そうに笑った。

「でもね、あの人悪い人じゃなさそう。こっちにあまり友達居ないんだって。仕事ばかりしているようだし、あまり休みも無いみたい」

「じゃ、どうやって交際するんだ?」

「伯父さん!友達だってば、友達!」

「ほう、お友達からってやつか・・・」

「違うってば!」と否定しながらも、本当は友達からってことなのかな?と亜佐美はふと思った。


ほどなく伯母が茜と戻ってきた。茜は水着を買ってもらってご機嫌だ。

伯母と交代で伯父と一緒に昼食に行くように言われたが、茜に余計なことを言わせたくなかったので、その日はそのまま茜を連れて銀行に行くと早々に退散した。




伯父から渡して貰ったお金を入金して、亜佐美は茜とドライブがてら農家に行くことにした。食材の仕入れである。

いつものように同級生の実家である農家に立ち寄り、ついでに近くだったのでJAにも茜を連れて行った。

JAのカウンターにはいつもの女性が居て、亜佐美を見ると「ちょうどよかったわ」と言って手招きした。

「今日は苗を見に見に来ただけなの。予定通り水曜日にも来ますから」と亜佐美が言うと、

「ううん、今日ね、作ってもらう予定の野菜が届いたのよ」

「あら」亜佐美が驚いていると、「持って帰って、これで作ってみてくれる?」

JAにはまだ市場には珍しい野菜が時々入荷する。新商品的にこれから種や苗を各農家に紹介するために、実際に使用して完成品を作るのが亜佐美の新しい仕事であった。

「それだけじゃ作れないだろうから、他に必要なものも選んでここに置いてくれる?」とカウンターの上をパンパンと手で叩きながら、「伝票書くから」と言ってくれた。

茜を従えて野菜を選び言われたとおりにカウンターに置くと、「じゃ、あとは頼んだわよ。私もこれで肩の荷が降りたわ」と嬉しそうに言われた。


車に積み込んで伝票の控えを貰いに行くと、「前にも言ったけど、ここの材料は無料ね。JAが払うから。他に必要なものを買ったらレシート持ってきてくれればいいから。

でも、あまりたくさんは出ないよ。亜佐美さんにも少ししか払えないけど、その代わりJAの仕事してますって適当に使ってよいからね」と笑っていた。

「じゃ、出来次第持って来ます」と言って亜佐美と茜はJAを後にした。

あまり見かけない食材は市販では高く、野菜の収穫期に左右されるものの亜佐美にとって嬉しいものだ。すでにブログにも時々載せていいと許可も取ってある。

報酬は僅かだけれどやってみたい仕事だった。






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