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ハンカチの木  作者: Gardenia
第三章
29/67

28  蕎麦屋

正面で向き合っていることに恥ずかしくなった亜佐美は保坂にお茶のお代わりを勧めながらキッチンに移動した。

とても喉が渇いている。冷たいソーダがあればお願いしますというのでコーラを2つのコップに入れてひとつを保坂に渡した。

「ところで、隣町で不動産屋をやっているのは伯父です。以前保坂さんと公園でお目にかかっております」と言うと、保坂は一瞬イタイ顔をした。

「あの親父さんですか」と苦笑している。

それから、と亜佐美は続けた「保坂さん、あの、お友達になるってことですよね?私たち」

保坂が頷くと「じゃ、敬語ってヘンじゃないですか?保坂さんのほうが年上だろうから、私は敬語でもいいですけど保坂さんが私に敬語というのはちょっと可笑しいです」と一気に言った。


「そうですね」と保坂は考えるフリをして、「じゃ、亜佐美さんとお呼びしていいですか?」と聞く。亜佐美は頷くと「二条さんだとうちは二条ばかりになるので」と笑った。

内心、亜佐美さんとようやく名前を呼べることにガッツポーズをしたいくらいの保坂だが、そこは慣れたポーカーフェイスで乗り切った。


「さて、そろそろ夕食に出かけましょうか。お腹が空いたでしょ?」と保坂が言ったので、ようやく亜佐美は時間に気がついた。結構話し込んでた。

「じゃ、茜を呼んできます」と保坂を待たせて支度のために足早に出て行く亜佐美の姿が消えると保坂はニンマリと笑ってしまった。

実のところ、矢野が調査した二条家のことを全然知らないフリも出来た。そうかと言って知らない顔でこのまま話を進めたところでいつかは、会社と二条家と取引があることを亜佐美は知ることになる。

知ってて知らぬ顔で付き合ってたことがバレた時、きっと亜佐美は激怒するだろう。

二条不動産を知ってることくらいがちょうどよかった。

保坂が窓の向こうの庭に目をやると、外は日没の陽射しが庭の一角に差し込んで影が長くなっている。

塀の近くの大きな木に白い花が満開に咲いていた。





茜が「お腹空いたよ~」と言いながらリビングにやってきた。

「茜、お行儀が悪いよ」と後に続いた亜佐美は手にバッグを持っている。

「何食べたい?お待たせしたから茜ちゃんの好きなものにしよう」と保坂が言うと、茜は「う~~ん。お蕎麦が良いっ!」と答えた。

「即答じゃないの」と亜佐美が呆れている。

「でも、駅前のはイヤ!」と茜が保坂に言っている。

「こらっ、ご馳走してくれる人にお任せしなくちゃだめじゃない」と亜佐美が嗜めるものの、保坂が「美味しい蕎麦屋はあるにはあるが・・・歩いては行けないなぁ」と考えている。

「あの山の中のお蕎麦屋さんでしょ?」と亜佐美が保坂に聞くと、「そう、そこ。僕が考えているのと同じ店だとおもうよ」と言うので、「そこにしましょうか」と言って亜佐美は携帯を取り出した。

亜佐美は親しげに蕎麦屋に電話をし、20分ほどしたら3人で行くからと言って予約をしてしまった。

「あの蕎麦屋、予約できるんですね」と保坂がびっくりしている。

「親の代からのつきあいですので。それに行っても売り切れてたら困るので」と言って、二人を車に促した。

亜佐美の車は古いクラウンだった。親の残したものだという。

「もうそろそろ買い替えたいんですけど、伯父に相談するのをいつも忘れちゃって」と亜佐美は苦笑している。

茜が「ほっちゃん、車は?」と聞いた。

「今日は運転させてしまって申し訳ないですね。車はまだ実家に置いてあるんです」と亜佐美に詫びた。

「今度取ってくるよ」と茜に言っている。


ほどなく蕎麦屋に到着すると、茜は保坂の手を引っ張って「こっち、こっち」と言っている。

茜が保坂を連れて行ったのは蕎麦屋の裏口だった。裏口を開けて「着いたよ~!」と茜は声をかけた。

「おっ、茜ちゃん。元気かい?今日は表に回ってね」と女性の声がして、「わかった!」と茜が扉を閉めた。

そこに亜佐美が来たので3人で店の入り口に移動した。

「今日は表からだって(笑)」と茜が亜佐美に言っている。「3人って言ったからお客様と一緒だと思ってるのよ」と亜佐美が答えて、暖簾をくぐった。


テーブル席に案内されて注文を終えると、「忙しいときは茜と二人、厨房で食べるときもあるものだから」と亜佐美は保坂に説明した。山の中にある店だが蕎麦通の常連さんや美味しい蕎麦との評判で遠くから訪れる人も多く、時々行列にもなる店だ。茜たちはまず厨房に声をかけて到着を知らせ、店に入るのか厨房で食べるのか指示されるらしい。厨房の隅に従業員の作業テーブル兼休憩用テーブルと椅子が置いてあるので、そこで食べるということらしい。

蕎麦湯を持ってきた女性が、「亜佐美ちゃんも茜ちゃんも久しぶりだね」と声をかけた。

「一ヶ月ぶりくらいかな」と亜佐美は答え、「今日のお蕎麦、夏なのに香りがするね?」と聞いていた。「亜佐美ちゃんにはニュージーランドの新蕎麦粉かな」と女店員が言っている。その後も厨房から従業員が出てきては一言、二言亜佐美や茜に声をかけていく。

「蕎麦のお代わりはいかがですか?」と保坂も聞かれたので「もう一枚いただいていいですか?」とせいろのお代わりをした。

年配のここの亭主だと思わせる風格の男性が出てきて、「亜佐美ちゃん、新粉だってわかったんだって?やっぱりわかると思ったよ」と気軽に声をかけてきた。「だって、香りがたつじゃない。誰でもわかるよ」と亜佐美も気楽に応えている。

「そちらの方は?」と言う質問に保坂は蕎麦をむせそうになった。慌てて、「保坂と言います。二条さん達とはご近所で、今日はここに連れてきていただきました」とはっきり返した。「で?」とその先を促すので、亜佐美がすかさず「お友達なの。今日は茜と私にご馳走してくださるって言うから、茜がここの蕎麦が良いってことで」と答えた。

店が立て混んでることもあって亭主はそのまま「ごゆっくりしていって下さい」とだけ言って厨房に帰っていった。


蕎麦湯を啜りながら、「茜ちゃん、このあと夏休みはどうするんだい?」と保坂は茜に聞いてみた。「宿題だけだよ」と茜は肩を落として言った。

「何かしたいことはないのかい?」

「えっとね、国語のドリルが欲しい。漢字をもっと覚えたいから」

「それだけなの?」

「算数のドリルも欲しい。もっといろんな計算を覚えたいの」と亜佐美がびっくりするようなことを言っている。

「茜、あなた、お勉強がしたいの?」と聞くと「うん」と頷いた。


駐車場に停めた車に戻りながら、「びっくりしたわ。茜がお勉強好きだなんて」と亜佐美はまだ驚いている。

保坂は「このあと、茜ちゃんのドリルを買いに行かないか?帰り道に大きな本屋があるでしょ」と提案した。

「私どんなドリル買って良いかわからないです」と亜佐美が言うので、「茜ちゃんが選べると思う。僕もお手伝いするから」と保坂がかってでた。

そのまま本屋に行くことになり、茜は嬉しそうだ。


本屋に到着すると一緒に子供の教育書コーナーまで行ったが、保坂に任せて亜佐美はカメラ雑誌を見てくるといってその場を離れた。

茜が勉強好きだとは思わなかった。姉に似たのだろう。そういえば茜の成績はよかったと思い出して、なぜ早くそのことに気がついてやれなかったのかと亜佐美はちょっと落ち込んでいた。

カメラ雑誌を手にとっても集中できずになんとなくページをめくっているだけだった。

後ろから、「お待たせしました」と保坂の声が聞こえたときドキっとして飛び上がりそうになった。振り返ると茜が5冊のドリルを抱えている。

保坂が亜佐美が手にしている雑誌を取り上げて、「カメラ、興味あるんですか?」と聞いてきた。「ブログ用に写真を撮りますので」と言うと、「僕も昔ちょっと凝ったなあ、カメラ」と言いながら雑誌を棚に戻した。どうやら単に見ているだけなのを感づかれたらしい。

茜が「あーちゃん、はやくレジ行こうよ」と言って手を引くので、皆でレジに向かった。


帰り道、茜と亜佐美は保坂にお礼を言って保坂の住むマンションの前で彼を降ろした。

ようやく家にたどりついたときは亜佐美はぐったりしていた。

お菓子レッスンから始まり、最後の本屋まで濃い一日だった。

明日は何も予定も無い日曜日だ。のんびりしようと亜佐美は思った。






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