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亜佐美たちの降りる駅が近づいてきた。そろそろ出口に移動しようと立ち上がると保坂が亜佐美たちがデパ地下で買った袋を持ってくれた。
今度も「いいですから」と亜佐美が言うのを無視して、亜佐美に先に行くように勧める。
電車が原則ホームが近づく。保坂は亜佐美に紙袋を渡して、「僕は会社に寄るので先の駅まで行きます。今夜も電話していいですか?」と亜佐美に言った。
ここで降りないのかとびっくりしながら「はい。ではお疲れ様でした」と一礼して茜と電車を降りた。
「またね~、ほっちゃん。ばいばい」と茜は手を振っている。
保坂が茜に手を振り返しながら亜佐美を見た。
電車が動き出したので、軽く会釈をして保坂を見送った亜佐美は、TDLより疲れたわと思った。
気がつけば茜がじっと見ていた。見返すと、茜の顔がほんのり赤く見える。あれ?と思って茜の顔を両手で挟むと心なしか熱い。
額に手を当ててみるといつもより体温が高めだというのがわかった。
そういえば茜は帰りの電車では大人しかったと思い出し、「気分悪く無い?」と聞くと首を横に振る。
「ちょっと暑いだけ。それと喉が渇いた」と言うので、急いで茜の手を繫いで家に戻った。
一泊空けただけなので家は何も変わっていなかった。
とりあえず茜に水を飲まして着替えを済ませた。
熱を測ると37度2分。特別高くはないが用心したほうがいいだろう。
軽い熱中症かもしれないし、もしかしたらTDLで興奮した知恵熱かもしれない。
「茜、荷物は明日届くから、今日はもうこのまま何もしないでのんびりしちゃおうか」と何気なく茜に言った。
茜もだるいらしく「うん」と言って、亜佐美が慌てて解凍したスープを飲んだあと、ベッドに入った。
「喉が渇いたらできるだけたくさんジュース飲んで良いからね」と言うと頷いた。
「汗が出たらパジャマ着替えるのよ。それから苦しくなったら夜中でも私を起こしていいから」と言って、茜が目を閉じるのを待った。
亜佐美も顔を洗って軽くシャワーを浴びた。それほどお腹も空いていない。
ブログもメールもチェックしてないことに気がついてPCを立ち上げた。
ブログへのコメントもメールもたくさんあって、気軽に返せるものは片っ端から返事を出した。
途中で一度茜の様子を見に行ったが、茜は熱も下がったようでよく眠っており安心した。
まだ時間も早い。久しぶりに夜をのんびりと過ごすことにした。
キッチンに行き、冷蔵庫からよく冷えたビールを取り出して一口飲んだところに電話がなった。
「こんばんは」と、保坂からである。
「こんばんは、先ほどはありがとうございました」と亜佐美が荷物を持ってもらったことのお礼を言った。
「いえ。今日は疲れたでしょ?」
「さすがに少しぼんやりしています。保坂さんはまだお仕事ですか?」
「まだ会社なんですよ。もう少し詰めることがあって」
「まだお仕事なさってるのですね」
「今はちょっとした休憩時間です。それよりも写真もう見ました?」
「いえ、まだなんです。今からPCに取り込もうかと思ってたところです」
「是非見せていただきたいな」
亜佐美はちょっと考えていた。どうやって見せるというのだろうか。
「あの、保坂さんは知ってらっしゃるでしょうか?写真をアルバムみたいにしてウエッブで見せるのがあると思うのですが・・・」
「あ、おっしゃる意味はわかります。ありますよ」
「簡単に教えていただけますか?」
「ひとつは写真だけを見せられるようにするサービスを提供しているところがあります。
カメラ会社のユーザー用とかグーグルなどでもアカウントを持っていればできます。
あとはホームページとかブログを持っていればそちらに写真をUPするという方法もあります」そこまで保坂が言うと
「あ、そっか・・・」と亜佐美は独り言みたいにつぶやいて黙ってしまった。
「二条さん?」
「あ、ごめんなさい。私ブログを持ってるのにすっかり失念しておりました(笑)なんだかそれが可笑しくて」と笑っている。
「どこか無料のサービスのを使ってるんですか?」と聞くと、「○○のです」というので、
「差し支えなかったら二条さんのブログを教えてもらっても良いですか?」
「はい、いいですよ」と亜佐美はあとでURLを携帯に送ろうと考えていた。
「今、僕はコンピューターの前に居ます。URL言ってもらったらすぐに見てみます」というので「覚えられますか?」ととっさに聞き返した。
保坂は笑いながら、「そこのサービスのアドレスはわかるので、ユーザー名だけ貰えば大丈夫です。あるいはサイト名をいただければGoogleで検索しますが?」と言った。
まずユーザー名を告げるとすぐに保坂が「はい。ありがとう。見つけました」と亜佐美に言う。
「で?もうですか?そんなに早く?」と驚く亜佐美に、保坂は笑っている。
「それで二条さん、このブログですが、無料サービスで写真のスライドを作れますよね?しかも高画質で」
「あ、あったかもしれません。そういうの見たような気がします」
「僕もはっきりは覚えていないのですが、作ったスライド写真には確かパスワードをつけて知り合いにだけ見せるということもできたはずです。プライベートな写真ですから、パスワードをつけて、それを伯父さんやお友達だけに知らせればいいんです」
「なるほど。そんなことができるのですね」亜佐美はただただ感心するだけだ。
「もしそれを作ったときは僕にもパスワード知らせていただけますか?」
「もちろんです。今から時間があるのでちょっとやってみます。保坂さんもこのブログを使っているのですか?」と亜佐美が聞いた。
「いえ、僕じゃなくて友人たちがいろいろ使ってるので」と苦笑まじりの保坂である。
しかし、保坂は亜佐美と話しながらも、一方では亜佐美のブログのページを次々に読んでいた。
「では、僕はそろそろ仕事に戻りますので」と保坂が電話を切ろうとする。
亜佐美は慌てて「ありがとうございました。おやすみなさい」と言って保坂が電話を切るのを待った。
電話を終わってからも保坂はしばらく亜佐美のブログを見ていた。
「あら、この人・・・、知ってる人?」と突然後ろから早瀬薫の声がした。
「びっくりさせるなよ」
「だって何度か呼んでるのに気がつかないんだもの」
どうやら保坂はブログを見ながら考え込んでいたらしい。
「この前、タウン紙に載ってた人のブログだと思うんだよね。ちょっと待って」と薫がなにやら探していたが、
「捨てるところだった(笑)」と笑いながらタウン紙を持ってきた。
「ほら、ここ。この人だと思う」
保坂がタウン紙を見てみると、亜佐美の顔写真が出ていた。
「ここにURLがあるじゃない?可愛いブロガーさんなのでサイトも見てみたんだわ」と言いながら薫は帰り支度をしている。
「もう要らないから読んだら捨てておいてね。じゃ、お疲れ様でした」
「はい。ご苦労様。また明日な」顔を見ずに手だけ振った保坂は、タウン紙を丁寧に読んでから再び亜佐美のブログに戻った。
過去の記事を読んでいてある日の日記にぎょっとした。先日保坂が亜佐美にもらったサンドウィッチの写真がでてきたからである。
あの女性のランチを食べちゃったんだよな、悪いことしたなぁと思いながら記事を読むと、サンドウィッチの具について書かれていた。
そうそう、あれは4種類のサンドウィッチが入ったんだった。こんなことならもっと味わって食べるんだったと思った。
それからスタッフに声をかけられるまで、亜佐美のブログの前で腕を組んで難しい顔をしていた保坂であった。
ようやく仕事を終えて帰宅した保坂の携帯にメールが入った。
亜佐美から写真までのURLとパスワードを知らせるメールだった。
少しヒントを言っただけなのに早いなと思いながらPCを開けてみると、TDLで楽しそうに遊ぶ茜の写真の数々がスライドになっていた。
明日の朝、もう一度ゆっくり見ようととりあえずPCの電源を落としベッドに横になった保坂は、長い一日だったと改めて思った。




