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ハンカチの木  作者: Gardenia
第三章
25/67

24  帰りの電車

電話を終えて、亜佐美はほ~っとため息をついた。

とにかく緊張した。せっかくお風呂に入ったのにまた汗がでてしまったじゃないのと思いながら洗面所に入る。鏡を見ると頬が赤い。

短大は女子ばかりだったけど、それまでは近所の公立で共学だった。男性に免疫がないと言う訳ではない。

付き合った男も多少なりとも居たし、従兄妹の慎吾や昌紀とは普通に話せるのに、保坂と話すとやけに疲れる。いったい何者なんだ~と心の中で突っ込んでみたけれど、今日一日疲れたうえに、最後に保坂との電話でダメ押し状態だ。頭の中も靄がかかったようでよく考えられない。もう寝ることにした。

枕が頭についた記憶も無いままに深い眠りに落ちた亜佐美だった。


一方保坂はますます明日の帰りの電車が楽しみになった。絶対4時発のに乗ってやる!そう意気込んで仕事を続けた保坂が寝たのはもう朝に近い時間だった。

朝は兄の優一が来ていた。朝食前に父と兄と三人で書斎に篭る。特許待ちになっている大きなプロジェクトの件だ。父が苦い顔で「難しいことがあって、難航している」と言った。

「どうせ行政がなにか言っているんでしょう?」と一也が聞く。「あぁ」とだけ言って父は黙ってしまった。

新しい製品を発売することによって国の立場が悪くなると考えているらしい。保坂たちが作って売ろうとするものは消費者には受けがよくても、今まで国としていろんな方面に規制をかけてきた手前、なかなか承認し難いのはわかっている。

「僕はもう少しあとになったら世論があの製品の後押しをするようになると思う。いくら国が反対しても動かせるだけの材料は揃うはずなんだ」と一也が言うと、今度は兄が「それについてなんだが、とりあえず海外の特許をとるのはどうかな?」と言い出した。

「兄さん、それグッドアイデアだ!」

「海外のほうが特許申請が早いし、ついでに海外で生産しても、というかそれのほうがいいと思う」

「なるほど」と父が言った。

「海外で生産して流通させ、それを日本に持って入ってもいいんじゃないか?」

「そうだね。僕もそれをなんとなく考えてた」と一也が言い、父も「それがいいな」と頷く。「調査のほうは兄さんにしばらくお願いしてもいいかな?」と一也は兄に頼んだ。

「専務に指示するのは10年早いっ!でもやってやるよ」と優一は請け負った。


朝食は父と同じように和食だった。「やっぱり母さんの朝ごはんは美味いな」と兄が言った。「僕もそう思う」と一也も言う。

「しっかり働けるようにご飯食べなさいね」と母が笑いながら言った。

「そういえば秀一兄さんのほうはどうなってる?結婚式はいつごろ?」

「結婚式は12月25日なんだって。でもなかなかねぇ、思うようにはいかないわ」と母が浮かぬ顔になった。

「島崎さん反対してるの?」と聞くと、「そうじゃないんだけど、怪しい画家の肩書きで恵香ちゃんに来てくださいって言うのはなんだか申し訳なくて」

「イマドキそんなこと誰も気にしないんじゃないの?」と言うと、「それはそうなんだけど。島崎家も何かと格式高いのよ。もちろんご本人たちは何も言わないけど、大事に育てた島崎家の娘を嫁に貰うんだと私が気を揉んでるだけ」と母が説明した。

なるほど、母の言うことももっともだ。

「会社には入ることになったものの、頑として社長は嫌だとゴネてるよ秀一は」と優一が言った。

「なぁんだ、そんなことか。あの会社の株はどうなってたっけ?」

「あれは本社が過半数、残りをうちの系列のファイナンス会社が持ってる」

「なら問題ないじゃん。お祝い代わりに秀兄に会社の株を譲ればいい。ファイナンスにも交渉していくらか売ってもらって、本社も少しだけ資金を残して秀兄が買ったことにすれば問題ないと思う」

「うむ~」と父が唸ってる。

「本社の株主総会いつだっけ?9月でしょ?ちょうどいいと思う。その時議題にしてすっと承認させちゃえばいい」

「なるほどね」と少し考えて兄が言った。

「社長がいやならオーナーにすればいいでしょ」

「今度は秀一も嫌とはいわんだろうな?」と父も了承したようだ。

「それに、別のしっかりした人が社長のほうが会社のためにもいいよ(笑)」と言って皆で笑った。

「母さんは当分黙っててね、島崎にもだよ?」「父さんは根回ししてください。総会で問題なく売却案が通るようにしてくださいよ」

こんな風にいちいち念押しするところが一也らしいところでもある。




さて、その頃亜佐美たちも朝食を食べていた。バイキング形式のレストランで、美味しそうなものがたくさんある。それでも、茜にはよく考えて自分が食べられる量だけを皿に取るように言い聞かせた。

午前中は茜が予約している子供向け夏休み特別プログラムに予約を入れていた。聞いたところによると舞台の上で歌って踊るショー形式のものらしい。茜は凄く楽しみにしていて朝食を食べながらもパンフレットを確認している。亜佐美は茜の写真をたくさん撮ろうと張り切っていた。


正午になって、亜佐美たちはTDLを後にした。

まだ遊び足りない茜ではあったが、また来ればいいんだからとなだめて電車に乗る。

特急に乗り換える駅の近くにデパートあるので、そこで買い物をする予定だ。せっかく東京に来たのだから亜佐美は製菓用品の専門店にも行きたいのだが、あいにく今回は帰りの電車の指定券も買ってしまってるため時間がなかった。

せめて駅近くのデパートに立ち寄って、できれば茜と亜佐美の洋服や靴を選びたかった。

駅が近づくにつれ、ふと昨夜保坂と電話で話したということを思い出した。差しさわりのないことだけを話したような気がする。あっと言う間に終わってたなぁ、もう少し何か話してもよかったんじゃない?と保坂の前ではいつも遠慮している自分に気がついた。


デパートでは少しではあるが秋物が少し入荷していた。

まず茜の夏用と新学期の秋用と少し買って、靴も見繕った。それが終わると同様に亜佐美の洋服も見る。女同士であれこれおしゃべりしながら試着したり鏡をみたりするのは楽しい。

たくさん買ってしまったので全部自宅に宅配の手続きをとって特急までの時間をおやつタイムにすることにする。

ランチもこのデパートに入ったときに軽く食べていたけれど、さすがに買い物はお腹が空く。まよわず二人ともケーキセットを注文してカフェの椅子に深く座り込んだ。

「茜、時間がの余裕があれば地下もちょっと寄りたいんだけどいいかな?」

「うん、いいよ」

「見るだけでも勉強になるからさ」

「じゃ、これ食べたら行こう」と茜が言ってくれたのでもう少しのんびりしたかったけど、どうせすぐに電車に乗るんだからいいかと地下に移動した。


特急の発車時間近くまで二人はデパ地下を楽しんで、5分前にようやくホームに到着した。

指定席を探して席に座ってすぐに電車が動き出した。

「楽しかったね」と茜に言うと、「とっても楽しかった」とTDLでのことを思い出しているのか黙ってしまった。

「それはよかったですね」と突然通路側から声がした。

びっくりして声がしたほうを見上げると、保坂が通路に立っていた。

「あ、ほっちゃん」と茜が嬉しそうに保坂に気がついた。

「こんにちは」と茜が言う、亜佐美も慌てて「こ、こんにちは」と挨拶したが保坂の顔を見ていられなくて目のやり場に困った。

保坂は「こんにちは。帰りもご一緒できてよかった。僕はここだな、前の席です」と言って亜佐美のすぐ前列の席に座ってしまった。

亜佐美からは保坂の頭というか髪の毛が見えた。自然なウエーブなのだろうか、ゆるやかに両サイドから後ろに流れる髪が柔らかそうで思わず触りたくなった亜佐美は慌ててしまった。

実際に手がでたわけではないのだが、無意識のうちにそういうしぐさをしなかった気になって回りをみてしまった。


茜が亜佐美の肘を触って「あーちゃん」と携帯を指差す。携帯電話にはメール受信のランプがついていた。

恐る恐るメールを開いてみると『TDLは楽しかった?予定通り電車に乗ったの?』と瑠璃からのメールだった。

『うん、茜がとっても喜んで、楽しみました。今予定の特急の中です。伯父さんにもよろしく伝えてね』と返信をして、慎吾や昌紀にもメールしておいたほうが良いことに気がついた。茜と一緒に文面を考え、簡潔なメールを二人に送る。ついでに伯父にも直接メールを送っておいた。

それが済むと茜はうとうと眠り始めた。もう電車はとっくに都会を抜けてのどかな風景が広がっていた。


なんとなくそのまま携帯電話を手に持っているとまたメールを受信した。瑠璃からかと開けてみると、なんと保坂からのメールだ。

『お疲れさまでした。夕べは遅くに電話してすみませんでした。お声が聞けて安心しました。茜ちゃんは今朝のKIDプログラムに間に合いましたか?』

し、信じられない人だ、すぐ前の席に座っているのにと亜佐美は保坂の座っている椅子をじっと睨んだ。

と、いきなり保坂が振り返って亜佐美を見た。とっさのことだったので目線をはずすタイミングを失って固まってしまった亜佐美に、保坂は携帯電話を指差してその指で今度は自分の携帯をトントンと二度軽く叩いた。

あぁ、メールを送れってことね。お返事送ればいいんでしょ?と思ったのでコクリと頷きメールを打ち始めた。

『ご心配いただいてありがとうございます。保坂さんこそお仕事がたいへんじゃないですか?私たちはたくさん遊びましたが疲れてはいません。茜はKIDプログラムのステージでかなり飛び跳ねてました。』

保坂からは『写真をたくさん撮られたのでしょ?約束どおり今度見せてください』と返事が来た。

近くの席だというのにメールで会話しているのが面白くて、何度かメールをやりとりして退屈しない帰り道だった。






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