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ハンカチの木  作者: Gardenia
第三章
23/67

22  夏休み2

それっきり保坂は書類を出して仕事をし始めた。

電車のなかで器用な人だなと亜佐美は保坂の横顔をしばらく眺めていた。


茜が亜佐美が手にしているTDLの本を取り上げたので、午後にどのアトラクションに行くのか二人で確認をすることにした。

すでに行く順番をリストにしている。電車の中なので声は出さずに指先だけでリストを指し頷きあって確認する。亜佐美もTDLが楽しみになってきた。今日と明日の2日間は茜に精一杯茜に付き合おうと思う。

あとはシートに背中を預けて目を瞑った。眠るわけじゃないが目を閉じるだけでリラックス効果がある。亜佐美はしばらくそうしていた。


先ほどまで亜佐美と茜は肩をくっつけるようにして仲良くしていたと思ったら、今は目を瞑って静かにしている。亜佐美の瞼がわずかにピクピク動いているのを見て、眠ったわけじゃないと保坂は思っていた。

書類を確認していてふと気がついたら通路を隔てた隣のお嬢さん方は静かになっていたのだ。

亜佐美とはあまり話したことがなかった。

ぶつかりそうになったときや公園でのことは会話とは言えず、話す時間があった夜には保坂は熱で朦朧としていた。偶然と思い付きが重なってマックに誘ったが、TDLの計画を聞いただけでたいした話もしていない。

そうだ、お互いに名前を名乗ったなと思い出して笑いがでそうになった。

不思議な人だと思う。亜佐美という女性ひとはあまり近づいてこない。会話も最小限だ。保坂にあれこれ尋ねることはないし、自分のことも話さない。

用心深いのかと思うとそうでもなくて、意外に抜けているところもある。

亜佐美がほんとうに笑うときは実に無防備だ。彼女が他にどんな風に笑うのか、もっと見てみたいと思った。


そんなことを思っていると亜佐美の肩越しに茜と目が合った。なんとなく居心地が悪くなったところでちょうど車内アナウンスがあり、もうすぐ東京に到着するという。

亜佐美が目をぱっちりと開けた。茜を確認してから彼女はゆっくりと振り向いて保坂を見た。

「そうだ、二条さん」と保坂はとっさに思いついたように亜佐美に話しかけた。

「今夜、確認のメールをしてもらっていいですか?」

「はい?」

「何事もないとは思いますが、先ほど送ったメールに返信してもらえたら安心です」

「返信ですか」と亜佐美はまだ考えている。

「テストメールですよ。それにディズニーランドを楽しんでらっしゃるかどうかも知りたいですし」

「はい。わかりました」

亜佐美があっさりと同意すると、保坂は安心したように降りる準備を始めた。


親切なことに保坂は亜佐美と茜を次の電車のホーム近くまで誘導してくれた。

人混みの中を移動するのが苦手な亜佐美たちには大助かりだ。

夏休みに入ったので次の電車の近くになると家族連れが多くなって、この人たちと一緒にTDLに行くんだなとそんな風に亜佐美は思っていた。

「じゃ、メールを忘れないでくださいね」と保坂に言われ、お礼を言うのが精一杯だった。

保坂は「茜ちゃん、もしも迷子になったり困ったことがあったらここに電話してくるんだよ」と

小さな紙片を茜に渡している。どうやら保坂の携帯番号のようだ。

茜がそれを丁寧にポシェットに入れると、もう電車の発車間際だった。

もう一度お礼を言って、茜とともに電車のホームまで急いで移動した。


そんな二人の背中を見送っていた保坂は、明日の二人の帰りの特急までには死に物狂いで仕事を終わらせようと考えていた。何時の特急なのかは茜に聞いている。

朝の出勤途中で茜に出会うことが多くなった。一緒に歩くのはわずかな時間であるが、少しずつ茜から亜佐美の様子を知ることができて興味深くなってきたのだ。

保坂は携帯を取り出して迎えにきているはずである車を呼び出し、急ぎ足でそこを離れた。




保坂が本社で最初の打ち合わせに入るころ、亜佐美と茜はTDLの駅に到着していた。駅舎からして楽しそうなところである。亜佐美は子供の頃に来たことがあるはずなのだが、あまりはっきとした記憶がなかった。

茜がはやくというように亜佐美の手を引っ張るが、まずはホテルへ行くことにしている。

ホテルで荷物の到着を確認して、茜にここを覚えて置くように言うのを忘れなかった。

チェックインできる時間になれば荷物は部屋に運んでくれるそうだ。

安心して亜佐美と茜はTDLに繰り出した。


茜が亜佐美の手を引っ張って歩いていく。予めルートは決めていたが、噂どおり人気のアトラクションは凄い行列だ。水分の補給を忘れずにまず一番乗りたいものから並んだ。

夏休みの特別プログラムに予約しているので集合時間に遅れないようにするのもたいへんだった。何しろ広い。

お昼はディズニーのキャラクターを型どったデニッシュやアイスクリームで軽く済ませ午後になるとゆっくりとショップを見て回った。茜はお気に入りのキャクラクターグッズを何点か選び、オリジナルのストラップが作れるというコーナーでは亜佐美とお揃いのストラップを色違いで購入した。

 

ホテルに電話をすると部屋の用意ができているというのでチェックインすることにした。

汗を軽くシャワーで流し、1時間ほどタイマーをセットして茜と二人お昼寝する。

茜は「眠れそうにないよ、こんな昼間に」とは言ったが、「眠らなくても目を瞑ってるだけでいいから」と言い聞かせてベッドに横になった。

茜は先ほどショップで悩んでいたものを買って良いかと聞いて来た。

夕方にもう一度乗り物に乗ることになっているのでその話しもしていたがやがて茜は静かになった。

亜佐美は保坂が言ったことを思い出していた。メールに返信してくれと言っていたが、いったい何時送ればいいんだろうか。考えているうちに亜佐美も眠りについた。


やがてアラームで目が覚めた二人は、数十分の午睡だったが身体は軽くなっており、手早く準備を整えて再びTDLに飛び出した。

夜は瑠璃から聞いていたお勧めのレストランに入った。家族連れが多くとてもにぎわっている。食事が終わって亜佐美はコーヒーを頼んだ。茜はデザートを食べている。

夜のパレードまで少し時間があるので、瑠璃にメールを送っておこうと思った。

「茜、こっち見て?」と携帯を向けると、デザートのお皿を持ち上げてニッコリ笑う。

その写真を添付して瑠璃に送信した。瑠璃からはすぐに『夜のパレード、楽しんでね』という絵文字つきの可愛いメールが帰ってきた。

受信BOXには瑠璃からのメールの前に保坂の名前があった。朝、電車の中でテストと称して保坂から送られたメールだ。

どうしようか、という呟きが声になってたらしい。

茜が「あーちゃん、ほっちゃんにメールした?」と聞いてきた。

「あー、どうしようかと思って・・・・」

「今、しといたほうがいいんじゃない?パレード始まったらできないよ?」

「うん。やっぱり送らなきゃいけないのよね」

茜は何も言わずにじっと見ている。

「何て打てばいいのか・・・」

「そうだ、あーちゃん。私がとっても楽しいって言ってるって、そう伝えて?」

「そだね、そうするか」

亜佐美は少し考えて、レストランの綺麗な天井の写真を撮った。

それを添付して短い文章を打つとそのまま考え込んでしまった。保坂は仕事中のはずである。時間も時間なので誰かと会食中かもしれない。あまりくだけた文章にならないほうが良いと思った。

亜佐美が携帯を見つめたまま動かないので、茜は心配になって声をかけてみた。

「あーちゃん!」

「ん?」

「どう?もう送ったの?」

「あ、いや、まだだけど・・・」

「文は書けたの?」

「うん、一応ね」

「じゃ、送信ボタン押して!」

「うん、送信・・・っと」言われるままにポチっと押してから気がついた。

「あぁ~~、送っちゃったよ~」亜佐美は慌てている。

今になって押した指が震えてきた。いやな汗も出てきた。

「送ったら、あとはパレード楽しめるよ?」

「う、うん。そうだね・・・・・」

亜佐美は喉が酷く渇いた気がしてコーヒーに手を伸ばしたが、コーヒーはすっかり冷めていた。

パレードの時間が近づいたので席を立ってバッグに手を伸ばしたとき、携帯が光ってメールの受信を知らせた。

携帯を開けると、新着に保坂の名前があった。つい先ほど送ったばかりなのに返信がはや過ぎる。保坂さん暇してたのかしらと思ってしまった。

保坂からのメールを開いて亜佐美は驚きを隠せない。

『楽しんでおられるようで安心しました。夜のパレードの写真も見たいです。遅くなってもいいですから送っていただけませんか?/一也』


「どうしたの?あーちゃん」と茜が聞いた。

「う~~、保坂さんからメールが帰ってきた」

「なんて?」

「パレードの写真送ってほしいって・・・」

「じゃ、あーちゃん頑張らなきゃ~。デジカメ持ってるよね?」

「うん、ここにある」

「デジカメと携帯と両方で撮ろう?」

「そだね」と亜佐美は苦笑して茜の後に続いた。先ほどのメールでもドキドキしたのに、またメールを送らないといけないんだ?なぜ?と亜佐美は思っていた。


パレードは素晴らしかった。写真もたくさん撮った。

茜はペンライトが欲しいというので一個買ってあげた。その茜と人の少ないところに移動し、

「茜、そのライトを顎の下に当ててよ。うん、下から顔を照らして?」

「こう?」

「うん。そしてちょっとしゃがんでくれる?」

亜佐美は自分も腰を屈めて、低い位置から綺麗にライトアップされたお城のような建物をバックに茜の写真を撮った。

なかなかの出来映えである。亜佐美はニヤリとしながら保坂にメールを送った。

今度は指は震えなかった。



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