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ハンカチの木  作者: Gardenia
第三章
22/67

21  夏休み1

例のタウン紙に掲載されてから亜佐美は少し忙しくなっていた。

発売日はさすがに落ち着かず、恐る恐るタウン紙を広げてみると明るい表情で写っている自分に少しほっとした。背景の庭は程よくぼかしてあり、緑の割合がナチュラルなイメージとぴったり合っていた。亜佐美の職業はブロガーとなっていた。編集者の綾瀬さんと話し合って決めたものだ。

ご近所さんや友達から「見たわよ~」という連絡が入る。その都度、最近どうしてるから始まってブログのこと、同級生の消息などを話し込むことになる。

街で知り合いにばったりと遭遇したときもだいたい同じだ。

お互いの近況を報告して、共通の知り合いのこともアップデートする。今度一度飲みに行こうよとか合コンに誘うねとか言ってくれるのは有難いけど、夜に外出することはとうてい考えられない。

ブログでのコメントも増えた。お返事も律儀に返さなくてはならない。義務とは思ったことはなかったが、丁寧にと心がけていた。


茜はというと、終業式の翌日にTDLに行くことが待ち遠しくて待ち遠しくてという様子である。

その前に成績表を見て決定するよとは言ってあるが、すでにホテルも一日パスポートも予約済みとあれば成績はどうであれ行くのは本決まりだ。


あれから保坂を何度か見かけることがあった。

朝、茜を見送るときに出勤する姿を見つけて、茜は「保坂のお兄さ~ん」とランドセルを揺らして走っていく。 途中まで同じ方向なので一緒に並んで歩くようだ。

亜佐美はいつも会釈だけしてスーパーの角を曲がる二人を見送っていた。

夜は見かけないのでいつも遅く帰ってくるのだろうか。ちゃんと食べてるのかしらとか、睡眠はとってるのかしらと心配になるのだが、途中でいやいやそれは私の考えることじゃないと頭の中から追い出すようにしている。


お弁当のほうは相変わらず3個か4個の注文があるが、夏休みになるとそれも休止になる。

亜佐美たちがTDLへ行くのでお休みが欲しいというと、学生は夏休み、会社員はお盆休みになるので9月に再開で良いということになったのだ。思いがけず亜佐美も夏休みを貰ったようで嬉しかった。

ただ、タウン紙を見たという女子大生たちから、デートの時のお弁当をいくつか頼まれた。

一回限りのことなのでそう負担にはならない。スケジュールを確認して、亜佐美は引き受けることにした。

ブログを見たという女子高生からもお菓子を作ってみたいというメールが届いた。

両親は共働きなので母親からお料理を教わるチャンスが無いらしい。以前亜佐美の作ったクッキーやパウンドケーキでいいから教えてもらえないかということだった。


他にも2~3お料理に関する問い合わせが届いていた。

亜佐美がやりたいなと思ったのは、デザイン会社からのものだった。

近郊に何軒かあるスーパーのチラシに挿入する料理写真だ。

毎月カラーのチラシを作るのだが、料理のイメージ写真が少し古いタイプのものなので今風の料理写真にしたいと言っている。撮影のほうはデザイン会社のカメラマンが来て撮ってくれるとのこと。先日のタウン紙の編集者の人のご推薦なので前向きに考えて欲しいと言われた。


もうひとつは買い物に行ったら直接打診されたもので、JAの仕事だ。

顔見知りになっているカウンターに座る女性が意気込んで亜佐美に説明した。毎月発行している会報誌に野菜料理のレシピを掲載しているのだが、その料理完成イメージ写真というのをお願いできないかというのである。

事前にレシピを送るので、それを元に亜佐美が作り写真を撮ってほしいと言うものだ。

今は職員がイラストを描いたり、イラストが描けないときはレシピだけなので味気がないというのである。どれも職員が担当していてよいアイデアがないということ、イメージチェンジを計る予定だそうだ。

会報誌はモノクロ印刷だが、ホームページのほうにはちゃんとカラーで載るらしい。

「うちもウエッブってのがあるんですよ」と女性がニッコリ微笑んだ。


来るときは一気に来るものだと感心していた。

打診されたものを考えてお返事を出し、ミーティングもしてスケジュールや諸条件を詰めていった。

デザイン会社からのスーパーチラシの仕事に関しては、紹介者である綾瀬さんに連絡をとった。「プロを使うと高いから、マシな素人にしたというのもあるんじゃない?」と言うのでなんとなく納得してしまった。

「それに小さなデザイン会社だからスタッフが少なくてお料理までしてられないんだと思うよ」と笑っていた。時間の都合がつけば引き受けてあげてくれると助かるわと言っている。

プロの人と一度仕事をするのは良いことかもしれないと亜佐美は考えていた。

そして綾瀬さんは「そろそろ亜佐美さんも名刺作っておくといいわよ」とアドバイスしてくれた。


そんな風に普段より亜佐美が忙しくしている間に、茜の終業式の日がきた。

泊まるホテルへ荷物を発送した。電車の切符は数日前に茜と一緒に行って買った。東京までの特急に関しては指定席である。

そして茜の成績表はたいしたものだった。父兄面談で成績は事前に先生から聞いたので知っていたが、本人を褒めることが大事なので、成績表を出した茜を思いっきり褒めて一緒に仏壇に見せに行った。

「さあ、これで心置きなくディズニーランドだね!」と亜佐美が言うと、

「あーちゃん、デジカメのバッテリーは充電した?」と茜が確かめるように亜佐美に聞いた。

「あ。。。今夜充電しておくわ」

「今夜じゃなくて今やったほうがいいんじゃない?」

「はい、そうします」

「それから、携帯電話の充電器はどうしたの?」

「携帯は今夜充電しなくちゃいけないでしょ?」

「じゃ、今夜充電したら明日の朝、忘れないようにバッグに入れてね」

「はい」

「じゃ、早速デジカメの充電しておこうか?あーちゃん」

「茜さ、急にどうしたの?」と亜佐美が言うと、「瑠璃ちゃんたちがそう言えって言った」

「そっか、どうりで」とため息が出た亜佐美だった。


翌日は朝早く起きた。パンとミルクの食事を終え、戸締りを確かめた。

先日、室内の電気に伯父がタイマーを取り付けてくれた。門燈は以前からタイマーで時間がきたら点くようになっているが、それだけでは無用心だからとリビングなども暗くなれば電気が点くようにしてくれたのだ。


時間を確かめて家を出る。荷物は送ったのでバッグ1つで身軽なものだ。茜はピンク色のポシェットにハンカチとティッシュ、そして皆から貰ったお小遣いを入れ首からたすきにかけている。

その中には昨夜二人でつくった連絡先のメモも入っている。茜には携帯電話を持たしていないので、もし迷子になった場合の連絡方法を一緒に考え、ついでに泊まるホテルの名前を暗記させた。

予定通り10分前にホームに到着した。改札で茜が「3号車が止まるのはどのあたりですか?」と駅員に聞いていたので迷わずに停車位置に来ることができた。

窓際に茜を座らせて、亜佐美のバッグに入れておいたTDLの攻略本を出す。今日行くべき乗り物を確認しておいたほうがよいと思った。


発車間際に同じ列の通路を挟んだ席に男性が座った。

茜が身体を起こして手を振っている。

あれっと思って横を見ると、保坂が座っていた。

「いったい・・・これは」と亜佐美が慌てていると、「東京に出張でして」と保坂が言った。

「おはよう」と茜が嬉しそうに保坂に挨拶した。

「おはようございます、茜ちゃん、そして二条さんも」

「お、おはようございます」

どうもうろたえているのは亜佐美だけのようだ。なぜ茜は驚かないのだろう。


「茜、知ってたの?」

「うん、ほっちゃんが東京へ行くことは知っていたよ」

「え~~~?ほっちゃんって・・・」

保坂が口に手を当てて下を向いていた。

「もしかして保坂さんをそんな風に呼んでるの?」

「だって、保坂さんって舌噛みそうなんだもの」

「何時の間に・・・」

「それよりもあーちゃん、電車の中だから大きいな声は恥ずかしいよ」と茜が言った。

「スミマセン」亜佐美は冷や汗がでるばかりである。


「ディズニーランドに行くことは前から知っていました。数日前に出張が決まったので、朝早い電車だと特急はこれしかないですから」と保坂が言っている。

「びっくりでしょ?同じ日に同じ電車に乗るなんて」と茜がニコニコしながら言った。

「3号車だとは茜ちゃんから聞いていたのですが、隣席になったのは偶然です」

二人の会話が亜佐美の頭の中を通り抜けていった。ただただ驚くばかりである。

「そうだ、亜佐美さん」

「はい?」

「私は2~3日東京に居ます。何事もないとは思いますが、もしも何かあったら対応できますので連絡先を交換しておきませんか?」と保坂が言った。

「いえ、そんなこと。とんでもないです」としどろもどろになりながら亜佐美が答えると、「もしもの場合に備えてです。何事もなければいいんですから」

「いえ、ほんとうに・・・」

「携帯電話を出してください」

「は?」私断ったんだけど、保坂さんって押しの強い人だったんだと亜佐美がびっくしている隙に、茜が亜佐美の携帯電話を保坂に渡した。

「じゃ、ちょっと失礼します」そう言って保坂は赤外線でお互いの電話を登録していた。

すぐに操作は終わって、亜佐美に電話が返される。

「保坂一也で登録させていただきました。テストメールも送りましたので、あとで確認しておいてください」

見れば携帯電話にメール着信のランプが点滅していた。






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