20 団欒
茜が食べ終わったようなので、亜佐美は「夏休みにふたりでディズニーランドに行ってこようかと思ってるの」と皆に計画を話した。
「あら茜、それは楽しみだわね」
「何に乗りたいの?」
「パレードは観るの?」と茜に質問攻撃だ。
茜はそのためにアルバイトを始めたということを自慢げに話し始めた。
しばらくは茜が計画を話しているだろう。亜佐美は今のうちに食事を食べてしまおうと思った。
瑠璃は何度も行った事があるらしく、茜にどのアトラクションに並ぶべきかいろいろ教えている。
「どのホテルに泊まればいいのかしら」と亜佐美が瑠璃に聞くと、「もちろんディズニーランドホテルに決まってるじゃん」とすかさず答えが飛んできた。
「電車で行こうか車にしようか迷っているのよ」と亜佐美が言うと、「電車で行きなさい」と伯父が言った。
車で行かれたら心配で落ち着かないというのだ。確かに心配もわかる。亜佐美の両親は車の事故で亡くなったからだ。きっと伯父だけでなく祖母も同じ気持ちだろう。
「ん、電車にします」と亜佐美が言うと、「今は荷物は宅急便で送っておけばいいから」と瑠璃が教えてくれた。
「あぁ、そうか。宅急便ね、それなら手ぶらでいけるね。じゃ、電車で楽々コースにします」と言うと、伯父が笑っていた。
食事も終わったので、瑠璃はTDLの本を茜に見せるという。
「あとでいいからホテルの情報をメールで送ってくれる?」とお願いすると「任せて!」と言って茜と一緒に本を取りに言った。
片づけを手伝いながら、お茶の準備をする。お腹が一杯なのだがお茶と亜佐美の焼いたクッキーを出していると、二条家の長男慎吾が帰ってきた。
伯母は慎吾に夕飯を出している。亜佐美はリビングで祖母と伯父にハーブティを出し、その近くで瑠璃と茜がディズニーの本を見ている。
祖母はおしゃべりに夢中な茜を見ながら微笑んでいた。
「ディズニーランドに行くのをそれはそれは楽しみにしてるの」と亜佐美は祖母の腕に手をかけながら言った。
「そりゃ、子供は外で遊ばないとだめだよ?しっかり遊ぶ子はまっすぐに育つよ」
「貴子さんも一緒にどう?」
「まだ死にたくないよ。瑠璃は何度も行ってその度いろいろ話してくれるのよ。年寄りには拷問だわ」
「この時期暑いから並んでる途中で倒れないようにしないとね」と亜佐美が言って笑った。
次男の昌紀も帰ってきた。次々に食事の世話で伯母が忙しそうなので亜佐美も少し手伝った。茜とTDLに行くことを話すと二人とも心配していろいろ情報をくれる。
このままだと茜と亜佐美は何もしなくても旅行の手配は全部終わってしまいそうだ。
「ちょっと、待って」と亜佐美は二人に言った。
「あのね、今回のTDL行きは茜と一緒に電車の切符を買ったり、ホテルの予約とかしてみたいの」
「なるほど」と慎吾が言った。
「もうあの子も2年生なんだからそろそろ電車の乗り方とか教えたいのよ。
学校ではお勉強を教わるけど、家庭ではそのほかのことを教えたいわ」と亜佐美が言う。
「それもそうだよな」と昌紀も言う。
「それに、女の子はこれから食事のマナーとかホテルでの過ごし方とかきちんと躾けたいの」
「それは確かに必要だわね」と伯母も口添えしてくれる。
「これからインターネットで検索したり、予約したり、実際に実行していくことが学習だと思うのね」
「わかったよ。どうしてもわからないとか、予約取れないとかのときは連絡してよ」と慎吾も昌紀もそう言って亜佐美に賛成してくれたのでほっとした。
「それにしても、いきなりお母さんぽいこと言うようになったなぁ」と慎吾が笑う。
「だって、お母さん役なんだもの」と亜佐美は大げさに目をまわしてみせた。
伯父が息子たちに、「そろそろ一杯飲まないか」と誘ってウイスキーを取り出した。
「えー。飲んだら帰れなくなるよ」と昌紀が言っている。
「泊まっていけばいいだろう」と伯父が言っているのが聞こえた。
亜佐美はダイニングの片づけを手伝ったあと、水割りの準備をした。
茜は瑠璃と祖母にTDLに着ていく服のことで注意を受けていた。
帽子と日焼け止めを忘れずに持っていくことを約束させられていた。亜佐美が忘れっぽいので茜が荷物の再確認をすることも言われていて苦笑せざるを得ない。
TDLに行くまでにはまた来るだろうし、その時までに決まったことだけでも報告することを約束させられて亜佐美と茜は帰宅することができた。
今日の茜はよくおしゃべりをしたので疲れたのだろう。車に乗るとあっという間に眠ってしまった。亜佐美は伯父の家でのやりとりを思い出しながら、そういえば車の買い替えの相談をしようと思って結局していないことを思い出した。
翌日、朝食を終え亜佐美が植木に水をやり茜はリビングで宿題を始めたころだった。
瑠璃から電話があった。
「亜佐美ちゃん、お昼頃何してる?」
「ん~、何も予定はないけど?茜とTDLの下調べをするくらいかな」
「あのね、お兄ちゃんたちと大きな本屋に行こうって話してるの。亜佐美ちゃん家の近くにあるでしょ?」
「うんうん、あの本屋ね」
「亜佐美ちゃんたちの都合がよければ、お昼ご飯一緒にどうかなって思うんだけど」
「え?慎吾さん達も一緒?」
「うん、慎兄と昌兄が奢ってくれるって言うから」
「え~?私たちも良いの?」
「もちろんでしょ(笑)慎兄と昌兄が一緒にってのはめずらしいから皆でどうかなって思って。夕方には二人とも帰っちゃうし」
「うん、ありがとう。喜んでご馳走になります」
「あははは、亜佐美ちゃんを誘い出すのは簡単だね(笑)じゃ、お昼前にお家にお邪魔するわ」
「はーい。待ってます」
そんなやりとりがあって、従兄妹達三人が亜佐美の家に来ることになった。
「茜、聞こえてたでしょ?瑠璃ちゃんとお兄ちゃんたちが来るって。一緒にお昼食べに連れてってくれるらしいの」
「うん、聞こえてたよ。じゃ、私、宿題終わらせちゃうね」
茜も嬉しそうだ。亜佐美は瑠璃の好きなレモネードを作っておこうとキッチンに移動した。
11時少し前に従兄妹達三人が到着した。慎吾と昌紀は夕べ伯父さんと遅くまで飲んで今朝は少々二日酔いらしい。
ちょうどよかったと亜佐美はお手製のレモネードを振舞った。
「改装したとは聞いていたけど、なかなか居心地良いね、このリビング」と三人ともキッチンやダイニングを勝手に行き来した後、「叔父さんたちにお線香あげたいわ」と瑠璃が言った。
三人には「仏間は変わってないからどうぞ、どうぞ」と勧めておいて、茜と亜佐美は出かける準備をした。子供の頃から行き来のある家である。案内などしなくても迷うことなく従兄妹達は仏間に入っていった。
まず本屋に行ってその後で昼食をとることにしようと慎吾が言い、五人はぞろぞろと商店街を歩いて本屋に行った。
本屋からは出ないように言われて、瑠璃と茜はTDLのコーナーに行き、慎吾と昌紀もそれぞれの興味のある専門誌のほうに行った。
亜佐美は久しぶりに新刊書や文庫のコーナーをゆっくり見てまわった。興味をひいたタイトルの推理小説を2冊手にとって生活関連のコーナーに行くと、可愛いお弁当の本がたくさん目に付いた。
サブタイトルに簡単にできるとか15分でできるとか書かれてあるが、とうてい簡単にはできそうにないような写真である。料理の専門誌もたくさんあったので、パラパラとめくってみるとかなり高級そうなレストランのレシピのようで写真もとても素敵だった。
ため息がでそうになっているところに茜が亜佐美を探してやってきた。
慎吾たちにTDLの攻略本を一冊買ってもらったようだ。
亜佐美も手に持った推理小説の会計をしにレジを探していると、従兄妹たちがレジに並んでいた。
「ちょうどよかったわね」と亜佐美が一番最後に並んで、この後は中華料理はどうだということになった。
茜と二人だと種類を頼めないので、この日のように大勢の時にはチャンスかもと亜佐美は二つ返事で同意した。
子供の頃から家族で行きつけている中華料理店に行くことになった。従兄妹達もここはよく来ていたはずだ。
「あらあら、皆さんお揃いで」と店の奥からオーナーが出てきてテーブルまで案内してくれた。オーナー自らナプキンを広げたりお茶を注いぎながら今日のお薦めを説明してくれる。
みんなの好物も記憶しているらしく、それらを取り混ぜながら如才なく新しいメニューも加えていく。ほぼオーナーの言いなりでメニューは決まってしまった。
「今日はここにして良かったな」と昌紀が慎吾と話している。
やがて料理が運ばれてきたが、その都度慎吾と昌紀がお皿に取り分けてくれるので亜佐美たち女性軍は食べるだけだ。
お腹が一杯になったところにデザートが出てきた。後で考えようということになっていてまだ注文してなかったはずだ。
顔を見合わせているとオーナーが出てきて「これは店からのサービスです」と言ってみんなにデザートと食べるように促す。茜の好きなマンゴプリンだった。
「お腹一杯のうえにまた食べると幸せを感じますよ。さ、食べて、食べて」とオーナーの巧みな誘導で全部食べてしまった。
確かに幸せな午後である。亜佐美たちはまたぶらぶらと家まで歩いて帰った。
従兄妹たち三人を送り出すと一気に静かになった。茜は買ってもらったばかりのTDLの本を広げてはいたが眠そうに目をこすり出した。
「茜、今日はお昼寝しようか?」とベッドに連れて行き、亜佐美も自室で少し横になることにした。
数日後にタウン紙が発行される。亜佐美は少しずつ忙しくなっていくのであるが、生活のリズムがすっかり変わってしまうことをこのときはまだ知らずにいた。
いよいよ次章から保坂が絡んできます。茜ちゃんもイイシゴトしますから応援してくださいね。