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ハンカチの木  作者: Gardenia
第二章
19/67

18  茜のアルバイト

翌日もまだ気だるいながらもなんとか仕事をこなした保坂は、明日の土曜日と続く日曜日は仕事をせずに休もうと思った。

ずっと土曜日か日曜日のどちらかに出勤していた。やはり休息は必要なんだと思う。ゆっくり睡眠をとって完全に風邪を治してしまいたい。

金曜日はかなり頑張って仕事を片付けた。それでも会社を出たのは午後9時だ。

ほんとうにやることが多いのだ。本社のこと工場のこと、それに加えて震災で壊滅状態の東北工場のことがある。4ヶ月ほど経った今もまだ不安定な状態が続いている現地は、処理に時間がかかるものだとは理解していても焦ってしまう自分が居た。

従業員は約300名ほどの工場だが、他に営業所も何箇所かある。従業員の家族を含めると2000人近くの安否と生活を考えなければならなかった。一番の難関は代々その土地に根付いている人たちで、先祖代々からの土地から離れることはできないと思っていることだ。

とりあえずは他の安全な工場や営業所に振り分けることはできる。しかし彼らが家族ぐるみで移動するかどうかはなかなか難航していた。

そのことを考える度に保坂はため息をつきたくなった。


電車を降りて駅前の通りを歩く。居酒屋かファミレスでなにか食べて行こうかとも思ったが、なんとなくいつものスーパーを曲がってマンションの方向に進んでしまった。これから先は住宅地になるので飲食店などは無いに等しい。

黒の板塀が見えてきた。電気が点いているようなので今頃は週末の一家団欒をしていることだろう。

自然に脚が止まっていた。ぼんやりとした気分で板塀を眺める。今朝の場面がありありと思い出された。

しばらく板塀の家を眺めていたが、やがて自分の住むマンションに歩きだした。


帰宅した保坂を待っていたのはむっとする部屋だった。

窓を開け、エアコンを点ける。空腹を感じたので冷蔵庫を空けて缶ビールを取り出した。

手に取ると昨日のあの女性が思い出される。背が低いので、やや上を向いて強い目で保坂を睨んでた表情は、そういえばあのランドセルの女の子とよく似ていた。

ビールと解熱剤を一緒に買った保坂を攻めてたよなと思い出すと保坂の口の端がきゅっと持ち上がる。

保坂は手に取ったビールをまた冷蔵庫に戻した。

冷凍ピザを取り出してオーブンに入れ、保坂はシャワーを浴びた。

冷蔵庫のほうは飲み物くらいしか入れてないが、冷凍庫のほうは充実している。

箱から取り出して温めれば食べられるものを常に用意している。

郵便物をチェックしながらピザを食べ終え、最後にウイスキーを一口だけごくりと飲み込んで保坂は寝室に向かった。


翌日、お昼頃目が覚めた保坂は、久しぶりに軽くストレッチをしてシャワーを浴びた。

洗濯物を機械に入れ、部屋をざっと片付ける。メールのチェックをしてその日2杯目のコーヒーを飲んだ。

メールチェックのついでにインターネットで検索もしようかと一瞬思ったが、それを始めてしまうとまた仕事になってしまう。

気分もすっかりよくなったので、外は良いお天気で暑そうだが部屋の中にいると考えることが多くなってしまうので、気分転換に外にでることにした。

日用品とあとは食べるものを何かかってこうと、角のスーパーまで行くことにした。

ジーンズに洗いざらしのシャツを着てのんびり歩いて行くことにする。

黒い板塀の家まで来ると、ピンクのランドセルの女の子が長い箒をもてあまし気味に何かし

ている。そちらを見ないようにして通り過ぎることもできると思いながらも、保坂は立ち止まらずにはいられなかった。

ピンクのランドセルはしょっていなかったが、確か茜と呼ばれていた女の子はピンクが好きらしい。

ピンクのTシャツにジーンズ、そしてピンクの靴を履いていた。


立ち止まった保坂に気がついた女の子がいぶかしげに保坂を見た。

あっと言って、「おじさん、保坂さん?」と聞いた。

「そうだよ。こんにちは」と保坂が言うと、「誰かと思った。いつもの服じゃないからわかんなかった」と茜が言う。ジーンズ姿の保坂に驚いているらしい。

「あぁ、今日は休みだからな」

「そうなんだ。もう風邪は治ったの?」

「はい、おかげさまで」

「もう熱はさがったってあーちゃんからは聞いてたんだよ」

こんな女の子と会話していることが不思議な気がする保坂だった。

「おかあさんにもお礼言っておいてくれる?」

「ん~~っと。はい、わかりました」

歯切れの悪い女の子の返事を疑問に思った。

「あのね・・・」と女の子が保坂に近づいて声を小さくした。

「あーちゃん、私のママじゃないの。でも一緒に居るからママだと思ってる人も多いと思う」

「そうなんだ。それは驚いたな。君たちはよく似てると思ってたのに」

「あーちゃんは叔母さん。ママの妹なのよ」

女の子は大事な秘密の話を打ちあけてますというように保坂に話してくれた。

保坂は少し興味 を持った。叔母さんの家に遊びに来てるわけでもなさそうだけどと思う。

「そっか。ここに皆で住んでるんだね」と保坂が言うと、「ううん。ママ、死んじゃったから。死ぬ前はここでママと私とあーちゃんとで住んでたんだよ」と女の子は眉を寄せて小さくつぶやいた。

「あ、ごめん。悪いこと聞いてしまったね」ほんとうにすまなく思った。少しばかりの好奇心が芽生えてうっかりと言ってしまったのだ。

「ううん、仕方ないよ。ママが死んじゃったことはおじさんは知らなくてあたりまえでしょ?」

「ああ、それでも、ごめんな」

「ほんとにいいから」

「ところで、何をしてるの?」保坂はさりげなく話題を変えることにした。

「えへへ、お掃除してるのよ」

「へぇ~、感心だな。お手伝いするなんて」

「あのね、夏休み、遊園地に行きたいから」

「ふ~~ん」茜に先を促すように見た。

「あーちゃんが、お手伝いをいっぱいしたら連れてってくれるって言うから」

「なるほどね。で、どこの遊園地に行きたいの?」

「ディズニーランドだよ!」

「ほぅ、ディズニーランドか。それはたくさんお手伝いしないとだめだろ?」

「そうなのよ、あーちゃんもそう言った」と顔をしかめて茜が言う。

「パスポートは持ってるの?」

「は?」

「海外に行くにはパスポートってのが居るんだ」

「え?ディズニーランドって外国なの?」茜は目をまん丸にして驚いている。

「でも入り口で買えると思うよ。昨日ちょっと調べたもの」と茜が言うと今度は保坂が考えている。

「一日パスポートってその日は何でも乗れるんだよ」

「あっ、ディズニーランドって東京にもあったんだった」保坂がようやく気がついた。二人は顔を見合わせると肩を震わせて笑い始めた。

だんだん笑いが大きくなったところに、板塀の扉が開いて「茜、茜、お帽子被らないとだめでしょ!」と亜佐美が茜の帽子を手に飛び出してきた。

亜佐美は保坂と茜がお腹を抱えて笑っているのを目にして唖然としていた。


「あーちゃん、おじさんが・・・」

「いや、すまん」と二人とも会話にならなくて笑い続けている。

亜佐美は茜の前髪を手でなでつけて、茜に帽子を被せた。

「外の掃除が長いからと心配で来てみたら。まったく。帽子被らないと日射病になっちゃうよ、茜」茜は笑いすぎて出た涙を手の甲で拭いていた。

「あ、申し訳ありません。僕がつい話しかけてしまって」と保坂が炎天下で茜を気遣わずにいたことを詫びた。

「おじさん、面白すぎ~」と茜が言った。「おじさんじゃなくて、こちらは保坂さんっておっしゃるのよ」と亜佐美が茜に教える。

その二人を見ながら若い母親だとばかり思っていたのにと保坂は思っていた。


「そうだ、茜ちゃん、だっけ?喉が渇いたでしょ」と保坂が言うと、茜は保坂に肯いてそして亜佐美を見た。

「じゃ、茜、手を洗ってジュース飲んでらっしゃい」と亜佐美が言うのを制して、「どうですか?このまま冷たいものを飲みに行きませんか?」と保坂が言った。

「ちょうど駅前のマックでアイスコーヒーが飲みたい気分なんです。熱も下がってすっかりよくなりましたので、是非ご一緒にお願いします」真面目に誘う保坂に茜と亜佐美は顔を見合わせる。

「アイスコーヒーならうちにも」と亜佐美が言い出すと、「それではだめなんです。一昨日もそして昨日のサンドウィッチもご馳走になったままですから、今日は僕に誘わせていただけませんか?」と保坂が言う。

「でも・・・」と躊躇う亜佐美に、「お誘いするといってもマクドナルドで申し訳ないのですが。あ、よかったらミスタードーナッツでもいいですけど」と保坂は畳み掛けるように言った。

茜がくすくす笑ってる。茜は亜佐美の手を軽く引っ張るようにして行きたいことを伝えた。


茜が箒を片付け手を洗いに、亜佐美はバッグを取りに一度家の中に入っていった。保坂は板塀の外で待っている。

それから3人で駅前のマクドナルドにぶらぶらと歩いて行った。






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