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ハンカチの木  作者: Gardenia
第二章
17/67

16  パンプキンスープ

帰ってきたときに部屋が暗いのが嫌なので、リビングの電気を点けてコンビニに行っていた。

亜佐美は保坂をリビングのドアから中に案内した。

先に入った茜がダイニングもキッチンも電気を点けたらしく部屋は煌々と明るい。


亜佐美は茜に声をかけた。

「アイスクリームは?」

「もうフリーザーに入れたよ~」

「じゃ、私はスープを温めるので、保坂さんを洗面所に案内してちょうだいな」と茜に言って、冷蔵庫からパンプキンスープを取り出した。

取り出しながら、「茜が今ご案内しますので。保坂さん、手洗ってきてくださいね」と言うと、保坂は口の端をちょっと上げてから亜佐美に会釈をして茜のあとに続いた。

その後ろ姿を見ながら、あれ今の笑ったんだよね?と亜佐美はくすっと笑った。


キッチンに戻ってきた茜に「茜、体温計とってよ」と頼む。

「うんっ」と言って茜がリビング棚に行こうとする背中に「あ、箱ごと持ってきて」と亜佐美は言いなおした。

保坂が戻ってきたのでダイニングテーブルに座ってもらった。

リビングのソファーだと寛ぎすぎて眠気がでるかもしれない。疲れているときはそういうものだと亜佐美は思っていた。もう少しの間、しゃんとして食事をしてもらわないとと考えていた。


座った保坂に体温計を差し出して「まず、お熱から計りましょうか」と言うと、茜が亜佐美の隣でくすくす笑った。

「あーちゃん、私が風邪引いたときも同じことを言うんだよ」と保坂に話してる。

「じゃ、茜、保坂さんのお手伝いをしてね」と亜佐美は薬箱を覗いた。

「保坂さん、喉は痛いですか?」と聞くと、「少しだけ、です」と保坂は肯いた。

スープはもう少しで沸騰してくるはず。喉が痛いとサラっとしているほうが食べ易いかもしれない。

そう思って、出汁を少し足してよくかき混ぜながら濃度を調節していく。

その合間にお皿を出して、スプーンも出して、亜佐美は手馴れた手順で保坂の前に並べていった。


熱は37度を少し超えたところだった。もしかしたら今夜は熱が上ってしまうかもしれないと亜佐美は考えた。

ぬるま湯のコップを保坂の前に置き、「スープを食べる前にこの漢方薬を飲んでください。これは風邪の初期症状のときに飲む薬なんです。もうちょっと強いほうがいいかもしれないけど、とりあえずこれで汗はでますから」と漢方薬を手渡した。

保坂は大人しく漢方薬を飲み、亜佐美が勧めるままに白湯を飲み干した。


「じゃ、熱いから気をつけて食べて下さい」と白湯のカップと交換でパンプキンスープを保坂の前に置き、亜佐美はキッチンに戻った。

一口スープを口に運んだ保坂は「熱っ」と言って茜に笑われている。

「スープは逃げないからゆっくりと召し上がれ!」といつも亜佐美が言っていることを、今夜は茜が保坂に言っていた。

亜佐美は卵を取り出して手早く割り卵焼きを作っていた。平行して明日のお弁当用にと漬けこんでいた照り焼きの魚を一切れ取り出した。時間がないのでフライパンで焼き、途中で蜂蜜とマスタードをかき混ぜたものを魚の上から加えて一品を作った。

スープを食べ終わった保坂お代わりはどうですか?と聞くと、「いただきます」と言うので、スープをもう少し準備する。

今度はスープのお皿と入れ替わりに保坂の前にご飯と卵焼きが置かれた。その向こうによい匂いのする焼き魚と水菜の煮浸し。保坂が魔法のように出てきたそれらに見とれていると、少し遅れてお椀に入ったスープが運ばれた。


「茜は明日の準備はしたの?」と亜佐美が聞くと、「とっくだよ」と茜が自慢そうに答える。

「じゃ、保坂さんには後でお出ししますので、私たちは先にアイスクリームを頂きますね。」と亜佐美が言って、保坂に箸を取るように勧めた。


「いただきます」と言って保坂は食事を始めた。

亜佐美と茜は夕張メロンにアイスクリームを乗っけて食べている。

静かに食べている保坂を亜佐美と茜は時々様子を伺っていた。ちらちらと女二人が盗み見てるのに、保坂のほうは一向に気にする様子も無く無心に食べている。

普段から無口そうではあるけれど、決して変な男性ではないようだし、今は特に熱のせいでぼんやりしているのかもしれないと亜佐美は思った。


お椀に入ったパンプキンスープを一口飲んで、保坂の箸が一度止まった。

亜佐美の顔を見たので目があってしまった。何か亜佐美に問いかけているようでもある。

その意味がわかったので、「ちょっと味を変えてみました」と言って、保坂を見返した。

「これは意外でした。味噌仕立てなのでお椀に入っていたのですね」

「アドリブなんですけど、先ほどスープの味見をしたらイケルかなと思いついてもので」

「味噌と南瓜が合わさるとこういう味になるんですね。でも、この味噌は初めてです」

「白味噌も少し入れたんです」

うんうんと肯いて、保坂は食事を続けた。綺麗にお箸を使う人だなと改めて亜佐美は感心した。


保坂はご飯をおかわりした。食欲があるなら大丈夫だろう。目も気だるそうではあるが先ほどよりはしっかりしている。

デザートのメロンにアイスクリームを添えたものを保坂に出しておいて、「ちょっと失礼しますね」と茜を寝室に連れてきた。

「茜、ちゃんと手を洗うのよ。そしてウガイもしなさい」と茜に言う。

「うん、あの人、風邪ひいてるからでしょ?」

「そうよ、あまり酷くはないけど、風邪が移ると駄目だから」

「あの人、そんなに悪い人じゃなさそうだね」と茜が言うので、「親切な人じゃない。公園で茜を助けようとしてくれるんだから」と亜佐美は言った。

「見ず知らずの他所の子を助けようとしてくれるのってなかなか居ないよ。さ、もう休みなさい。お帰りになってから後片付けするからちょっと遅くなるけど、明日のお弁当はちゃんと作るからね」

「はい。おやすみなさい」その夜の茜は素直だった。


ダイニングに戻ると、保坂はアイスクリームをすっかり食べ終えていた。

「では、保坂さん」と亜佐美は薬の説明をした。

「今夜は汗が出るはずですから、汗が出たらその都度着替えてくださいね。

そして夜中でも朝でもいいから着替えるときにこの漢方薬をもう一包み飲んでください。

それでも熱が上ってしまったら解熱剤を摂ってください」

「いいんですか?これを頂いて」と保坂が遠慮がちに聞いた。

「貰っていただかないほうが気になります」と亜佐美は答えた。


「ほんとうに有難うございました」と保坂が立ち上がったので、亜佐美は冷蔵庫から保坂のコンビニの袋を取り出した。

「ビール、ぬるくなっちゃうといけないので・・・」といいながら保坂に手渡すと、保坂は苦笑しながら受け取った。

外の扉まで見送りに出た亜佐美は思い切って保坂に言ってみた。

「あの、明日は仕事をお休みになるならいいのですが、お仕事に行かれる場合は、朝ちょっと立ち寄っていただけませんか?」

保坂は一瞬考えて、「それはどういう?」と聞き返してきた。

「明日、お仕事に行くくらいお元気になられていたら安心できますので。ここにインターコムがあります。押すだけでいいですから」と扉の外にあるボタンを亜佐美が教えると、少し考えて「わかりました」と保坂は答えた。

「ほんの少しのお時間ですし、遅刻しそうでなければお願いします。もしも熱が上って欠勤するような場合は押しに来ないのはわかってますから」亜佐美は顔から火がでそうだった。私は何を言っているのだろう。


保坂の口の端がまた持ち上がった。「僕も今夜は熱が上りそうな気がします。現に体がほかほかしていますしなんだかぼんやりしていますから、明日は出勤できるかどうかわかりません。でも、治ったら、出勤できるようになったらお知らせさせていただきます」

あまり立ち話もさせたくなくて、「ではお大事にしてください」と亜佐美は保坂を見送った。

「では、また。おやすみなさい」と礼を言って保坂は帰っていった。





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