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ハンカチの木  作者: Gardenia
第一章
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9   チームゼロ

それからの保坂は多忙だった。

機械故障の特定箇所をみつけた件は工場内でちょっとした話題になっていたし、主任に昇格したことや新チーム編成をして独立した部屋を持つことも異例のことであった。


製造機械はすべてコンピューターで作動している。コンピューターの不具合なのか機械そのものの故障なのか、それとコンピューターと機械の途中で不具合を起こしているのか見極める必要がある。10号機は機械側の故障であることがわかった。自社製品の機械なので部品は何日かで届くが、その入れ替えにまた何日か必要だ。代替の機械は手配できるのか。手配の間生産が落ちても納期に支障がないのかあるのか、支障があるようだったら営業部に連絡しなければならない。

もうひとつの不具合はある製造棟がまるごと不具合だった。コンピューターそのものが調子悪かった。モニターに映る画面も不安定だし、数値を入力しようとしても正常作動をしないとSOSが入ったのだが、再起動を繰り返しても安定しないため、最後には主電源を切ることになった。一瞬ウィルス侵入の懸念をしたが、これもコンピューターのハード部分の損傷が特定でき、今は部品の交換中だ。

まだ原因がわからない各部からの応援スタッフを束ねるように保坂は働いた。

わからないことは専門分野に質問し、その後の的確な指示が好感をもたれたらしい。

メドがついたらさっさと帰宅してそれぞれの部に任せたのもよかったようだ。


ようやく自分の仕事に戻れた保坂は金曜日に香川と早瀬を引き連れて新しい部屋となる資料室へやってきた。

資料室というと体裁はいいが、それまでは倉庫と言っていたし事実物置と化していた部屋だ。

「皆テキトーに座ってくれ」と保坂がニヤニヤしながら言った。

「椅子ないじゃん~~」「立つ場所もないんですけど?」と二人は文句たらたらだ。

「簡単にこれからのスケジュールを言う。簡単だから口頭でいいよな」

「今はまだ技術部を出ない。そこでこの向いの小さな倉庫にここの資料を移動する。

それだけでは入らないので、現在の技術部の壁前面に棚を作ってそちらにも収納することになった」

三人ともほこりっぽい棚にはもたれられずに立ったままだ。

「そしてこの部屋のペンキを塗りなおし、オフィス家具を入れる」

「何日くらいかかるんだ?」という香川の質問に、「一週間でやる」と保坂が言うと「冗談でしょ」と薫がつぶやいた。

保坂は「いや、今夜から業者が入る。来週の金曜日には終了予定だ。デスクは金曜日の午後に設置予定。その次の月曜に各々PCや備品の設営をすることになる」

「マジかよ」と香川と早瀬が顔を見合わせていた。

「それだけじゃないぞ~(笑)」

「今は4時半だ。これから各自デスクに戻って私物をまとめて、箱に詰めてくれ」

げっ。。と香川がつぶやいた。

「月曜日、午前10時の特急で三人で東京本社へ行く。

今日中に私物が片付けられないなら月曜の9時までに箱詰めしてくれ。

箱は本社へ行く前に部長室にあずけることになっている」

「なんで部長室なの?」

「隣の部屋も同時に棚工事にとりかかるから出張前にどこかにあずけたほうがいいんだ。

部長は技術部の長だからな。部下の荷物を置いてもいいだろう」

「了解、主任」「ラジャー」と諦めたように二人が言った。


「さて、出張は月曜日から木曜日まで東京本社。これが電車の切符とホテルのパンフ。ホテルは予約済み。帰りの電車はまだ未定だから東京で受け取る」

「うへ~、4日間も東京か」

「でも、二人とも東京は久しぶりじゃないのか?」

「だね、同窓会でもするか?」

「仕事だってば、香川チャン」

ちょっとなごんだところでとりまとめをする。

「さて、もう一度言うぞ。

こらから私物をまとめる。箱は今頃デスクに届いてるはずだ。

それが終わったら6時半に駅前に集合だ。今日は無礼講で飲み放題食べ放題だ。

で、月曜日は午前10時の電車に乗る。

どう?覚えた?」

「って、いつの間にか飲み会が増えてますけど?(笑)」

「きゃぁ~、私お泊りセット持って来てないわ~」

「お前は終電で帰れ!終電逃したら歩いて帰れ!!」

香川と早瀬はまったくお笑いコンビだ。彼らの明るさが保坂にはありがたかった。


誇りっぽい倉庫から出た三人は箱に私物を詰めた。三人とも私物はそれほど多くなかったので、その日のうちに部長室に運び終えた。

そして駅で集合と言いながらも正門のところで一緒になった。

駅までは一本道なので同じ時間に仕事を終えたら同じような時間に途中でお互いを見かけたりする。

駅からは保坂はいつもとは反対行きの電車のホームへ誘導した。二人にとっては帰る方向である。薫の帰宅を考えて、薫の実家の近くのイタリアンを予約していた。

この店はガラス張りの渡り廊下があって、その奥に個室があった。

サービスの人からは部屋まで見渡せて、しかも少々騒いでも店内のダイニングには影響がないようになっている。

入り口に立つと香ばしいオリーブオイルとニンニクの香りが漂ってきた。

「お腹空くなぁ、このにおいは」香川はくんくんしながらお腹をさすっている。

ほどなく部屋に案内されて席についたことろにシェフがやってきた。

飲み物も食事もお任せで頼むと、「まず食前酒と前菜をお持ちします、その後でワインとメインディッシュをいくつかお持ちしますので、それぞれ取り分けてお好きなだけ召し上がってください」と好みも聞かずに下がっていった。

三人で一緒に来たのは初めてだが、それぞれはシェフと顔見知りになるくらいには来ているので好みはわかってるはずだ。


「会社では話し難いことがあるのね」と薫がシャンパンを飲みながら言った。

「まぁとりあえず話を聞こう」と香川も言う。

「会社の壁は薄いから。それにこの三人で始まる新しいチームの発足なので祝いも兼ねてる」

「メインが来るまでに聞きたいわ」と薫が先を薦めた。

「僕は大学院を出てからも専門分野で論文を発表していたんだ。それがこの会社の新プロジェクトと一致していてね、技術担当マネージャーになる」

「ほう、それを我々で?ということ?」

「それもそうそうなんだが、新し過ぎて極秘の上に認可やらいろいろで実行はまだ先になるんだ。お金もかかる。

そこでスタートできるまで、そのプロジェクトとは全然関係ないところで一般消費者に売れるようなものを作ってしのごうじゃないかというのが僕のプランなんだ」

「面倒臭そうな話だなぁ」

「うん、実際に面倒なんだよ。今のところ、開発、製造、企画、販売は別の担当者がそれぞれ責任を持ってやってるわけだが、たまたま僕が技術開発も企画も販売もマネージできるのではないかと本社で提案したら、なんかOKってことになったんだ」

ふたりとも一瞬あっけにとられた顔をした。

そして「保坂!「保坂チャン」と同時に叫んだ。

「保坂一族かぁ、やっぱりお前は」と香川が言い出した。

「今頃気がついたの?社長にそっくりじゃん、この顔」

「え?うちの親父知ってるの?」と薫に聞くと、「やだぁ、会社のホームページに載ってるわよ」としれっとして答えた。

「これからは僕と一緒に二人には開発、そして新商品の立ち上げを手伝ってもらう」

「おぉ!!」「わかった」と二人はそれぞれ返事した。

「そういうことで、0から売れる商品を立ち上げるチームとして『チーム ゼロ』と名称をつける!」

「「おーっ!」」

シャンパンをごくごく飲んでいると、メインディッシュが運ばれてきた。

イタリアワインとアクアパッツア、パルメジャンがたっぷりかかったステーキ、カラスミのリゾットや冷たいサラダなどが並べられてウエイターが下がっていった。

食べながらも3人の話は続いた。

「とりあえず、あと2人は補充する。1人はコンピュータ専門、もう1人は雑用のプロ、まぁ秘書みたいなものかな」

「どんな子?」

「まだ決まってないけど本社出張中に皆で決めたいと思ってる。候補はだいたい絞ってるから」

「可愛い子がいいな」

「私は年下ぁぁ」

ふたりは勝手なこと言い合ってる。


「で、ふたりにはそれぞれの商品のマネージャーになってもらうつもりだ」

「どういうこと?」

「つまり、昇格するってこと」

「部下を持つようになる」

「すごいな」「面倒そう~~」

違う反応に笑いながら、

「大きな仕事の前の練習だと思えばいい」保坂はそう言ってふたりを安心させた。





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