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君がいる街へ  作者: 芙美
8/16

 8 笑顔

 二人は僕の斜め前の少し離れた席に座った。僕のすぐ横には背の高い観葉植物があって、僕は気づかれずにすんだようだ。僕の位置からは、葉のすきまから娘がなんとなく見える。

 娘はいつもの笑顔のままで座っていた。

 二人は何も話していないようだが、娘はにこにこしながらご飯を食べている。陰鬱ではない娘の様子に、僕は少しほっとして、他人を気にする自分に違和感を覚えた。

 僕は気付かれないように気を使いながら、ハンバーグを食べて、ビールを飲んで、時々彼女を見た。見ないようにと思っても、つい目が行ってしまうのだ。

 彼女はオムライスらしきものを口に運びながら、やはりニコニコと笑っている。無邪気で裏のない笑顔だ。

 何があんなに楽しいのだろう?

 わからない。毎日毎日あんな風になじる相手を、僕なら許せない。僕ならきっと笑うことなんてできない。ごはんだって一緒になんか食べられない。

 無理をして笑っているのかと考えたり、単純に楽しいのかもしれないと考えたり。しかしいくら推測を重ねても、真実になるわけではない。

 バカバカしい、もう考えるのはやめよう。わからないことは考えてもしょうがないし、二人のことは僕には関係がない。

 そうして、わからない全てのことを飲み干そうとジョッキに手をかけた時に、それは始まった。

 カタン!

 何かぶつかるような音がして目をやると、母親の使っていたコップが倒れていた。テーブルに液体が広がりぽたぽたと滴り落ちて、床に小さな水たまりを作っている。

「お母さん、大丈夫?」

 娘はおしぼりを持って母親に駆け寄った。母親の服を拭こうとしたのだろう。

 その娘を、母親は拒絶した。

「いいわよ、自分でやるから!」

 その言葉は冷たく、声は不機嫌で棘がある。

 母親はおしぼりを引っ手繰り、こぼれたビールを拭いた。

 娘は立ってそれを見ている。その顔を見て、僕ははっとした。

 娘は……笑っていた。

 いつものあの無邪気な顔で。この状況にそぐわない、満面の笑みで。

 しかしいつもと違って、その笑顔は僕に違和感と居心地の悪さを与えた。

 母親は同じ個所を神経質に、ごしごしと拭いている。ビールを拭いているというより、抑えられない感情をぶつけているようにも見えた。

「お母さん」

 側でそれを見ていた娘が声をかけると、母親はおしぼりを叩きつけて、娘を見た。娘はやはり笑っている。

「何よ、そんな顔して!そうやって私のことを馬鹿にしているんでしょう。それとも責めてるの。……もう、うんざりよ」

 母親は子供のようにわめいて、しまいには泣き出した。母親がすすり泣く側で、娘は黙って立っている。微笑みを浮かべながら。

「失礼」

 店員がビールジョッキを持ってやってきた。

「さっきの、ビールの、代わりです。泉水さん、よく、来てくれるから。サービスです」

 非常にゆっくりとしたしゃべり方で、落ち着いた声だ。店員のこの言葉で空気が少し変わった。

 店員は手に持ったジョッキと、倒れたジョッキを交換する。母親は泣くのをやめ咳払いをして、それを受け取った。

「悪いわね、また迷惑かけてしまったわ。ごめんなさい」

 かすれて、暗く沈んだ声だった。

「迷惑なんて、とんでもない。そんなことは気にしないで、ゆっくりしていって、くださいね」

 店員が戻った後、二人は何も言わず席について食事を再開した。

  

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