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君がいる街へ  作者: 芙美
5/16

 5 淡々と

      *


 この町に着いてどれくらい時間が経ったのだろうと、カレンダーを見ると半年が経過していた。だがもっと長く感じる。

 この町に着いて、少し考えを改めて全く違う仕事を探してみた。今まで僕は技術を身に着けようと躍起になっていたけど、うまくいかなかったから。

 そうして見つけたのが薄暗く客の少ないスーパーのレジ係で、それが僕の次の仕事になった。

 半年たった今も僕はスーパーのレジで働きながら、小さなアパートで暮らしている。仕事が半年継続したというのは僕の職歴の中で最長で、きっと喜ぶべきことだろう。

 しかしいま僕はそれに気づいても、ぼんやりカレンダーを眺めるだけで、終わってしまう。


 この町で暮らし始めて、あんなに頑なだった僕が、だんだん変わっていった。

 ここで僕は、怒ることなく、静かに、ひっそりと生きていた。

 僕だけではない、この町に住んでいる者はみなひっそりと生きているのだ。

 誰も僕を怒らない。どんなにひどい間違えで迷惑をかけても、怒らず軌道修正をするだけで終わりだ。

 間違いがなかったように、もしくは僕が処理をする前から・初めから間違いが存在していたように、修正される。

 注意すらされない。僕は何も責任を負わずに済むのだ。

 僕はもちろん今まで自信を持ってきたように、ここでも間違いを認めるつもりもなかったが、それでも間違いに気づきはっとする瞬間がある。

 その直後反射的に相手を見ると、相手は目を逸らすのだ。

『自分は何も見なかった』

 今まで僕は相手の怒りの反動で自分を正当化していたが、でも今僕の感情はどこに向かう場所も見つけられず宙に浮いている。

 この町に来てから、誰からも怒りをぶつけられず、自分のことをかばうこともなくなった。

 そうしてだんだん絶えず僕の心を支配していた、あの強い怒りと世の中への憎しみが薄れていった。

 だからといって他人を信用するようになったわけでもない。ただ単にどうでも良くなってきただけだ。

 こういうのを穏やかな日々と人は呼ぶのだろうか?

 いま僕が何をやってもきっと誰も腹を立てない、僕の存在はもう誰にも影響しないのだ。

 僕に対してだけではない。誰も彼も、全てのものから目をそらし、目を伏せて、波風をたてないようにそっと歩いている。

 スーパーの客も、行き交う人々も、淡々と日々をこなしているように僕の目には映った。

 淡々と、死なないから生きている、それだけの日々を送る。

 ……それもいいかもしれない。

 ここで僕は何もつらいことはなかった。

 怒りに支配されることもなくなった。

 だがその代わりに、奥底にあった恐怖心が顔を現した。

『もうこのままでいいんじゃないか』

『「何か」になる必要なんてないだろう』

『他へ行っても苦しい思いをするだけだ』

 僕はだんだんと動けなくなっていった。

 疲れていたのかもしれない。

 今まで僕は、必死に誰かを否定し、誰かから否定される、そんなことの連続だったから。

 認めて欲しいという、僕の根本的な欲求すら閉じ込めてしまうほど、僕は疲れていたのだろう。

 でも寂しかった。

 とても、とても、寂しかった。

 怒りを忘れて、初めて自分の寂しさに気が付いた。胸のきしみが、僕を苦しめる。

 ここにいる限りそれが続くのだ。

 わかっていても動くだけの力が僕にはなくなっていて、いつの間にか擦り切れたように『商品と引き換えにお金を受け取る、家に帰って寝る』それ以外、僕はしなくなった。

 強がり方を忘れて、僕はただ生きていた。

 僕は死んではいない。

 だから僕は生きる。

 淡々と、淡々と。


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