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君がいる街へ  作者: 芙美
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16 あいまいな記憶

 祭の日から3日間ずっと、彼女の姿を見かけていない。そのうえ、隣から声も聞こえなくなった。

 でもドアを開け閉めする音は聞こえてくる。僕はその度にドアに駆け寄り、彼女の姿を見るために出ていきたい気持ちに苦しめられる。

 ここに引っ越してから今まで、こんなことがあっただろうか。なかったように思うが、それが記憶違いなのか、真実なのか。記憶がおぼろげで、うまく思い出せない。

 僕は不安になる。

 根拠もなく、彼女ともう会えないのではないかという考えに縛られる。

 たった3日、偶然なのだ、きっと。

 いや……もし、僕に合わないことを彼女が望んでいるとしたら。今この状況がそうやって作られているとしたら。

 そしたら、僕は。

 そしてまた根拠もなく、僕は絶望的な気分に陥る。

 最近まで僕はぼんやりと生きていたから、たまにしか聞こえない隣の声を毎日のように感じていたり、彼女と一度会ったことを三度会ったように思い込んでいただけで、本当は3日声を聞かず会わないことなんか珍しいことではないのだ。そうだ、きっとそうに違いない。

 ……なんだか僕の望みや感情が、あいまいな記憶を変えてしまいそうだった。


 僕は仕事から帰ってきて、弁当を食べて寝転んでいた。

 隣からは食器の重なる音、水の流れる音が聞こえてくる。二人が生活をしている音、それに僕は安心し、同時に不安になる。

 考えなくてもいいことを考え、何も手につかなくなる。

 僕は家を出て、また走り出した。

 走ったり歩いたりしながら、僕はさずがに馬鹿馬鹿しいと自分にあきれた。

 僕の頭も心も混乱して、不安で、とても馬鹿馬鹿しいものだった。

 わかっていても抜け出すことができず、僕はとにかく疲れるまで走った。

 前と同じように走ったり歩いたり気が済むまで続けていたが、前と違うのは、帰ってきて彼女と偶然会わないかと期待していることだった。


   *


 僕は早くに目が覚めて、早朝から走っていた。彼女とはもう一週間も会っていない。

 頭から混乱を振り払うように、僕は走った。

 しばらく走ると、前に隣の親子に遭遇したレストランの店員の釣り道具を持った姿が遠くに見えた。

 僕は少し疲れていたので走るのをやめて歩き出した。店員との距離がゆっくり縮まり、目の前にきた。

 店員は釣り道具を持ってずっとこちらを見ている。

 なんだというんだ、と思いつつついまた足を止めてしまう。

「釣りは、好きかい」

 店員はそういって、釣竿を一本こちらに差し出した。

 僕は肩で息をしながらそれを受け取る。

 店員は微笑むと歩き出し、僕はそれについていった。

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