15 帰り道
帰り道、僕たちは余韻を胸に、無言で歩いていた。
花火の残像と、いま隣にいる彼女と、周辺のざわめき。出来ることなら、このまま時間を止めてしまいたかった。
笑い声が聞こえる。皆なにを話して、あんなに楽しそうに笑うのだろう。僕も話がしたい。彼女を、楽しませたい。
でも僕に彼女を楽しませることなんてできるわけがない。話すことなど何も思い浮かばず、でも彼女とコミュニケーションをとりたくて……僕はもどかしく思った。
何かないだろうか、何か。
そうやって頭の中をぐるぐると探し回っていた僕の耳に、懐かしいメロディが聴こえてきた。
彼女が鼻歌を歌っている。小さな声で、少し微笑みながら。
思い出した、それは小学生の頃に教わった童謡だ。タイトルはもう忘れてしまった。
「懐かしい曲だね」
彼女はこちらを向いて笑いながらうなずいた。
僕も小さく歌った。歌を歌うのなんて、何年振りだろう。
彼女の歌声に僕の歌声が重なる。それだけのことが、その小さなハーモニーが……とても嬉しかった。
前方に見慣れた建物が見える。アパートに戻ってきたのだ。
もう着いたのか。
時計をもっていなかったので行きと帰りの時間を計ってはいなかったのだが、明らかに行きより帰りが早いと、僕にはそう感じられた。
まだこの心地のままいたいのに、どうすることもできずひどくもどかしい。
僕はいつもよりゆっくりとアパートの階段を上った。
「お母さん」
階段を上るとすぐ、母親に出くわした。
「ジュースを買いに行こうと思ってね。……今日は娘がお世話になったみたいで、どうもありがとうございました」
母親は僕にそう言いながら彼女の隣に立った。丁寧な言動と、警戒をあらわにした態度に、僕は不快になった。この母親のことをどうしたって良くは思えない。
「はあ」
「それじゃあ、失礼させていただきます。ほら、来なさい」
ジュースは口実だったのだろう、母親は彼女の手をひいて部屋にはいった。
僕と彼女は、さようならの挨拶さえできなかった。