13 祭り会場
祭りの会場は人や出店でにぎわっていた。
彼女を見ると、こぼれるような笑顔で辺りを見ている。
僕は黙って会場の中を進んで行った。彼女は何も言わずついてきている。
中では焼きトウモロコシや焼きそばといった、祭りらしい食べ物が並び、良い匂いが充満していて食欲をそそられる。
ここにたどり着くまでに少々歩いたし、少し休憩をしようと思った。
僕は目についた店で注文した。彼女に意見を聞こうとしたが、僕は何も言い出せず、勝手に二人分を頼んだ。
「焼き鳥二本とお好み焼き二枚とお茶二本」
「はいよ」
焼き鳥を仕上げるのを待つ僕の横で、彼女は黙って僕を待っている。
不思議だ。
僕は友達もずっといなかったから、誰かが隣にいること自体が不思議だった。
「お待たせしました」
受け取って、僕はようやく彼女に声をかけた。
「ごはんにしよう」
二人分の食料がはいった袋を、彼女に見せて僕はうなずき、返事を聞く前に歩き出した。
「あ、お金」
「いらない」
僕は少し足を速めた。わざとではなく、無意識に。
「あの…………。ありがとう」
振り返らない僕の背中に、彼女は礼を言った。心のこもった声がした。
「うん」
僕はようやく振り返ることができた。
「行こう」
僕たちはまた歩き出した。彼女は相変わらず笑いながらキョロキョロと、祭りの風景を見ている。
テーブルとベンチが設置されたスペースがあったので、そこで食事をすることにした。
僕と彼女は黙って食べた。会話もなく、いつも一人で食べるような状況なのに、僕の気持ちは全く違っていた。
なんでもないお好み焼きや、焼き鳥が驚く程うまく感じられる。
落ち着くような、宙に浮くような気分もずっと続いている。
祭りの提灯や、側を流れる川に反射する光、星や月、風やざわめき。いつでも触れられるようなものが、今日は僕の心を揺さぶる。
恐らく、彼女のおかげだろう。
僕は両親を亡くしてから、親戚の家にひきとられた。
引き取り先のおじさんもおばさんも、とても気の弱い、良い人だった。二人は僕を腫物のように扱った。
どれだけ時間が経っても、僕は周りの同情に甘えきって、自分の境遇をたてに横暴なふるまいをしていた。大人たちはどうにかうまく僕をなだめるが、一緒に暮らす子供とはうまくいかなかった。
自分の家に突然飛び込んできた、意固地で意地悪で理由なき優越感にひたった僕を、家の子供は徹底的に嫌った。
僕と家の子供は反発し合い、言葉や、時には力で争った。
僕はどんどんひねくれて、最終的にはおじさんもおばさんも僕が手に負えなくなり、放っておくようになった。
そんな家での食事は苦痛で、僕は一人で食べるようになった。
「僕、一人で食べるからもう呼ばなくていい。ごはんは部屋の前に置いといて」
心のどこかで、向こうが折れて一緒に食べるようにお願いしてくる、と考えていたがそんなことは起きず、僕は家を出るまで一人でごはんを食べ続けた。
働くようになってからは、職場の歓迎会から始まり、休憩や帰りに食事や酒を職場の人間ととる機会が増えた。
しかし最初のうちは親しげに接してくれる人も、少し話すと僕に近寄らなくなった。
僕は人と仲良くするということを知らなかったのだ。他者が楽しむことなんて考えず、それよりは自分をよく見せようと、攻撃的になったり馬鹿にしたりして、相手を下に見ることで自分が優位な立場にいられるのだと思い込み、自分の優位性を押し付け、一緒にいる人間を不快な気分にさせていた。
認めてもらいたかった。それだけなのに、やり方を僕はしらなかった。
誰と一緒にいても、僕はどこか空虚で、独りだった。
全部僕が招いたことだが、それに気づかない僕は、ただただ独りだった。
でも今、僕は。
「おいしいですね」
彼女がふいにそう言った。
「ああ」
僕は気持ちと裏腹に、そっけなく返事をしてしまうが、彼女はそれでもにこにこと笑顔を絶やさない。
ずっと一人だった僕の傍に、今、彼女がいる。
僕は、初めて、独りではなくなった。
そんな気がした。