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君がいる街へ  作者: 芙美
12/16

12 道の途中

 彼女は、玄関前で笑顔を湛えて立っている。

 髪をまとめて、浴衣を着こなす彼女に、目のくらむような思いがした。

 僕はどうにか、また彼女にうなずくように小さな会釈をして、無言のまま靴を履こうとした。が、しかし失敗した。足が靴を転がして、バランスを崩してしまった。

 よろけた僕は、激突寸前のところを壁に手を突きどうにか持ちこたえて、靴を履いた。恥ずかしさに耳まで赤くなる。

 それからしばらく、頭に血がのぼっていたようで、僕はまともにものを考えることができなかった。

 僕たちは何も言わずアパートを出て会場までの道を歩いた。家の鍵はちゃんとかけてきたのだろうか、記憶がおぼろげで心配だ。

 それにしても心臓が異常な速さで運動して、落ち着かない。ぼんやりしているのはきっとそのせいだ。僕は深呼吸を繰り返す。

 道々彼女には聞きたいことが色々あったし、感心するような僕の自慢話もしたかったのだけれど、それらは頭の中をぐるぐる回るだけで吐き出されることはなかった。

 いつも人といる時より僕は慎重で、なんだか縮こまってしまい、空回りすることすらできなかった。



 僕と彼女は薄暗い道を、無言で歩く。

 あれだけの緊張も、歩いているうちにおさまってきた。

 薄暗い道、提灯、彼女の下駄の音……それらが息苦しさから僕を救い、僕は安らぎ、穏やかな気持ちになる。

 夢の中にいるような不思議な気分だった。

 冷静さを取り戻した僕は、横にいる彼女を見た。

 灯りに照らされた彼女はとても美しく、僕は感動をする。

 生まれて初めて感じるような大きな気持ちの波が、僕を満たした。

 僕は思わず足を止めてしまい、彼女も半歩先で立ち止まり振り返って僕を見る。

 少し首を傾げるような動作をした後、彼女はにっこりと笑った。

 笑顔は彼女を一層強く輝かせる。そして、彼女はどんな光よりも、僕を熱く照らす。

 また鼓動が速くなってきた。さっきの緊張とはまた違う。地面を踏みしめても宙に浮いているような実感のなさだった。

 僕は落ち着こうと口をぎゅっと結び、力を入れて、彼女にうなずいた。それを合図に僕らは歩き出す。奇妙なやりとりだ。

 歩き出すと同時に車が彼女のすぐ横を通り過ぎたので、道路側にいた彼女と位置を変えて、僕が道路側を歩くことにした。道路側は危ないし、僕は彼女の浴衣を汚したくなかった。



 目的地に近づくにつれて、段々人が増えてきた。賑やかな声がこだまする。

 ここに来てようやく、僕は彼女とひとつも会話していないことに気が付いた。

 一瞬考えて口を開き何か言おうとしたが言葉は出ずに、でも僕はまあいいかと思った。焦ることなくそう思えたのだ。

 彼女はどう思っているだろう。

 ちらりと彼女を見ると彼女も僕を見たので、また目があった。

 彼女が僕に微笑むので、優しい気持ちになって、僕も彼女に微笑んだ。

 僕が人といる時に感じる焦燥感を、今は全く感じない。

 無理をする必要なんかないんだ、きっと。

 


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