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君がいる街へ  作者: 芙美
11/16

11 玄関前の苦しみ

 花火大会当日、その日は休日であったため、僕は家にいた。

 ポスターによると開始は夜の八時。

 だから昼間は関係がないのに、もしかしたら早い時間から出かけようと彼女が訪ねてくるかもしれない、なんていう可能性に縛られて、僕は家を出ることが出来なかった。

 料理をする時も洗濯機を回している時も、家事をしている音でドアをノックする音や彼女が僕を呼ぶ声が聞こえないかもしれないという不安で過敏になり、ちょっと物音がしただけでドアまで走って行った。

 このアパートは音が響きやすいから、僕はちょっとした音に反応して何度もドアまで駆け付けては勘違いに気付き、周辺の家がうるさいと腹を立てた。実際には耳をすませないと聞こえないほど小さな物音だったのに。

 最終的に僕は玄関のドアの前に座った。ここにいれば安心だ。

 そこでようやく僕は落ち着いて、冷静になった。

 違うだろう。あの時の会話は『きっと彼女は僕の誘い文句ではなく、単なる参加不参加の確認ととった』という結論になったはずだ。

 僕の動揺をよそに、彼女は今日にいたるまで、変わらない調子であいさつを続けた。

 気まずさを感じていた僕も、だんだん動揺が薄れて日常に戻り、また目を合わせないようにして小さな会釈をするようになった。

 こういった日常を続けているうちに、あれは妄想だったのかもしれないと思えてきた。

 いつ会っても、彼女は少しも変わらない。

 妄想でないのなら、彼女があの会話をすっかり忘れてしまうか、とるに足らないことだと考えているか。僕は彼女の態度から動揺は読み取れなかった。

 それもあって、僕は考えに考えて『僕は彼女を花火大会に一緒に行こうと誘ってはいない』という答えを出した。彼女が誰かと花火大会に行くということを確かめて、あの話は終了してしまったのだ。

 大事なのは、事実がどうだったかではなく、僕を安心させる答えを見つけることだった。

 日常と独りよがりの答えによって、僕は動揺から解放されたのだ。

 しかし今僕は出した答えを無駄にするような行動をしている。

 僕はドアの前で彼女を待ってしまっている。

 ここで僕はまた混乱する。考える。彼女はあの言葉をどう受け取ったか、どう感じたか。堂々巡りだ。

 ドアの前を動けないまま、じたばたと抵抗を続けて、今まで味わったことのない苦しみを感じた。

 自分から彼女を迎えに行く、という考えは全く浮かばなかった。あれが誘い文句という考えがあるのなら、僕から迎えに行けばいいのに。もし彼女が誘われたと思っていなければ、勘違いをしたのだと笑って終わらせればいい。僕はそんなことも考え付かない。もっとも、思いついたところで行動で来ていたかはわからないが。


 ようやく夕方の朱い光に部屋が照らされた頃、僕はほっとしたと同時に緊張した。

 もうすぐ、嫌でも結果がわかる。

 朝起きてから日が落ちるまで、何カ月にも感じるほど長かった。

 ぼんやりと部屋を眺めていたら、ドアをノックする音がした。

 心臓が止まるくらい強く鳴り、痛いほど早くなった心臓の音は耳にまで届いた。

 ドアを開けようとして、僕は手を止めた。もしかいたら他の部屋の音かもしれない。何しろ、このアパートは音がよく響くのだ。

 ドアを開けて誰もいなかったら、僕は傷つく気がした。『僕は彼女を誘っていない』のに。

 躊躇していたら、またドアが叩かれた。

「こんばんは」 

 彼女だ。隣の家に住む、あの娘だ。僕のすぐ側から、ドアの向こうから聞こえた。

 間違いない。と考えているのに、僕は緊張で息が苦しくて思うように動けない。とにかく情けないんだ、僕という人間は。

 息を整えて、ようやく僕はドアを開けた。

 そこには、浴衣を着た彼女が立っていた。



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