15
なっちゃんと話したあと、澄はようやく少しだけ落ち着いていた。
泣きすぎて頭がぼんやりする。
それでも、胸の奥の痛みは消えない。
時間はもう遅くなっていた。
インターホンが鳴る。
「すみません、なつを迎えに来ました」
低い声。
玄関にいたのは、なっちゃんの兄の彰人だった。
澄のバイト先の先輩でもある。
「遅くまでなっちゃんお借りしました……」
澄が頭を下げると、彰人は優しく笑った。
「澄ちゃん、大丈夫?」
「……はい」
小さくうなずく。
なっちゃんは靴を履きながら、振り返った。
「また明日電話するから」
「うん」
「一人で抱え込まないで」
そう言って、なっちゃんは帰っていった。
玄関のドアが閉まる音、家の中が静かになる。
――好きだった。
一年かけて、ゆっくり育った気持ち。
最初は戸惑っていたはずなのに。
気づけば、ちゃんと好きになっていた。
だから。
こんなに苦しい。
このままじゃだめだ。
澄はスマホを手に取る
震える指でLINEを開く
恒一とのトーク画面
少しだけ迷ってから、打ち込む。
「話がある」
送信。
数秒後。
既読がついた。
そしてすぐに返信が来た。
「わかった」
それだけだった。
⸻
翌日。
澄はカフェには行かなかった。
なんとなく、あの席に座る気になれなかった。
駅前をゆっくり歩く。
恒一を待つ間。
心の中で、何度も言葉を作る。
本当は、まだ好きだ。
離れたくない。
でも。
恒一の気持ちは、もうここにはない。
だったら。
せめて、自分から終わらせよう。
今日、私から別れを言う。
胸が痛む。
悲しい。
それでも。
他の人とお似合いだなんて、笑われる関係を続けるのは、もう耐えられない。
澄は足を止めた。
駅前のドラッグストア。
外の棚に並ぶ日焼け止め。
ぼんやりとそれを見ていた。
そのとき。
「澄」
声。
心臓が大きく跳ねる。
振り向く。
「恒一くん……」
言葉が少し詰まる。
「移動、する?」
「いや、いい」
即答だった。
その言葉はまるで、
もう二人でどこかに行くことはない、と言われたようで。
胸がぎゅっと締めつけられる。
それでも、澄は口を開いた。
「あの……ね、」
言わなきゃ。
そう思った瞬間。
「澄、別れよう」
言葉が、被さった。
え?
思考が止まる。
恒一は続けた。
「俺、お前とはやっていけない」
淡々とした声。
「お前さ、俺の言うこと全然聞かないし」
「男とベラベラ喋るし」
「正直、お前が彼女で恥ずかしい」
言葉が、次々に押し寄せる。
澄は何も言えない。
自分が悪いのかもしれない。
そんな気がしてくる。
恒一は、ふと澄のカバンを見た。
そこに揺れる、小さなキーホルダー。
「あとさ」
冷たい声。
「そのキーホルダー付けるのやめてくれないか」
澄の呼吸が止まる。
「俺、もう捨てたし」
言葉が刺さる。
「お前も未練がましく付けてないで、捨ててくれ」
何も返せない。
言葉が出てこない。
恒一はそれ以上何も言わなかった。
「じゃ」
それだけ言って、背を向ける。
澄の返事も待たず。
そのまま駅の方へ歩いていった。
キーホルダーが、小さく揺れる。
澄はただ、そこに立っていた。




