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太陽くんは、男の子  作者: 浅華
春の終わり

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落ち着かない気持ちのまま、澄はカフェの席に座っていた。


窓際の、いつも恒一を待つ席。


そわそわする指先を落ち着かせるように、本を開く。


ページをめくる。


けれど、内容はあまり頭に入ってこない。


それでも読み進めているうちに、いつの間にか物語は終わっていた。


ふと時計を見る。


18:00。


野球部の練習は、だいたいこのくらいに終わる。


そこから着替えて、学校から歩いて三十分。


二人の待ち合わせは、だいたい18:30。


――あと少しかな。


澄はスマホを見る。


連絡は、まだない。


気を紛らわせようと、カバンから数学の教科書とルーズリーフを取り出す。


授業の予習でもしよう。


ペンを走らせる。


問題を解く。


また次の問題。


時間の感覚が、少しずつ薄れていく。








「すみません」


声が聞こえた。


「すみません」


「はい!」


澄はぱっと顔を上げた。


目の前にはカフェの店員さん。


よく見かける、大学生くらいのお兄さんだった。

「集中してるところごめんね。10時で閉店で、今ラストオーダーなんだ。なにか注文ある?」


「えっ」


澄は慌ててスマホを見る。


通知はなかった、21:30……


「あ、すみません! 長々と……出ます!」

急いで荷物をまとめる。


店内を見回すと、いつも半分くらい埋まっている席も、もうほとんど空いていた。


澄と、あと数人だけ。


「大丈夫だよ。いつもありがとうございます」

店員のお兄さんはそう言って、にこっと笑った。


会計を済ませて、澄は急いで店を出る。











外に出て、もう一度スマホを見る。


恒一とのLINEを開く。


画面にあるのは、


澄が送ったメッセージだけ。


「……流石に帰ってるってことだよね……」


小さくつぶやく。


連絡くらい……


してくれてもいいじゃん。


ぽろり、と


一粒だけ涙が落ちた。











気がつけば、バイトのある日みたいに遅くなっていた。


家に帰ると、リビングの明かりがついている。


「おかえりー」


ソファから顔を上げたのは、よりちゃん――従姉妹の高宮日和だった。


「澄、遅かったね。バイトだっけ?」


「うーん……いろいろ」


「ふーん……」


日和はそれ以上聞かなかった。


その少しあと。


玄関からバタバタと走り込んでくる音。


「ただいま!!!」


弟の悠真だった。


駅前の塾から帰ってきたところだ。


「姉ちゃん!!」


悠真が息を切らして叫ぶ。


「なんか恒一くん! さっき駅前で見たんだけど!」


澄の心臓が止まる。


「おれ、俺……姉ちゃんといるんだと思って」


悠真は焦ったように続けた。


「恒一くん!って俺、声かけちゃって……」


「呼んだら、ハッて振り返ったんだけど」


息を飲む。


「隣にいた人……違う女の人で」


「恒一くんの手、握ってた……」


――もう限界だった。


澄の視界がぐにゃりと歪む。

涙があふれて、止まらない。


そのまま、部屋へ走った。


「姉ちゃん!」


「悠真!」


悠真の泣きそうな声と、

日和が悠真を引き止める声が、後ろで重なった。














「おれ……余計なこと言ったかな」


自分の言葉が姉を傷つけたと気づき、悠真の声が震える。


日和は悠真を抱きしめた。


小さな頭を、ゆっくり撫でる。


澄は今、話せない。

あれはそういう泣き方だ。


悠真もとうとう泣き出した。


日和は強く抱き寄せる。


現在二十三歳の日和は、高校のころからこの家に住んでいる。


澄たちの父、総司くんが亡くなったあと、


白石家の母、透子は女手ひとつで二人の子どもを育ててきた。


……そして、日和の面倒まで。


悠真が小学校に入ると、少年野球を始めた。


澄の彼氏であり、野球をしている恒一。

男手がない白石家で、悠真は恒一に本当の兄のように懐いていた。


いや、もしかしたら。

父親に甘えるみたいに。


今回のことは、悠真にとっても大きな出来事だった。


日和はふと、澄の泣き声に耳を澄ませる。


あんなふうに泣く澄を見るのは――


総司くんが亡くなったとき以来だった。






……




澄の中学の卒業式。


日和と澄の母、透子も、あの告白を見ていた。


状況は少し強引だったけれど、


真っ直ぐな思いに見えて、微笑ましく思っていた。


それなのに。


澄を泣かせるなんて。


日和は静かに息を吐く。


悠真が少し落ち着いたのを確認してから、立ち上がる。


キッチンへ向かった。


鍋にミルクを入れる。


砂糖と紅茶。


静かに温める。


澄の部屋に持っていくための、あたたかいミルクティー。


湯気がゆらゆらと揺れるのを見ながら、


日和はもう一度、大きくため息を吐いた。








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