12
昨日は金曜日だった。
置いていかれた帰り道の冷たさが、まだ体のどこかに残っている。
それでも土日は来る。
澄は土曜も日曜もバイトに入っていた。
⸻
土曜日。
この日は陽翔もシフトに入っていた。
なっちゃんはいない。
「澄ちゃん、おはよ」
「おはよう、陽翔くん」
忙しい店内で、陽翔はよく動いた。
覚えも早いし、言われたことをすぐに理解する。
澄が仕事を教えるたび、
「ありがとう」
と、にこっと笑う。
その笑顔は本当に太陽みたいで。
澄の表情も、つられてころころ変わった。
「あのお客さん……カツラ前と後ろぎ逆じゃね?」
陽翔の囁きに吹き出す。
笑いながら働いていると、嫌なことを少しだけ忘れられた。
それだけで十分だった。
⸻
日曜日。
今日はなっちゃんがいる。
「そういえばさ」
なっちゃんが言う。
「新しく入ったイケメン、まだ会ってないんだけど」
「ふふ」
澄は少し笑う。
「どんな人?」
「優しいよ」
「同じ高校なんでしょ?」
「うん。クラスも一緒」
「ふーん」
なっちゃんがじっと澄を見る。
「……なにかあった?」
その声は、さっきまでの話ことじゃない。
もっと奥の。
沈んだところを見ている声だった。
「……なんでもない」
「いや、あったでしょ」
なっちゃんが言いかけたとき、
「すみませーん!」
客席から声が飛ぶ。
急に店が忙しくなる。
なっちゃんは十時まで。
澄は十八時で上がりだった。
帰り道。
聞かれたのに、何も言えなかった。
どう言えばいいのか頭の中で整理しながら、澄はスマホを開く。
昨日送ったLINE。
『ごめんね。山崎くんとは特別仲がいいわけじゃなくて、バイトが一緒で、同じ苗字の人がいるから下の名前で呼んでて……』
言い訳みたいな文章。
本当は聞きたかった。
どうして、あのとき何も言ってくれなかったのか。
でも今は、自分が悪いみたいに思えてしまう。
既読はついていない。
澄はため息をついた。
明日はバイトがない。
――一緒に帰れるかな。
話できるかな。
⸻
月曜日の朝。
スマホを見る。
昨日のLINEには、既読がついていた。
でも返事はない。
それでも澄はメッセージを送った。
『今日バイトないよ』
『いつものカフェで待ってるね』
昼休み。
お弁当を持ってこなかった彩音と購買へ向かう。
購買と食堂の間の中庭。
そこに、二年の野球部が集まっていた。
恒一の姿は見えない。
……嫌だな。
声が盛り上がる。
ちらっと視線を流す。
どうやら美玲が、二年の野球部全員に手縫いのユニフォームのキーホルダーを配ったらしい。
川端がやけに喜んでいる。
購買は混んでいて、列がなかなか進まない。
彩音が小さく言う。
「澄……上戻ろ」
「大丈夫だよ」
そう答えた直後。
「あれ?!恒一のだけなんか違くないか?」
坂本の大きな声。
「ほんとだ!」
――え。
あ、……恒一いたんだ。
姿は見えなかったけど、集団の中にいたらしい。
「いや、恒一くんはレギュラーだから〜」
美玲の声。
「いや、美玲ちゃん、そうまもレギュラーなのに俺らと変わんないじゃーん笑」
「え!?たまたまだよ〜」
少し慌てた声。
野球部が冷やかす。
「マジで二人お似合いじゃん」
「おい」
森川そうまの強めの咎める声。
その瞬間。
彩音が澄の腕を掴んだ。
「行こ」
購買はもうすぐだったけど、彩音は澄を引っ張ってその場を離れた。
廊下。
「……澄」
「うん」
彩音が澄を抱きしめる。
「……あいつら、あのいけ好かない女殴っていい?」
澄は思わず笑う。
「ふふ……だめだよ」
「私のお弁当、半分こしよ」
⸻
放課後。
LINEを見ると、既読はついていた。
返事はない。
怒ってるからだ。
澄はそう思い込む。
そのまま学校を出た。
部活棟へ向かう野球部の集団が見える。
その中に、恒一がいた。
ちらっと見る。
リュックの肩紐。
揺れる見覚えのない何か。
あぁ、昼間のキーホルダーだ。ユニホームの赤と白のTシャツ型。
――あれ
今。
お揃いのキーホルダー……
ついてた……?
見えなかっただけだよね。
嫌な予感と嫌な気持ちを抱えたまま、澄はカフェへ向かった。
まだ返事は来ていない。




