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悪役令嬢は脇役に徹するつもりでした  作者: 九葉(くずは)


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最終話 約束の指輪と、閉じられた扇の行方

 深紅のマントが風に翻ったあの日の高揚感は、今日という日のための序章に過ぎなかった。


 王都中央大聖堂。

 ステンドグラスから降り注ぐ七色の光が、バージンロードを虹の橋に変えている。

 パイプオルガンの荘厳な音色が響く中、私は大きな扉の前に立っていた。


 手には、何も持っていない。

 かつて私を守ってくれた漆塗りの扇も、身分を隠すためのヴェールもない。

 あるのは、純白のドレスと、一束の白いブーケだけ。


「……準備はいいか、リディア」


 隣に立つ父、アルフェン伯爵が、緊張で強張った声で尋ねてきた。

 私は父の腕にそっと手を添え、微笑んだ。


「ええ、お父様。今までで一番、落ち着いています」


 扉がゆっくりと開かれる。

 溢れ出す光と、参列者たちの視線。

 かつて断罪の広間で浴びた、突き刺すような好奇の目ではない。

 ここにあるのは、温かな祝福と、新しい王太子妃への敬愛だけだ。


 私は一歩を踏み出した。

 カツ、カツ。

 ヒールが床を叩く音が、私の心臓のリズムと重なる。

 もう泥などついていない。磨き上げられた靴は、私を真っ直ぐに、愛する人の元へと運んでくれる。


     * * *


 最前列には、懐かしい顔が見えた。

 アリア様だ。

 彼女は隣に座る精悍な騎士――噂の幼馴染だろうか――と手を繋ぎ、涙ぐみながら私を見つめている。

 目が合うと、彼女は口パクで「おめでとうございます」と告げた。


 私は小さく頷き返した。

 彼女もまた、自分の物語の主役として幸せを掴んだのだ。

 私が必死に書き上げた引継書は、結局渡すことはなかったけれど、代わりに彼女には「自由」という最高のギフトを贈れたのかもしれない。


 そして、祭壇の前。

 エリオットが待っていた。

 純白のタキシードに身を包み、私だけを見つめる碧眼。

 その瞳には、隠しきれない情熱と、とろけるような甘さが宿っている。


 父の手から離れ、私はエリオットの手を取った。

 温かい。

 契約書にサインした時の事務的な熱さとも、ダンスを踊った時の計算された熱さとも違う。

 ただ、私を愛してくれている一人の男性の体温。


「……綺麗だ、リディア。息が止まりそうだ」

「貴方も素敵です、エリオット。……やっと、ここまで来られましたね」


 神官が厳かに聖句を読み上げる。

 私たちは向かい合い、誓いの言葉を交わす。

 

 かつて予行演習した、あの夜の言葉。

 けれど今日は、演技ではない。


「健やかなる時も、病める時も。……喜びを二倍にし、悲しみを半分にすることを誓います」


 私の声が、大聖堂の天井に吸い込まれていく。

 エリオットは、ポケットからあの**灰色の小箱**を取り出した。

 パカリ、と蓋が開く。


 中にあったのは、シンプルな、けれど最高純度の**プラチナの指輪**だった。

 派手な宝石はない。ただ、途切れることのない貴金属の輪が、永遠を象徴している。


 彼は私の左手を取り、震える指先で、薬指にその輪を通した。

 ひやりとした金属が、私の体温でゆっくりと馴染んでいく。


「この指輪の内側には、刻印があるんだ」


 指輪を嵌め終えた彼は、私の耳元で囁いた。


「『My Protagonist(私の主役)』。……君はもう、誰の代役でもない。私の人生の、唯一のヒロインだ」


 視界が滲んだ。

 ああ、本当に。

 この人はどこまで私を甘やかせば気が済むのだろう。

 脇役令嬢だった私に、こんなにも輝かしい称号を与えてくれるなんて。


「……謹んで、お受けいたします。私の王子様」


 私は涙をこらえ、彼の手を取り、同じデザインの指輪を彼の薬指に滑らせた。

 二つの銀色の輪が、光を反射して煌めく。


「誓いの口づけを」


 神官の声と共に、エリオットがヴェールを上げる。

 私たちは何千人もの証人の前で、唇を重ねた。

 万雷の拍手。

 鐘の音が鳴り響く。

 それは、私の長い長い「誤解」の物語が終わり、幸福な真実の物語が始まる合図だった。


     * * *


 大聖堂を出ると、私たちはパレード用のオープン馬車に乗り込んだ。

 かつて囮として乗った、あの閉鎖的な馬車ではない。

 天井はなく、どこまでも広がる青空が私たちを包んでいる。


 馬車が動き出す。

 沿道を埋め尽くす人々が、花びらを撒き、私たちの名前を呼んでいる。


「リディア、こっちを見て」


 隣に座るエリオットが、私の腰を抱き寄せた。

 私は彼を見上げ、今日一番の笑顔で応えた。

 もう、扇で隠す必要はない。

 私のこの笑顔こそが、彼への最大の愛の返礼なのだから。


 私の左手には、約束の指輪が光っている。

 かつて私が持っていた扇は、もうトランクの奥底に閉まったままだ。二度と開くことはないだろう。

 だって、私の前には今、隠すことなど何もない、眩いほどの未来が広がっているのだから。


 私はエリオットの肩に頭を預け、空に舞う花びらを見つめた。

 

 「自分は代役だ」と信じていた愚かな令嬢は、もういない。

 ここにいるのは、世界で一番愛されている、幸せな王太子妃リディアだ。


 ありがとう、エリオット。

 私を見つけてくれて。

 私を選んでくれて。


 馬車は歓声の中をゆっくりと進んでいく。

 終わりのない幸せへと続く道を、私たちは手を繋いだまま、どこまでも進んでいった。


(完)

最後までお読みいただき、ありがとうございました!


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