第27話 砕け散るスポットライトと、暴かれた影
会場のざわめきが、潮が引くように静まり返った。
大広間の中央。エリオット殿下がゆっくりと口を開く。
その隣には、純白のドレスを纏ったアリア様が、緊張した面持ちで、けれどどこか晴れやかな表情で立っている。
完璧な構図だ。
私は壁のタペストリーに同化するように背を丸め、扇の隙間からその歴史的瞬間を見守った。
「皆、今宵はよく集まってくれた。建国の祝いに先立ち、私から一つ、重要な発表がある」
よく通る声が、広間の隅々まで響く。
いよいよだ。
私は小さく折り畳んだ進行表を握りしめた。
さあ、言ってください。「私の真のパートナーは、ここにいるアリア・ミルストンだ」と。
「私は長らく、自身の伴侶について考え、悩み、そして一つの答えに辿り着いた」
エリオット殿下は言葉を切ると、隣にいるアリア様を見た。
アリア様が、ニコリと彼に微笑みかけ、そして小さく頷く。
合図だ。
これで確定した。
さようなら、私の仮初めの居場所。
私は目を閉じ、その宣言を待った。
「――だが。私の光は、ここにはいない」
……え?
予想外の言葉に、私は思わず目を開けた。
会場中が「おや?」とざわめく。
エリオット殿下は、あろうことかアリア様に背を向け、壇上の階段を降り始めたのだ。
えっ、ちょっと待って。
進行表にそんな動きはない。段取りが違う。
彼は真っ直ぐに、群衆の中へと歩を進めていく。
人々が割れる。
海が割れるように、彼の進む道が開いていく。
その直線の先にいるのは――。
――私だ。
全身の血の気が引いた。
嘘でしょう。来ないで。こっちは行き止まりよ。
私は濃紺のドレスを着ているの。闇に紛れているの。見つかるはずがない。
けれど、彼の碧眼は、正確に私だけを捉えていた。
逃げようとして、足がすくむ。背後の壁が冷たい。
エリオット殿下は私の目の前まで来ると、ピタリと足を止めた。
至近距離。
頭上の巨大な**クリスタルのシャンデリア**が、彼の金髪を、そして怯える私を、残酷なほど明るく照らし出した。
「……どうして、こんな暗いところにいるんだ」
「で、殿下……? アリア様は……?」
「彼女には、自分の役割を果たしてもらっただけだ。君をここへ誘い出すためのね」
彼は悪戯っぽく笑うと、震える私の手を取り、強引に引き寄せた。
「捕まえた。もう逃がさない」
そして、彼は群衆に向かって、高らかに宣言した。
「紹介しよう! 彼女こそが、私の唯一の婚約者であり、未来の王妃――リディア・アルフェンだ!」
ドッ、と会場が沸いた。
驚き、戸惑い、そして割れんばかりの拍手。
壇上のアリア様が、誰よりも嬉しそうに手を叩いているのが見えた。
私は目の前が真っ白になった。
理解が追いつかない。
なぜ? どうして?
アリア様という「本物」がいるのに、なぜ「代用品」の私を選ぶの?
混乱する頭の中で、一つの恐ろしい仮説が組み上がっていく。
――そうか。これは「囮作戦」の延長だ。
第一王子派はまだ力を残している。法改正もまだだ。
今ここでアリア様を正式な婚約者にすれば、彼女は集中砲火を浴びる。
だから、エリオット殿下は決断したのだ。
「悪女リディア」を正式な王妃として据え、すべてのヘイトと攻撃を私に向けさせる。その影で、聖女であるアリア様を安全に匿うために。
なんて……なんて冷徹で、合理的な判断だろう。
愛する人を守るために、別の女を生涯の「盾」として王座に縛り付けるなんて。
私の胸の奥で、何かが音を立てて砕け散った。
それは淡い期待だったかもしれないし、自由への切符だったかもしれない。
けれど、同時に奇妙な納得もあった。
ええ、それなら分かります。私にはその役割がお似合いです。
「……リディア? どうした、顔色が悪いぞ」
エリオット殿下が、心配そうに覗き込んでくる。
その瞳の熱さえも、今は「演技」に見える。
貴方は本当に凄い人だ。ここまで徹底して、私を愛しているふりを貫くなんて。
私はシャンデリアの眩しさに目を細め、覚悟を決めた。
分かりました。乗りましょう、その残酷な脚本に。
貴方がアリア様を守るために私を必要とするなら、私は喜んで生涯、貴方の「偽りの妻」を演じ続けましょう。
「……いいえ、殿下。ただ、光が眩しすぎて」
私は彼の手を握り返した。
その力強さは、愛の誓いではなく、共犯者としての契約更新の証。
「謹んで、お受けいたします。……この身が朽ちるまで、貴方の隣で役割を果たします」
エリオット殿下は、ほっとしたように、そして心底嬉しそうに破顔した。
会場の拍手が鳴り止まない。
頭上のクリスタルがキラキラと輝き、私という影を、逃げ場のない表舞台へと縫い付けていた。
私の名前が埋められた進行表。
それはハッピーエンドの証明書ではなく、終身刑の判決文のように私の胸ポケットで重くなっていた。




