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悪役令嬢は脇役に徹するつもりでした  作者: 九葉(くずは)


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第19話 蒼き座面と、仕掛けられた囮

 国王陛下の寝室を隔てる深紅のカーテンが閉ざされた残像が、瞼の裏に焼き付いている。


 王宮の地下、騎士団作戦室。

 張り詰めた空気の中、私はテーブルに広げられた地図に、赤い駒を一つ置いた。


「――第一王子派の私兵団は、既に主要街道の検問を強化しています。『奇跡の娘』を連れた馬車が通れば、即座に身柄を拘束されるでしょう」


 集まった騎士団長や部隊長たちが、苦渋の表情で唸る。

 相手は腐っても第一王子だ。正面から衝突すれば内戦になりかねない。あくまで穏便に、かつ迅速に娘を保護しなければならない。


 私は手元の指示棒で、街道とは別の、森を抜ける細い獣道を指し示した。


「本命の部隊は、こちらの裏ルートを使ってください。隠密行動に長けた精鋭数名で、娘を護送します」

「しかしリディア嬢、その道は遠回りです。敵に感づかれれば追いつかれますぞ」

「ええ。ですから、敵の目を釘付けにする『極上の餌』が必要です」


 私は地図上のメイン街道に、王家の紋章が入った青い駒をドン、と置いた。


「私が、王家の馬車で街道を正面突破します」


 室内の空気が凍りついた。

 一番に反応したのは、やはり隣にいたエリオット殿下だった。


「駄目だ!」


 彼は私の肩を掴み、私の方へ強引に向かせた。その碧眼が怒りで燃えている。


「君を囮にする気か? そんな危険な真似、許可できるはずがない!」

「殿下、冷静になってください。敵の狙いは『エリオット殿下が執着している女性』です。今の王都で、私以上にその条件に当てはまる人間はいません」


 私は淡々と、事務的に告げた。

 皮肉なことだ。

 彼が私を溺愛する(フリをする)演技をしてくれたおかげで、私は今、最高のターゲットとしての価値を持っている。

 私が派手に動けば、敵は必ず食いつく。「本命の聖女を迎えに行くために、寵愛する婚約者が動いた」と勘違いして。


「私が派手に検問で揉めている間に、本命の部隊は安全に森を抜けられます。これが最も確実で、損害の少ない策です」

「損害が少ないだと? 君にもしものことがあったら……!」

「ありません。彼らは私を殺しはしません。ただの足止めです。公衆の面前で王太子妃候補を害せば、それこそウィリアム殿下の失点になりますから」


 私は嘘をついた。

 事故に見せかけた暗殺の可能性は十分にある。けれど、それを言えば彼は絶対に首を縦に振らない。


 私は彼の手を、そっと、しかし拒絶を許さない強さで握り返した。


「殿下。あの方(奇跡の娘)は、貴方の未来そのものです。未来を守るためなら、現在の些細なリスクなど安いものです」


 エリオット殿下は言葉を詰まらせ、悔しそうに唇を噛んだ。

 彼は賢い人だ。私の策が戦略的に唯一の正解であることを理解してしまっている。

 長い沈黙の後、彼は絞り出すように言った。


「……条件がある。護衛の騎士は、私の直轄部隊から最強の者をつける。そして、少しでも危険を感じたら即座に撤退しろ」

「承知いたしました」


     * * *


 一時間後。王宮の車寄せには、豪奢な王家の馬車が待機していた。

 金箔が施された扉が開かれる。


 私はステップに足をかけ、車内へと滑り込んだ。

 **蒼きベルベットの座面**に腰を下ろす。ふわりと沈み込む上質なクッション。

 本来なら、高貴な身分の女性が優雅に寛ぐための場所だ。

 けれど今の私には、これが猛獣を捕獲するための檻の中に置かれた、ただの肉片の置き場所に見える。


「リディア」


 窓越しに、エリオット殿下が私を見つめていた。

 彼は本隊の指揮を執るため、私とは別行動になる。

 その瞳には、隠しきれない不安と、そして深い愛情のような色が揺れていた。


「必ず、無事に帰ってきてくれ。……約束だぞ」

「ええ。お土産話を楽しみに待っていてください」


 私は扇で口元を隠し、余裕の笑みを作ってみせた。


 御者が鞭を振るう音が響く。

 車輪が回転し、馬車が動き出す。

 遠ざかるエリオット殿下の姿。


 私は座面のベルベットを、指が白くなるほど強く握りしめた。


 さあ、行きましょう。

 私が目立てば目立つほど、本物のヒロインは安全に彼のもとへ辿り着ける。

 

 敵の皆様、どうか私を見て。

 この豪華な馬車に乗っているのが、ただの「代役」だなんて気づかずに、全戦力を私に向けてください。

 それが、この物語における私の、最後の仕事なのですから。

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