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悪役令嬢は脇役に徹するつもりでした  作者: 九葉(くずは)


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第18話 深紅の帳と、継承される指輪

 羊皮紙の地図に引いた指の跡は、もう消えかけていた。けれど、そこに描かれた作戦ルートは、私の頭の中に焼き付いている。


 騎士団を動かすには、大義名分が必要だ。

 私たちはその足で、王宮の最奥にある「国王の寝室」へと向かった。

 本来なら一介の婚約者が立ち入れる場所ではない。しかし、エリオット殿下の強い希望と、緊急事態という名目で扉が開かれた。


 部屋に入った瞬間、鼻をついたのは独特の薬草の匂いと、澱んだ空気だった。

 窓はすべて**深紅のベルベットカーテン**で閉ざされ、昼間だというのに部屋の中は薄暗い。

 その重たい布の隙間から漏れる僅かな光が、巨大な天蓋付きベッドを亡霊のように浮かび上がらせていた。


「……来たか、エリオット」


 枯れ木のような掠れた声。

 ベッドに横たわっていたのは、かつて「獅子王」と呼ばれた現国王陛下だった。

 私の記憶にあるゲームの立ち絵よりも遥かに老け込み、痩せ細っている。


 私は音を立てないよう、絨毯の上で深く膝を折った。

 床の冷たさが、ドレス越しに膝へ伝わる。

 これが、国の頂点にある静寂。そして、終わりの気配。


「父上。急な謁見をお許しください。……西の辺境で発見された『力ある娘』について、ご裁可をいただきたく」


 エリオット殿下はベッドの脇に立ち、静かに、しかし力強く報告を行った。

 第一王子派の不穏な動き。聖女の保護の必要性。国の安定のために、彼女を王家直轄で管理すべきであるという論理。

 

 陛下は閉じていた瞳をゆっくりと開け、天井を見つめたまま言った。


「ウィリアムではなく、お前が囲うというのか。……野心を見せたな、エリオット」

「国を守るためです。あの力は、個人の欲望のために使われるべきではありません」

「綺麗事だな。だが……嫌いではない」


 陛下が僅かに口角を上げ、視線を動かした。

 その濁った瞳が、平伏している私を捉える。

 射抜かれるような感覚。老いてもなお、王の眼光は鋭い。


「その娘が、お前の選んだ『盾』か」

「はい。リディア・アルフェンです。聡明で、私の誰よりも信頼する伴侶です」


 エリオット殿下の迷いない言葉に、背筋が震えた。

 「伴侶」。

 違います、陛下。私はただのつなぎです。これから連れてくる聖女こそが、貴国の真の救世主となるのです。

 けれど、ここで否定することは許されない。私は床を見つめたまま、沈黙を守った。


「……よいだろう」


 陛下は枕元にあったサイドテーブルへ、震える手を伸ばした。

 そこには、黒いクッションの上に、重厚な黄金の指輪が置かれていた。王家の印章指輪シグネットリング

 国を動かす権力の象徴だ。


「勅命を下す。近衛を使い、その娘を保護せよ。……だが、忘れるな」


 陛下が指輪を握りしめ、エリオット殿下を睨みつけた。


「王冠の重みは、二人では背負えん。最後は、お前一人が決断し、血を流すのだ。……その覚悟が、あるか?」


 重い問いかけ。

 部屋の空気が張り詰める。

 エリオット殿下は一瞬だけ私の方を振り返った。

 私と目が合う。

 その瞳には、「君がいるから大丈夫だ」という絶対的な信頼が宿っていた。


 やめて。そんな目で見ないで。

 貴方が背負うべき相手は、私じゃない。


「――あります。私が、この国を背負います」


 彼は正面に向き直り、断言した。

 陛下は満足げに息を吐き、指輪を持った手を力なく下ろした。


「行け。……吉報を待っている」


     * * *


 退室し、重厚な扉が閉められる。

 廊下の明るさが、やけに眩しく感じられた。


「ありがとう、リディア。父上を説得できたのは、君がいてくれたからだ」


 エリオット殿下が、安堵したように私の肩に触れる。

 私は曖昧に微笑むことしかできなかった。


 陛下の命の灯火は、もう長くない。

 そう遠くない未来、あの深紅のカーテンが開かれ、新しい王が誕生する。

 その時、その隣に立っているのは、あの印章指輪の重みに釣り合う「奇跡の娘」でなければならない。


 私は彼の一歩後ろを歩きながら、拳を握りしめた。

 急がなければ。

 王の崩御という決定的な「終わり」が来る前に、舞台の配役を正さなければならない。


 あの部屋に残された黄金の指輪。

 あれは、私が触れてはいけない、物語の「本物」たちだけの聖遺物なのだから。

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