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異世界労務局は魔王にも「今日ここまで」を言わせたい  作者: ひろボ


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最終話 異世界労務局は魔王にも裁定できるのか(完)

 魔王城監査から、そう遠くないある日。


 王都の王立労務局の一室。


 レオン・グラハムは、

 自分の机の上に置かれた一枚の板の写しを

 じっと見下ろしていた。


 《魔王勤務表 一日目(試行)》


 朝の儀式。

 儀式後休憩。

 A案件決裁。

 湯気の立つ昼飯。

 代行者育成案。

 夜の呼び出し二回。


 そして、

 最後の欄。


 《今日ここまで》


 『世界は、少しはマシになったか? 保留』


 魔王の字は、

 どこか不器用で、

 しかし妙に真面目だった。


(さて)


 レオンは、

 板の写しをそっと手に取り立ち上がる。


(ここから先は、

 こちら側の番だ)


 *


 王城・謁見の間。


 前と同じく、

 王は玉座に座り、

 宰相がその隣に控えていた。


 中央に立つレオンの横には、

 勇者庁からアレクとナナ、フィル。


 そして少し離れて、

 魔王側からの立会人として

 ギルゼン・ヴァルナの姿もあった。


「――以上が、


 魔王城労務監査の結果、

 および『『魔王勤務表 一日目(試行)』の概要です」


 レオンは

 淡々と報告を終える。


 謁見の間に、

 短い沈黙が落ちた。


 王は、

 手元の写しをじっと見つめていた。


「『『儀式後休憩:済』、か」


「はい」


「『『湯気の立つ飯×二回』」


「はい」


「『『世界は少しはマシになったか? 保留』」


 王は、

 そこでふっと笑った。


「『『保留』とは

 なかなか正直な魔王だな」


「そこに関しては、

 意見を同じくいたします」


 ギルゼンが

 控えめに口を挟む。


「『『十年』を見れば、

 『『一日で世界がマシになった』などと

 軽々しくは書けませんので」


「……問題は、

 そこではありません」


 宰相が口を開いた。


「陛下。


 『『異世界労務局は魔王にも裁定できるのか』という問いに、


 彼らはこれをもって

 『『一日分は、できた』と

 答えようとしています」


「ふむ」


 王は、

 板の写しから視線を外し

 レオンたちを見る。


「『『一日分』か」


 その視線を、

 レオンは真正面から受け止めた。


「はい。


 そして――


 今回は陛下にも、

 同じことをお願いしたく参りました」


 謁見の間の空気が、

 わずかに緊張する。


 宰相が眉をひそめる。


「レオン・グラハム」


「はい」


「お前は今、

 何を言おうとしているか分かっているか」


「『『王の勤務表』を

 作らせていただきたい、と」


 レオンは、

 あえてはっきりと言った。


「『『魔王の十日』に

 『『今日ここまで』の欄』を作ることを求めた以上――


 この国の王の十日にも

 同じ欄を作るべきだと考えます」


 アレクが横で

 小さく肩を竦める。


「あとで俺も怒られるやつだな、これ」


「自覚があるなら黙ってて」


 ナナが小声で突っ込み、

 フィルは緊張して固まっていた。


 *


「ギルゼン」


 王は、

 闇側から来た客人に視線を向けた。


「そちらの魔王は、

 この『『魔王勤務表』とやらを

 受け入れたのか」


「『『一日だけなら』、という条件付きで」


 ギルゼンは頷く。


「『『一日』の終わりに、

 『『どこが譲れないか』『『どこが譲れるか』を

 自ら板に書き込まれました」


「その結果が、

 この『『保留』か」


「はい」


 ギルゼンは、

 わずかに口元を緩めた。


「『『十夜』の時と同じく、

 陛下は『『途中で答えを決める』のを

 あまり好まれません」


「……なるほど」


 王は、

 ひとつ息を吐いた。


「『『魔王が板の前に立つ』世界、か。


 面白いものだ」


 そこで、

 王の視線が

 再びレオンへと戻る。


「レオン・グラハム」


「はい」


「お前は、

 私にも同じことをしろと言うのだな」


「『『お願い』です」


 レオンは頭を下げる。


「『『命令』ではありません。


 『『裁定案』として、


 『『王の今日ここまで』を

 板に載せることを

 ご検討いただきたい」


 *


 謁見の間に、

 長い沈黙が落ちた。


 王は、

 しばらく玉座の肘掛けを

 指で軽く叩いていたが、


 やがてくすりと笑った。


「……アレク・ローウェン」


「はっ」


「お前はどう思う」


 突然振られ、

 アレクは軽く目を瞬かせた。


「あー……正直に言っていいなら」


「正直に言え」


「『『正直、めんどくさいな』と思います」


 宰相が頭を抱え、

 ナナが「ちょっと!」と肘でつつく。


 しかしアレクは続けた。


「でも、


 『『魔王の今日ここまで』を板に書かせておいて

 『『王の今日ここまで』は見ない』っていうのは、


 勇者としても

 さすがに座りが悪いです」


「座りが悪い、か」


「はい。


 『『世界のために働け』って言う側の人間が、


 『『誰の十日がどこで止まってるか』を

 ちゃんと見ないのは、


 さすがに

 勇者の看板に泥を塗るなって」


 王は、

 ふっと目を細めた。


「『『看板に泥』など、

 とっくに塗られている気もするが」


「それ以上は塗りたくないです」


 アレクは肩を竦めた。


「なので、


 『『魔王勤務表』を見てしまった以上、

 『『王の勤務表』もやるしかないなと」


 *


「――よかろう」


 王は、

 ようやく決断した。


「『『一日だけ』だ」


 宰相が

 驚いて王を見る。


「陛下!?」


「『『魔王』が一日だけ預けたというなら、


 『『王』が一日も預けられぬとは

 言えまい」


 王は、

 板の写しを軽く持ち上げた。


「条件は同じだ。


 『『一日目(試行)』として、


 『『王勤務表』とやらを

 立てさせてみろ」


 レオンは、

 深く頭を下げた。


「ありがたき幸せ」


「ただし」


 王は続けた。


「三つ、条件がある」


 どこかで聞いた構図だ、と

 レオンは内心で苦笑した。


「ひとつ。


 『『魔王の十日』と同様、


 『『王の一日』の記録も

 光と闇、両方の板の人間で共有すること」


「承知いたしました」


 ギルゼンが静かに頭を垂れる。


「二つ」


 王は指を二本立てた。


「『『王の勤務表』を作るにあたり、


 『『長屋や衛兵、勇者庁』の一日の板も

 同時に見直すこと」


 ヨアナの目が

 わずかに丸くなった。


「『『上だけ』を変えても、

 下が変わらぬのでは

 板がちぐはぐになる」


 王は、

 自嘲気味に笑った。


「『『王だけ休める世界』も、

 あまり趣味がよくない」


「……ごもっともです」


 レオンは頭を下げる。


「そして三つ目」


 王は最後の条件を告げた。


「『『今日ここまで』の欄に何を書くかは――


 私が決める」


 その瞳が、

 どこか意地悪く笑った。


「『『世界は少しはマシになったか? 保留』でも、


 『『今日もよう働いた。文句あるか』でも、


 好きに書かせろ」


 レオンは、

 思わず笑ってしまった。


「もちろんです」


 *


 こうして、

 王都にも

 新しい板が立てられることになった。


 《王勤務表 一日目(試行)》


 朝の祈り。

 政務報告。

 謁見。

 昼食(湯気の立つもの)。

 午後の協議。

 夕刻の文書確認。

 夜の非公式会合。


 そのすべてを、

 初めて「一日」として

 線で区切る試みが始まった。


 王は、

 初日の終わりに

 こう書いたという。


 《今日ここまで》


 『今日もよう働いた。文句あるか』


 ――そして、

 その下に小さく。


 『世界は、昨日より少しだけマシになったと思いたい 保留寄りの○』


 玉座の上で、

 王は自分でそれを書きながら

 肩を竦めた。


「『『板の人間』の言葉に

 引っ張られたな」


 宰相は、

 ため息をつきながらも

 どこか安堵した顔でそれを見ていた。


 *


 それからのことを、

 誰かが丁寧に書き残しているわけではない。


 ただ――


 魔王城では、

「儀式後休憩」の欄は

 その後も消えなかったと聞く。


 代行者育成案は、

 少なくとも一度

 実験段階まで進み、


「魔王が一晩中呼び出され続ける」夜は

 目に見えて減っていったらしい。


 食堂では、

 料理長が「三回目の湯気」に

 いまだこだわり続け、


 板の隅には

 ちょくちょく

 『今日も二回まで。三回目は未達』と

 愚痴のようなメモが増えていった。


 王都では、

 王の勤務表は

 週に一度だけ板に載せられ、


 その写しを見た長屋の住人たちが

 あれこれ勝手に噂話をした。


「王様もちゃんと飯食ってたんだな」


「意外と歩いてる時間が長いねぇ」


「勇者庁のほうが

 逆に真っ黒じゃない?」


 勇者庁では勇者庁で

「勇者勤務表」が立てられ、


 アレクは自分の欄に

 『昼寝』をねじ込めるかどうかで

 毎週ヨアナと口論していた。


「『『昼寝』は業務じゃない」


「『『昼寝』で頭を冷やす時間がないと

 変な判断しそうになるんですよ」


 ナナはその横で、

 食堂の板をいじり続けた。


 『湯気の立つ飯』欄は、

 いつしか王都のあちこちの板に

 真似されるようになっていた。


 衛兵隊。

 長屋の炊き出し。

 孤児院。


 誰が最初に言い出したのかは、

 もう誰も覚えていない。


 ただ、

 その始まりの一行が

 魔王の板にあったことだけは、


 板の人たちだけが

 ちゃんと覚えていた。


 *


 幾ばくかの年月が流れたあと――


 王立労務局の古い書庫の片隅で、

 ひとりの見習い職員が

 埃まみれの箱を開けて眉をひそめた。


「……これ、なんですか?」


 棚の奥から

 出てきたその箱には、


 古びた板の写しが

 ぎっしりと詰まっていた。


 『十日間総力戦』の板。

 『魔王勤務表 一日目(試行)』の板。

 『王勤務表 一日目(試行)』の板。


 どれも、

 今から見れば

 少し粗削りな記録だ。


 見習いは、

 そこに挟まれていた

 一枚の紙に気づく。


 《※この箱の中身は、


 『『異世界労務局は魔王にも裁定できるのか』という問いに

 『『一日分ずつ』答え続けた記録である》


「なんですかこれ」


 見習いが首を傾げると、

 背後から

 年配の職員の声がした。


「昔の話さ」


 振り向けば、

 白髪混じりのレオン・グラハムが

 棚にもたれて立っていた。


「『『世界を十日で何とかしようとした連中』がいてね」


「十日で、ですか?」


「そう。


 結局十日じゃ足りなくて――


 『『一日』にまで細かく刻んで

 『『今日ここまで』と書いていくしかないって

 悟った連中の記録だ」


 見習いは、

 くしゃみをひとつして

 箱の中を覗き込んだ。


「今の勤務表と、

 ずいぶん違いますね」


「違うところもあるし、

 変わってないところもある」


 レオンは笑う。


「『『湯気の立つ飯』なんて欄は、

 今でもあちこちに残ってるだろう?」


「ああ、あれって……」


 見習いの頭の中で、

 いろんな板の端に書かれた

「湯気」の字が繋がっていく。


「最初は、

 ひとつの魔王城の板の隅に

 書かれただけだったんだがな」


 そう言って、

 レオンは箱の蓋を

 そっと閉じた。


「――さて」


 彼は、

 今度は自分の机のほうへ向き直る。


 そこには、

 新しい時代の「板」が

 立てられている。


 《本日の局勤務表》


 『新人研修』『板の使い方講義』『現場巡回』『書類整理』


 欄外には、

 見習いの緊張した字で

 こう書かれていた。


 《※今日ここまで:


「板は怖くない」と少し思えるようになった 保留》


 レオンは、

 それを見て笑った。


「――いい『保留』だ」


 *


 世界は今日も、ほんの少しだけマシになった――


 少なくとも、


「誰かひとりが全部背負って当然だ」と

 思い込んでいた世界に、


 『『魔王勤務表』と『『王勤務表』、

 そして数え切れないほどの

「今日ここまで」の欄が


 十年、百年と

 増え続けてしまった分だけ。


 そして、


 『『異世界労務局は魔王にも裁定できるのか』という問いに、


 ――『できる。ただし、


 『『魔王の十日』を一緒に見て、

 『『今日ここまで』と書ける板を

 一枚でも立てる覚悟があるなら』


 と答える者たちが

 確かに何人も

 この世界に生まれてしまった限りは。


 板の前に立ち続ける誰かが、

 今日もどこかで

 小さくため息をつきながら


 『今日ここまで』と

 チョークを走らせている限りは。


 ――


 異世界労務局は、

 きっとこれからも


 魔王にも、王にも、勇者にも、

 そして名もなき誰かの十日にも、


 少しずつ、少しずつ

 裁定を提案し続けていくのだろう。


 おわり。

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