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異世界労務局は魔王にも「今日ここまで」を言わせたい  作者: ひろボ


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四十九話 「今日ここまで」を言う魔王

 その日は、

「魔王勤務表 一日目(試行)」と

 板に大書された、

 まさにその日の続きだった。


 朝の継ぎ目補強儀式を終え、

 魔王が最初に書き込んだ一行。


 『儀式後休憩:これから取る』


 ――板の上では、

 たった十数文字。


 だが実際にそれを

 やろうとすると、


 魔王城の廊下には

 目に見えない「ざわめき」が

 波紋のように広がっていった。


 *


 魔王城・小休憩室。


 簡素な寝台がひとつと、

 椅子と小さな机。


 そこに魔王が入ってきたとき、

 すでに部屋には

 銀の盆が置かれていた。


 湯気を立てるスープと、

 柔らかそうな白パンが二つ。


「……用意が早いな」


「板に載った瞬間から

 準備してましたからね」


 壁際に立っていたナナが、

 胸を張る。


「『儀式後休憩:これから取る』って

 書いた時点で、


 『『これから取るなら

 『『何か腹に入れたほうがいい』だろうなって」


「……そういうところだけ

 抜け目がないな、お前たちは」


 魔王は苦笑し、

 椅子に腰を下ろした。


 その瞬間――


「陛下、こちら書類の――」


 扉が開きかけ、

 側近の一人が束ねた紙を抱えて

 飛び込んでこようとした。


 ナナが、

 待ってましたとばかりに

 板を指さす。


「ストップ」


「なっ」


 側近が固まる。


「『『儀式後休憩(必須/邪魔禁止)』、

 って書いてあるの見えません?」


 小休憩室の入口の脇には、

 臨時の小さな黒板が掛かっていた。


 《本時間帯:魔王勤務表「儀式後休憩」


 ※『邪魔禁止』。緊急案件はギルゼンまで》


 そこには、

 ギルゼンの字で

 しっかりと「邪魔禁止」が書かれている。


「緊急じゃないなら、

 全部ギルゼンさんのところに回して下さい」


「し、しかし――」


「『『休憩時間に仕事を持ち込まれる』のは、

 働き方として一番まずいパターンだって、


 王都で散々やりましたから」


 ナナは容赦がない。


「陛下が『『邪魔していい』って仰いましたか?」


 側近が

 おそるおそる魔王を見る。


 魔王は、

 スープの匂いを一度吸い込んでから

 短く言った。


「……ギルゼンのところへ持っていけ」


「はっ」


 側近は、

 悔しそうに一礼して去っていった。


 扉が閉まる。


 ナナは小さくガッツポーズをした。


「勝ち取りました、一皿分」


「『『勝ち取る』ほどのものか?」


「はい。


 『『湯気の立っているあいだに食べる飯』は、

 けっこう貴重なんです」


 魔王は、

 肩の力をわずかに抜いた。


 湯気を立てるスープを

 一口すする。


 優しい塩気と、

 骨から出た旨味が

 疲れた身体に染み込んだ。


「……思っていたより、

 うまいな」


「料理長に伝えておきます」


 ナナが笑う。


「『『一回分』、取り返しましたって」


 *


 休憩のあとの午前の執務は、

「ふるい役」が初めて本格的に

 機能する時間になった。


 兵站局の一室には、

 魔王宛の書類が

 いったんすべて集められる。


 そこに立っているのは――

 ギルゼンとレオン、

 それに数名の選ばれた官吏たち。


 《本日午前 決裁ふるい板》


 『A:魔王決裁必須』

 『B:魔王確認推奨(補佐決裁可)』

 『C:担当局で完結可』


 板の前で、

 ギルゼンが書類を手に取り

 分類していく。


「北方砦の補給計画の修正案――A」


「地下街治安報告、

 定例分――C」


「異国商人の滞在延長願い――」


 少し迷ったあと、

 レオンが口を開く。


「『『一度却下されている案件』ですか?」


「そうだ」


「なら、まずBに。


 担当局で再検討させ、

 『『どうしても』と思うなら

 Aに上げる線でどうでしょう」


「異議なし」


 ギルゼンは、

 書類をBの箱に入れた。


 次々に分類されていく紙束。


 やがて――


「……これは」


 ギルゼンが

 一枚の書類の前で手を止めた。


「『『継ぎ目補強儀式の代行者候補、育成計画』」


 レオンも覗き込む。


 魔王以外の者が

 朝夕の儀式の一部を

 肩代わりできるようにするための

 長期計画案。


 しかし、

 文末には

 小さな字でこう書かれていた。


 《※過去に二度、提出し見送り》


「これは――」


「A、でしょう」


 レオンは迷わず言った。


「『『魔王の十日』を

 十年に伸ばす話ですから」


「同感です」


 ギルゼンは頷く。


「『『これをBやCに落とす』のは、

 我々の怠慢だ」


 書類が、

 Aの箱に収まる。


(――『『譲れる線』と

 『『譲れない線』)


(『『儀式そのもの』は譲れなくても、

 『『儀式を一人で抱えること』は

 譲れるかもしれない)


 レオンは、

 板の端に小さくメモを取った。


 *


 午前の終わり。


 魔王の机の上に残ったのは、

 A案件だけだった。


 それでもまだ山は高い。


 だが、

 昨日までよりは

 いくらか低い。


「――ふむ」


 魔王は、

 ざっと目を通して

 ペンを走らせていく。


 決裁のスピードは

 相変わらず速い。


 ただ、

 ふとペンを止めて

 こう言った。


「『『BやCに落ちた分』は、

 ちゃんと誰かが拾っているんだろうな」


「拾っております」


 ギルゼンが即座に答える。


「『『魔王の机から落ちた』のではなく、

 『『魔王の机に上げる前に

 別の机に乗せた』だけです」


「言い回しが巧みだな」


 魔王は、

 わずかに笑った。


「『『全部自分の机に積まれていた』ほうが

 楽なときもあるが」


「『『楽』と『『持つ』は別です」


 レオンが静かに言う。


「『『全部を自分の机で抱えるほうが

 短い十日には楽』でも、


 『『十年』には耐えません」


 魔王は答えず、

 再びペンを動かし始めた。


 *


 昼。


 魔王城の食堂。


 長いテーブルが並び、

 兵も官吏も同じ空間で

 飯を食べる時間帯。


 その入口に

 魔王の姿が現れたとき、


 空気が

 ぴんと張りつめた。


「……」


 誰もが箸を止め、

 一瞬だけ立ち上がりかける。


 その前に、

 料理長の怒鳴り声が飛んだ。


「座ってろ!」


 全員がビクッとなる。


「『『湯気が逃げる』だろうが!


 陛下だって腹は減るんだ!


 『『同じ飯を食ってるだけ』だ!


 いちいち立つな!」


 魔王は、

 少しだけ目を細めて

 料理長を見た。


「……相変わらずだな、お前は」


「相変わらずで結構!」


 料理長は胸を張る。


「『『一日三回のうち二回は

 湯気が立ってるうちに食わせろ』って、


 板に書いたのは

 そっちの連中だ!」


 ナナが、

 小さく親指を立てた。


 魔王は、

 食堂の一角に

 用意された席に座る。


 魔王の前に

 湯気の立つ皿が運ばれる。


 周囲の視線が、

 落ち着かない。


 ひとりの官吏が、

 恐る恐る近づいてきた。


「陛下、本日の午後の案件で――」


「おい」


 先に声をかけたのは、

 ギルゼンだった。


 食堂の入口に

「食事中」の札が掛けられている。


 その下に、

 小さな板。


 《魔王勤務表 昼:「食事(必須/三十分以上)」


 ※『『業務の持ち込み禁止』》


「『『板を見ろ』」


 ギルゼンは

 官吏の手元の書類を指さす。


「『『三十分後』に

 私のところへ来い。


 『『それでも陛下に直接』と判断したなら、

 そこからだ」


 官吏は顔を赤くし、

 慌てて頭を下げて引き下がった。


 魔王は、

 湯気の立つ皿を見下ろしたまま

 ぽつりと言った。


「三十分か」


「短すぎます?」


 ナナが尋ねる。


「『『長すぎる』と言う者も

 いるだろうがな」


 魔王は、

 スプーンを取り上げた。


「『『湯気の立っている飯』が

 これほど贅沢だとは、


 昔は思わなかった」


 その横顔を、

 料理長がちらりと見た。


 何も言わず、

 次の鍋の蓋を開ける。


 *


 午後。


 魔王勤務表の「ふるい」は、

 あちこちの板で

 少しずつ機能し始めていた。


 衛兵隊の当直表には、

 小さな注記が増えている。


 《※本日、魔王陛下の夜間呼び出し上限:二回


 緊急度の判断は当直隊長+ギルゼン》


 情報局の板には、


 《『『陛下に直接報告したい』案件は、

 一度ふるい役へ》


 と太字で書かれていた。


 文化は一日では変わらない。


 だが「板」があることで、

 少なくとも

「どこに線が引かれたか」は

 目に見えるようになっていた。


 *


 夕刻。


 ふたたび継ぎ目補強儀式。


 朝と同じ部屋で、

 魔王は闇の力と格闘する。


 だが今度は、

 部屋の隅に

 見慣れないものが増えていた。


 小さな椅子と机。


 そこに、

 一人の魔術師が座っている。


 年齢はそれほど高くない。


 だが、

 額には細かな刻印があり、

 手には儀式用の杖。


 ギルゼンが

 小声で説明した。


「『『代行者候補』のひとりです。


 今日は『『見学』と

 簡単な補助だけですが」


「ふむ」


 魔王は、

 儀式陣の光の揺らぎに集中しながら

 短く応じた。


 闇の流れが

 暴れようとするたびに、


 魔王の足元の光が強くなり、

 代行者候補の杖の先も

 わずかに光を帯びる。


 全部を任せるには

 まだ心許ない。


 しかし――


(『『『いつか誰かが代われるように』という欄』が

 今日Aの箱に入った)


(『『十年』で見れば、

 この一歩は遅すぎるくらいだ)


 レオンは、

 儀式室の外で

 板にメモを取りながら

 そう思っていた。


 *


 夜。


 魔王勤務表には

 最難関の時間帯がやってきた。


 『夜:呼び出し上限 二回まで』


 最初の呼び出しは、

 比較的分かりやすい緊急案件だった。


 北方の小さな村の

 魔物被害。


 放置すれば

 明け方までに被害が広がる。


 ギルゼンと当直隊長の判断で、

 これは「一回」に数える。


 魔王は短時間で

 派遣戦力と対応方針を決め、

 再び寝台に戻った。


 二度目は、

 少し難しい案件だった。


 南方の商隊が、

 予定より早く

 境界線近くに到着したという報告。


 本来なら明日の朝

 対応すれば間に合う。


 だが、

「魔王に直ちに報告を」という

 付箋が付いている。


 ギルゼンは、

 しばし板を見つめた。


 《本日残り呼び出し枠:一》


 当直隊長が

 困惑した顔で言う。


「『『念のため』

 お耳に入れておくべきかと」


「『『念のため』で

 枠を使うのは、

 今日の趣旨に反します」


 ギルゼンは首を振る。


「『『『それでも今夜でなければ』という理由』を

 もう一度聞いてください」


 使者が戻ってくる。


「『『光側との新しい取引条件』に関わる話で、

 書面では……その……」


 当直隊長が言い淀んだところで、

 背後から声がした。


「『『書面では』伝えづらい話は、

 概して感情の問題だ」


 魔王だった。


 寝間着姿のまま、

 扉のところに立っている。


「……お休みになっていたのでは」


「『『呼び出し枠が残っている』のなら、

 どうせ呼ばれると思ってな」


 魔王は苦笑する。


「『『感情の問題』なら、

 今夜聞いておいたほうが

 明日の板が荒れずに済む」


 ギルゼンが

 板を見た。


 『二回目』の枠が、

 そこに残っている。


「陛下」


「分かっている」


 魔王は

 自ら板に近づいた。


 チョークを取り、

 夜の欄の横に

 小さく書き足す。


 『二回目呼び出し:南方商隊感情案件(短時間)』


「『『どの枠を何に使ったか』は、

 板が覚えている。


 ――いいだろう?」


 ギルゼンは

 静かに頭を垂れた。


「……異議なし」


 呼び出し枠二回は、

 これで使い切られた。


 三件目の報告が来たのは、

 それからしばらくたってからだ。


「とても急いでいる」と言って

 駆け込んできた若い官吏に、


 当直隊長は

 板を指さして言った。


「『『本日の呼び出し枠は

 既に使い切りました』」


「でも――!」


「『『明日の朝一番』に

 ふるい役に回す。


 それで間に合わない内容なら、

 今すぐここで

 説明してみろ」


 官吏は

 言葉に詰まった。


 言葉が出ない、

 ということは――


「今すぐ」でなくても

 いいということだ。


 ギルゼンは、

 その様子を見届けて

 そっと板の端に一行書き足した。


 《※三件目:翌朝に回しても支障なし》


(――『『呼び出し上限』は、

 ただの数字じゃない)


(『『『考えなしに使ってきた「念のため」』に

 ブレーキをかける枠だ)


 *


 夜の終わり。


 魔王城の一室に、

 魔王とレオンたちが

 再び集まっていた。


 白い板には、

 今日一日の欄がびっしりと埋まっている。


 『朝:儀式(済)/儀式後休憩(済)』

 『午前:A案件決裁×○件/B・C委任×○件』

『昼:食事(湯気の立っているうちに完了)』

 『午後:報告聴取・長期案件検討(代行者育成案含む)』

 『夕刻:儀式(済/代行候補見学)』

 『夜:呼び出し二回使用/三件目翌朝送り』


 欄外には、

「良かった点」「無理が出た点」が

 双方の字で書き込まれていた。


 《良かった点》


 ・儀式後休憩を確保→午後の集中力が上がった(本人談)

 ・A案件の選別により、「誰でもよい決裁」が減った

 ・昼食時間が板に載ったことで、周囲が空気を読みやすくなった


 《無理が出た点》


 ・決裁の一部が翌日に回り、机の隅に新しい「山」が発生

 ・呼び出し上限二回は「ギリギリ」感あり(当直談)

 ・「魔王に直接言いたい」文化があちこちで抵抗


「――『『完璧』には程遠いですね」


 ヨアナが、

 率直に言った。


「一日で

 ここまで回ってしまうとは

 思いませんでしたけど」


「『『翌日に回った分』は、

 明日の板が泣きそうですね」


 ナナが苦笑する。


「でも『『いつも通り』だと、

 泣いてるのは

 陛下の胃だけなんですよね」


「胃だけで済んでいるかどうか」


 フィルがぼそりと言い、

 アレクが肩を竦めた。


「『『完璧』じゃなくていいんですよ」


 アレクは板を見上げる。


「『『十日』を一日で直そうとしてるわけじゃない。


 『『十年』を少しマシにするために、

 今日一日分の線を

 引き直してるだけです」


 魔王は、

 黙って板を眺めていた。


 やがて、

 チョークを取り上げる。


「『『譲れない』ところから

 言おう」


 静かな声で

 言葉を紡いでいく。


 『儀式後休憩:必須。削れない』


 『代行者育成:A案件のまま。加速したい』


 『呼び出し上限:二回は維持。ただし「緊急度判断」の教育が必要』


 『昼食:「湯気の立つ飯」二回は譲らない』


 最後の一文を書いたところで、

 ナナが小さくガッツポーズをしたのを

 誰も咎めなかった。


「『『譲れる』ところは?」


 レオンが問う。


 魔王は少し考え、

 別の欄に書き足す。


 『午前・午後の「長期案件」枠:


 週に一日は減らしてもよい』


 『「魔王が直接聞きたい」と思う案件:


 週に一度、「直行便の時間」を作る』


「『『全部ふるい役を通す』のではなく、


 『『『この時間だけは直接持ってこい』という枠』を

 作ったほうが、


 むしろ板が静かになるだろう」


 魔王は言う。


「『『『誰でもいいから直接陛下に』』と叫ぶ者たちを、


 『『『この時間なら来い』と言える場所』に集める」


「なるほど」


 ギルゼンが頷く。


「『『ふるい役』のほうが

 楽になりますね」


「『『楽にしろ』と言っているわけではない」


 魔王は、

 わずかに笑った。


「『『板の人間』が

 『『全部真面目にふるい続ける』世界』も、


 さすがに

 疲れるだろう」


 レオンが苦笑する。


「陛下も

 だいぶ『『板の人』寄りになってきましたね」


「それを言うなら、

 お前たちがこっちに寄ってきたんだろう」


 魔王は、

 軽く肩をすくめた。


 *


「――さて」


 ひと通り書き終えたあと、

 魔王は板の前で

 チョークを置いた。


「『『今日ここまで』だ」


 その一言に、

 部屋の空気が

 わずかに震えた。


 レオンは、

 静かに息を吸い込む。


 板の最下段に、

 魔王の字で

 新しい欄が増えていく。


 《今日ここまで》


 『継ぎ目補強×二回/休憩×一回』

 『決裁A案件○件/B・C委任○件』

 『代行者候補育成案、再浮上』

 『呼び出し二回/三件目翌朝』

 『湯気の立つ飯×二回』


 そして、

 最後の一行。


 『世界は、少しはマシになったか? 保留』


 それを書き終えたあとで、

 魔王はふっと笑った。


「『『保留』、だな」


 レオンは、

 胸の奥が熱くなるのを感じながら

 言葉を探した。


「……『『保留』と書けるだけでも、

 十分に前に進んでいると思います」


「そうか」


「はい。


 『『考える余地がないほど

 詰め込まれていた十日』から、


 『『今日一日をどうだったかと言い合える日』に

 変わっているので」


 アレクも、

 いつになく真面目な声で付け加えた。


「『『魔王が『今日ここまで』って言って

 寝に行く世界』は、


 少なくとも

 俺には前よりマシに見えます」


 魔王は、

 板から視線を外し

 窓の外を眺めた。


 城の外には、

 相変わらず

 重い雲。


 だが、

 儀式室の光と、

 食堂の湯気と、

 兵たちの当直表。


 そのどこかに、

 今日立てられた白い板が

 確かに存在している。


「……『『明日』はどうする」


 魔王が問う。


「『『今日と同じ』を続けるのか」


「『『今日の修正版』を続けるのが

 いちばん現実的かと」


 レオンが答える。


「『『魔王勤務表 一日目(試行)』は、

 今日で終わりです。


 明日からは――


 『『陛下の裁定を反映した

 『『二日目以降』の板』になる」


 ギルゼンも、

 黒板のほうに

 小さく枠を書き足す。


 《魔王勤務表 二日目以降:


 ・本日の「譲れない」「譲れる」を反映》


 魔王は、

 短く笑った。


「『『異世界労務局は魔王にも裁定できるのか』、か」


 彼は、

 自分の書いた「今日ここまで」の欄を指さした。


「『『少なくとも一日分』は、

 お前たちに

 裁定させてしまったらしい」


「『『一日分』だけではありません」


 レオンは首を振る。


「『『この板』は、

 光側と闇側の板の人間に共有されます。


 そして――


 王都に戻ったら、

 我々は自国の王にも

 同じ型の板を立てるつもりです」


 魔王の紅い瞳が、

 少しだけ興味深そうに光る。


「『『王の今日ここまで』、か」


「はい」


 アレクが、

 肩を回しながら笑った。


「『『魔王の勤務表』は、

 『『王の勤務表』の

 練習台にされましたね」


「不敬ではないか、それは」


「両方に対して不敬なので、

 帳尻は合ってます」


 ナナがしれっと言い、

 ヨアナが小さくため息をつく。


 *


 その夜遅く。


 魔王城の厨房では、

 料理長が

 ひとりで鍋の蓋を開けていた。


「……三回目の湯気は、

 さすがに今日は無理だったな」


 鍋から立ち上る湯気を

 ぼんやり眺めながら呟く。


 そこへ、

 ナナが顔を出した。


「料理長」


「どうだった」


「『『二回』は確定です。


 『『三回目』は――


 『『明日の課題』って板に書いてました」


「そうか」


 料理長は、

 ふっと笑った。


「『『明日の課題』って言葉、

 嫌いじゃない」


「私もです」


 ナナも笑う。


「『『今日で終わり』じゃないってことだから」


 *


 世界は今日も、ほんの少しだけマシになった――


 少なくとも、


「魔王は働き続けて当然だ」と

 誰も疑わなかった世界に、


 『『魔王勤務表 一日目(試行)』という板と、

 『『儀式後休憩:済』と

 『『湯気の立つ飯×二回』と


 『『今日ここまで』の欄に

 『『保留』と書いた魔王の字が


 確かに一日分

 残ってしまった分だけ。


 そして、


 その板の写しが

 光側の王都へ運ばれ、


「では、王の勤務表はどうするのか」という

 同じくらい面倒で真面目な問いを

 次に突きつける燃料になることが


 すでにほぼ確定してしまっている限りは。

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