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異世界労務局は魔王にも「今日ここまで」を言わせたい  作者: ひろボ


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四十六話 魔王城監査、合同チーム立ち上がる

 中立地砦での会合から、三日。


 王立労務局の一室では、

 レオン・グラハムが

 いつもの板とは別の板の前に立っていた。


 《中立地監査案》


 その下に、

 まだ項目は少ない。


 『目的:魔王陛下の労務実態把握』

 『手段:光・闇合同監査チームによる現地視察』

 『前提:暗殺・捕縛・政変を目的としない』


 ――最後の一行だけ、

 妙に太い字で書かれている。


「……『前提』のところ、

 もう少し柔らかい言葉にできませんかね」


 ヨアナ・バルクが、

 肩越しに板を見上げながら言った。


「『『暗殺はしません』って

 板にでかでかと書いておくの、

 逆に怪しく見えません?」


「現実問題として、

 まずそこを疑われるからな」


 レオンは、

 チョークを指先で弾いた。


「『『勇者庁と労務局が魔王城に行く』と聞いて

 暗殺じゃないと思うほうが

 どうかしている」


「それはそうですけど」


 ヨアナは、

 溜息まじりに笑う。


「……陛下、

 ほんとによく『行ってこい』って

 おっしゃいましたね」


「『『どうせ誰かがいずれやる。


 なら、

 板の前に立っていた者が行ったほうが

 まだマシだろう』と」


 レオンは、

 王に報告したときの光景を

 思い出していた。


 *


 王城・謁見の間。


「魔王城への労務監査」の話を

 聞き終えた王は、


 しばらく黙って

 肘掛けを指で叩いていた。


「……『『異世界労務局は魔王にも裁定できるのか』か」


「はい」


 レオンは頭を下げた。


「もちろん、『『倒す』意味での裁定』ではなく、


 『『今日ここまで』と言わせるための

 労務監査』として、ですが」


「分かっている」


 王は目を閉じ、

 短く息を吐いた。


「『『あちらの板の人間』から

 その提案が出た』というのが、

 皮肉であり、救いでもあるな」


 宰相が横から口を挟む。


「陛下、

 危険もございます。


 『『魔王城に勇者庁と労務局の人間を送る』となれば、

 国内でも必ず反発が出ましょう」


「『『行かせない』と言えば、

 別の種類の反発も出る」


 王は目を開けた。


「『『魔王の十日』を

 板に載せようとする機会』を、


 ここで潰してしまうのは惜しい」


 視線が、

 レオンに向けられる。


「レオン・グラハム」


「は」


「お前はどう思う。


 『『行くべきだ』か

 『『行くべきではない』か」


 問いは、

 思った以上に素直だった。


 レオンは、

 ほんの一瞬だけ迷ってから答えた。


「……『『行かない』という選択肢を

 板の上から消したくありません」


 自分でも驚くほど、

 はっきりと言葉が出た。


「『『行っても何も変わらない』かもしれません。


 『『魔王だけは例外だ』と言われて

 追い返されるかもしれません。


 ――ですが、


 『『魔王だけは例外』という欄』を

 板の上に固定する前に、


 一度は

 『『魔王にも欄を作れませんか』と

 言いに行きたいのです」


 謁見の間に、

 短い沈黙が落ちた。


 やがて、

 王はゆっくりと頷いた。


「……よかろう」


 宰相が驚いた顔を向ける。


「陛下!?」


「『『世界はまだ少しだけマシだと思いたい』と

 板に書く者を、


 わざわざ呼んでおいて

 何もさせぬのも

 勿体ないだろう」


 王は、

 冗談めかして言い、


 すぐに真顔に戻った。


「条件がある」


「条件、でございますか」


「まず一つ。


 『『勇者庁は同行させるが、

 武装は必要最小限』」


 アレクが

 後ろでこっそり肩を竦める気配がした。


「二つ。


 『『監査の全記録は、

 『『両国の板の人間』で共有すること』」


「……それは」


 宰相が眉をひそめる。


「『『魔王の働き方』を

 こちらだけで握るのは、

 危うい」


 王は、

 静かに続けた。


「『『板の上で嘘をつく』ことはできても、

 『『板そのものをなかったことにする』のは

 難しい。


 ――ならば、

 最初から『『同じ板』を

 双方で持っておけばいい」


「……陛下は時々、

 労務局の人間じみたことをおっしゃいますね」


 宰相が苦笑し、

 レオンは思わず吹きそうになって

 慌てて頭を下げた。


「三つ目」


 王は、

 最後の条件を告げた。


「『『自国の板』にも、

 同じことをする覚悟を持つこと」


 その言葉に、

 謁見の間の空気が

 少し重くなる。


「『『魔王の十日』に

 『『今日ここまで』の欄』を作れと言うなら、


 『『王の十日』にも

 同じ欄を作ることになる。


 ――それでも

 行くのか?」


 レオンは、

 頭を上げて王を見た。


 王の瞳は、

 ほんの少しだけ

 愉快そうに光っていた。


「……はい」


 レオンは、

 はっきりと答えた。


「『『魔王にも『今日ここまで』と言わせたい』と

 思うなら、


 自国の王にも

 『『今日ここまで』と言っていただかないと

 筋が通りません」


「よろしい」


 王は、

 ようやく口元に笑みを浮かべた。


「『『板の人間』というのは、

 やはり面倒な生き物だな」


 その言葉には、

 どこか誇らしさも混ざっていた。


 *


 そうして、

 王都と闇の谷の両方で

 同時並行に準備が進み、


 今日――


「魔王城労務監査合同チーム」が

 実際に組まれる日が来た。


 *


 王都郊外の野営地。


 小さなテントの並ぶ一角に、

 臨時の板が立てられている。


 《魔王城監査 合同チーム構成》


 『光側』


 王立労務局:レオン・グラハム

 ヨアナ・バルク


 勇者庁:アレク・ローウェン

 フィル・ハルト

 ナナ・クライン(随行補佐)


 護衛:少数精鋭(名簿は別紙)


 『闇側』


 兵站局:ギルゼン・ヴァルナ

 副官(名乗りたがらない)


 魔王城側連絡官:数名


 ――と、

 そこまでは真面目に書かれているのだが。


 その下に、

 誰かがいたずら書きをしていた。


 《備考:


 『『板の人』多すぎ。


 『『剣で殴り合う』より

 『『字で殴り合う』ほうが多そう》


「……広報院の字ですね」


 フィルが、

 鼻を押さえながら言う。


「マリアさん、

 こういうところだけ仕事が早い」


「『『字で殴り合う』って、

 どういう認識なんだろうな」


 アレクは、

 どこか楽しそうに笑った。


「まあ、

 実際そうなりそうだけど」


「笑ってる場合ですか」


 ヨアナが、

 書類の束を抱えたまま眉をひそめる。


「『『魔王城』ですよ?


 普通、

 行きたがる場所じゃないでしょう」


「普通はね」


 アレクは肩をすくめる。


「でも、

 『『板の人』は普通じゃないから」


 その横で、

 レオンは板の前に立ち、

 構成をもう一度確認していた。


「……こうして見ると、

 やはり勇者庁の人数が多いな」


「『『危なくなったときに

 逃げる時間を稼ぐため』です」


 ナナが、

 きっぱりと言い切る。


「『『魔王城で監査』なんて話が出て、

 うちが誰も出さないわけないでしょ」


「本来なら、

 私が行くべきではないかとも思ったが」


 テントの影から、

 アレクの上司にあたる勇者庁長官が顔を出す。


 が、

 マリアに背中を引っ張られて

 すぐに引っ込んだ。


「『『長官まで行ったら

 さすがに暗殺にしか見えません』って

 マリアに怒られましたからね」


「その判断は正しいと思います」


 レオンは真顔で頷いた。


「……ところで、

 闇側は?」


「間もなく到着、だそうです」


 フィルが、

 通信札を覗き込んで答えた。


「『『予定より一刻早く着く』って」


「……真面目だな」


 レオンが苦笑したところで、

 野営地の入口に

 黒い外套の一団が姿を現した。


 *


 先頭に立つのは、

 もちろんギルゼン・ヴァルナ。


 その後ろに、

 例の副官と

 数名の影のような護衛。


 といっても、

 実際には全員きちんと

 身分証を携え、


 武器にも封印の紐が

 巻かれている。


 ギルゼンは、

 野営地の板に目を留めて

 わずかに口元を動かした。


「……『『字で殴り合う』、ですか」


 レオンが

 気まずそうに頭を掻く。


「広報院の仕事ぶりが

 良すぎまして」


「結構なことです」


 ギルゼンは、

 板に書かれた構成表を

 ひと通り眺めた。


「なるほど。


 『『板の人』と『『その周りの人』が

 半々、というところですか」


「そちらも

 似たような構成でしょう?」


「ええ」


 ギルゼンはうなずく。


「陛下の命により、


 『『板の前に立つ者だけを送るな。


 『『板の外の匂いを知っている者』も

 一緒に行かせろ』と」


「陛下、

 案外分かってらっしゃる」


 アレクが小声で呟き、

 ナナが肘でつつく。


「では」


 ギルゼンは、

 レオンに向き直った。


「本日の行程を

 確認しておきましょう」


 *


 臨時の板の隣に、

 もう一枚小さな板が立てられた。


 《魔王城監査 一日目行程》


 『午前:王都発 → 中立地砦経由 → 闇領境界へ』

 『午後:境界から魔王城へ移動(護衛付き)』

 『夕刻:魔王城到着・儀礼的挨拶』

 『夜:翌日の監査項目のすり合わせ』


 その横に、

 ギルゼンが

 追加の一行を書き込む。


 《※本日中は『『数字の確認』のみ。


 『『魔王本人への聴取』は明日以降》


「初日は『『相手の板の見学』だけ、ですな」


 ギルゼンの言葉に、

 レオンもペンを走らせる。


 《※初日目標:『『魔王城の日々の板』の有無確認》


「……『『無い』という可能性もありますよね?」


 ヨアナが、

 不安そうに囁く。


「『『魔王の勤務表』なんて」


「『『無い』なら『『無い』と

 はっきり確認するところからだ」


 レオンは答えた。


「『『無い』前提のまま話を進めるのが

 今までだった。


 ――それを『『一度見に行った上での『無い』』に

 変えるだけでも違う」


 ギルゼンが、

 ほんの少し口元を緩める。


「『『板の人』は本当に面倒な生き物だ、と

 我が陛下も嘆いておられましたよ」


「こちらの陛下も

 同じことを仰っていました」


「奇遇ですね」


 互いに、

 微妙に困ったような笑いが

 共有された。


 *


 昼過ぎ。


 光と闇の境界線を越える一行を、

 双方の兵が

 遠巻きに見守っていた。


 旗は立てない。


 武器には封印。


 代わりに、

 先頭には白い布。


「使節」としての

 最低限の礼だけを

 整えた行列。


 その真ん中あたりで、

 アレクが小声で言った。


「……なんか、

 ほんとに『監査旅行』って感じだな」


「どんな感じですか、それ」


 フィルが呆れたように返す。


「いやほら、


 『『危ないから護衛はつけますけど

 基本は書類を見に行くだけです』って顔してるけど、


 『『行き先が魔王城』っていう

 事実だけが浮きまくってる感じ」


「否定はしませんけど」


 ナナが、

 肩から下げた鞄を叩いた。


「私は書類より

 『『魔王城の食堂のメニュー』が気になります」


「ナナ」


 ヨアナが即座に制した。


「『『魔王城見学ツアー』じゃないからね、これは」


「分かってますよ。


 でもほら、

 『『魔王もご飯を食べるはず』でしょ?


 『『どのくらい休憩を取ってるか』を見るには、

 食堂の板を見るのが一番早いかなって」


 その言葉に、

 レオンとギルゼンが

 同時に「なるほど」という顔をした。


「『『魔王の昼休み』の有無」


「『『厨房の板』を確認する必要がありそうですね」


「……だから『板の人』は」


 フィルが頭を抱え、

 護衛たちが遠巻きに苦笑する。


 *


 夕刻。


 魔王城。


 高くそびえる黒い城壁は、

 噂に違わず

 威圧感に満ちていた。


 闇の魔力が

 じわじわと肌を刺すような感覚。


 だが、

 ギルゼンが懐から取り出した

 小さな護符を掲げると、


 その圧力は

 不思議なことに

 すっと薄れた。


「『『監査用通行証』です」


 ギルゼンが説明する。


「『『闇の魔力への耐性が低い方々』でも、

 一定時間であれば

 問題なく歩けるように調整してあります」


「……そんなものまであるんですか」


「『『魔王城は、

 『『一部の者だけが入れる場所』であっては

 務まりませんから」


 ギルゼンの言葉には、

 皮肉と自嘲が

 少し混ざって聞こえた。


 城門が開き、

 一行は中へ通される。


 想像していたような

 血の匂いも、

 呻き声も聞こえない。


 代わりに響いてくるのは――


 紙をめくる音。

 羽根ペンが走る音。

 遠くのほうから時折聞こえる、

 何やら言い争う声。


(……役所?)


 ヨアナが、

 その一瞬の感想を

 必死で顔に出さないようにした。


 *


 案内されたのは、

 城の一角にある

 大きな執務室だった。


 扉の前には、

 黒い鎧を着た

 近衛たちが立っている。


 ギルゼンが

 儀礼的な挨拶を交わし、

 扉が開かれた。


 中に入った瞬間――


 レオンたちは、

 思わず顔を見合わせた。


 そこは、

 想像していた「魔王の間」とは

 ずいぶん違っていた。


 豪奢な玉座。

 頭上から吊るされた

 禍々しいシャンデリア。


 そういった

「魔王城」らしい装飾も

 確かにあるのだが、


 それ以上に

 目に飛び込んでくるのは、


 積み上がった書類の山。


 壁一面の棚に詰まった

 書類箱。


 そして――


 その山の向こう側で、

 両肘を机に突き

 頭を押さえながら

 何かにサインをし続けている男の姿だった。


 黒いマント。

 額に角。

 長い髪を無造作に束ね、


 金の刺繍の入った衣を

 着崩したまま、


 インクで少し汚れた指先で

 ペンを握りしめている。


「……」


 勇者庁の三人が、

 同時に「え?」という顔をした。


「陛下」


 ギルゼンが咳払いする。


「光側より、

 監査の客人が到着いたしました」


「……ああ」


 男――

 魔王陛下は、


 ペンを止めずに

 片手だけ軽く上げた。


 顔はまだ

 書類のほうに向いたまま。


「ようこそ、魔王城へ。


 遠路はるばるご足労だ」


 声は低く、

 よく響く。


 だが、

 どこか眠そうでもある。


「『『魔王陛下』って、

 もっと『『ドンッ』って登場するものかと」


 ナナが、

 小声で呟き、


 フィルが慌てて肘でつつく。


 魔王は、

 そのやり取りまで

 ちゃんと聞こえているのか、


 ようやく顔を上げて

 一行を見やった。


 紅い瞳が、

 順番に

 レオンたちをなぞっていく。


 ――見ている。


「光側の敵」としてではなく、

「『何をしに来たか分かっている人間』」として。


 レオンは、

 無意識に背筋を伸ばした。


「王立労務局、

 レオン・グラハムと申します。


 本日は、

 魔王陛下ならびに魔王城の

 労務状況についての監査のため、


 中立立場で参りました」


 魔王は、

 わずかに片眉を上げた。


「労務、か」


「はい」


「……ふむ」


 魔王は、

 書類の山を一度見下ろし、


 小さく息を吐いた。


「『『仕事が多すぎる』と

 誰かに言いに来たのかと思ったが、


 『『働きすぎだ』と

 言いに来たのか」


「どちらかと言えば、

 後者に近いかと存じます」


 レオンが答えると、

 魔王はほんのわずか

 口元を緩めた。


「……面白い」


 ギルゼンが、

 脇から補足する。


「陛下、


 『『魔王陛下の『今日ここまで』を

 板に載せられるかどうか』を、


 彼らは見に来ています」


「『『今日ここまで』?」


 魔王は、

 その言葉を小さく繰り返した。


「『『十夜目のあと』に

 そちらで流行っているという、

 あの言葉か」


「はい」


 レオンは頷いた。


「陛下にも、

 必要ではないかと」


 魔王は、

 ほんの一瞬だけ

 笑った。


 笑い声は出さない。


 だが、

 肩がわずかに揺れた。


「――明日だ」


「……は?」


「『『明日、話を聞く』。


 今日はもう、

 『『今日ここまで』が

 とっくに過ぎている」


 魔王は、

 机の上の砂時計を指さした。


 中の砂はほとんど落ち切っている。


「このあと、

 あと三つ決裁して、


 ひとつ謁見をこなして、


 『『今日ここまで』のはずなのだが――」


 机の端に積まれた

 未決の書類の山を見て、


 自分で自分に

 呆れたように笑った。


「見ての通りだ」


 レオンは、

 思わず板を探した。


 この部屋のどこかに、

「魔王城の日々の板」が

 あるのではないかと。


 だが――


 壁には、

 立派な地図と

 戦況図と、


 古い契約書や

 条約文が飾られているだけで、


 どこにも「今日ここまで」の欄は

 見当たらない。


(……やはり、『『板の外』だ)


 彼の十日は、

 どこにも書かれていない)


 魔王は、

 そんな視線を

 ちゃんと見ていたらしい。


「『『板』が欲しいのか?」


 不意に問われ、

 レオンは少し驚いた。


「いえ、

 こちらから勝手に

 持ち込むつもりはありません」


「そうか」


 魔王は立ち上がった。


 思ったよりも背が高く、

 思ったよりも痩せている。


 黒いマントが揺れ、

 書類の山に影が落ちた。


「『『今日ここまで』を

 板に書くかどうかは――


 明日、お前たちの話を

 聞いてから決めよう」


 その言葉は、

 挑戦状にも、

 救いにも聞こえた。


 *


 その夜。


 一行は、

 魔王城の一角に

 用意された客間に案内された。


 部屋は質素だが、

 寝台も机も

 ちゃんと揃っている。


 レオンは、

 臨時の板を壁に立てかけた。


 《魔王城監査 二日目予定》


 『午前:魔王陛下への聴取(勤務実態)』

 『午後:各部署の板・記録の確認』

 『夕刻:暫定報告・今後の方針すり合わせ』


 その下に、

 小さく一行を書き足す。


 《※『『魔王の十日』にも『今日ここまで』を作れるか》


「……緊張してます?」


 ナナが、

 板の横に背を預けながら聞いた。


「している」


 レオンは即答した。


「『『前線四日』の線を引いたときより、

 少しだけ」


「少しだけ、なんですね」


「『『十日』を十日として

 板に載せる仕事』には慣れた。


 『『十日』を全部抱え込んでしまっている人間に

 『『今日ここまで』と言わせる仕事』は――


 これから慣れるしかない」


 ヨアナが、

 寝台の端に腰を下ろしながら

 小さく笑った。


「『『板の人』って、

 ほんと仕事を増やすのが好きですね」


「自覚はある」


 レオンも笑う。


「だが、


 『『世界はまだ少しだけマシだと思いたい』と

 板に書いてしまった以上――


 『『魔王の十日』を

 『『何も書いていないまま』に

 放置するわけにはいかない」


 窓の外では、

 夜の魔王城が静まり返っていた。


 闇の力が

 重く漂っているのが分かる。


 だが、


 そのどこかで、

 まだ灯りの消えない執務室が

 ひとつあることを


 レオンたちは

 知ってしまった。


(――明日)


 レオンは、

 壁の板を見上げる。


 『『魔王の今日ここまで』の欄』が、

 そこに増えるかどうか。

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