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異世界労務局は魔王にも「今日ここまで」を言わせたい  作者: ひろボ


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26/50

二十六話 噂に監査は追いつけるか

 収穫期の村に“臨時労務局支部”を作ってから、数日。


 王都に戻ったレオンの午前は、いつもどおり紙とインクと、“自分たち用・見える板”と、

 そして――きな臭い紙切れでできていた。


「――はい、今日の“嫌な意味で話題作”です」


 ミーナが、いつもの封蝋付き公文書ではなく、薄い紙束をひらひらさせる。


 粗い紙。

 簡素な刷り。


 ――瓦版。


「……何それ」


 リシアが首をかしげた。


「《働きすぎは敵の陰謀!? 王国労務局の正体》」


 ミーナが表紙の題字を読み上げる。


「もうタイトルから頭痛いんですが」


 レオンは、額を押さえた。


「誰が書いたのかは不明。“王都某所・正義の記者一同”ってなってますね」


「“某所”って書くとき、大体某じゃないやつですね」


 ヨアナがため息をつきつつ、瓦版の一部を指で示す。


「見てください、ここ」


 そこには、見覚えのある単語が躍っていた。


 “灰の谷覚書第一号――戦時労務に関する最低限の原則――”


 ――そしてその横に、乱暴な見出し。


『敵と結託!?

 魔王軍と仲良く紙切れを交わす“謎の監査官”の正体とは』


「うわぁ」


 リシアが素で顔をしかめた。


「“紙の橋”が“裏切りの橋”になってる」


「見出しのつけ方が、実に瓦版屋らしいですね」


 ミーナが苦い笑いを漏らす。


「内容もだいぶ盛ってます。“敵と手を組んで兵のやる気を削いでいる”とか」


「“やる気”と“無茶”をごっちゃにするの、どこも好きだなぁ」


 レオンは、瓦版をぺらりとめくりながら、ざっと目を走らせる。


 王都の酒場での噂話。

 砦の兵の“聞いたような気がする”証言。

 ギルドで貼られた“出撃自粛のお願い”を、なぜか“敵の陰謀”扱いにしている。


「おまけに、“王立労務局は魔王軍から金貨を受け取っている”って書いてありますよ」


 ヨアナが、さらっととんでもない一文を指さした。


「誰の財布見たんだよ」


 レオンは思わず机を叩きそうになり、ぎりぎりでこらえる。


「……宰相、もう目を通してます?」


「通してます」


 背後からバルド局長の声が飛んできた。


「そのうえで、“お前が処理しろ”ってな」


「“紙の火事”の後始末は、だいたい“紙の専門家”に回ってきますもんね」


「誉めてねえだろ、それ」


 ほどなくして、もう一枚紙が届いた。


 これは、瓦版より少しだけ上質な紙。

 封蝋の紋章は――王立広報院。


「広報院?」


 リシアが首を傾げる。


「王都の噂と情報をそれなりにまとめてる場所ですね」


 ヨアナが補足する。


「正式名、“王立情報・世論調整院”。

 略して“広報院”。“噂の当直表”を持ってる人たちです」


「噂の当直表って何」


 レオンが封を切ると、簡潔な文言が並んでいた。


『――“灰の谷覚書”に関する瓦版が、王都および近郊に広がりつつある。


 現時点では、“労務局の一監査官が敵と内通している”という色合いが強いが、

 宰相室・軍務省・農務院等への直接の火の手は、まだ上がっていない。


 ――だが、放置した場合、“戦時労務改善に関する一連の取り組み”そのものが、“敵の工作”と見なされかねない。


 可能であれば、王立労務局としての“見解”を、広報院と協力して示してほしい。


 王立情報・世論調整院 院長代理 マリア・ロウ』


「……つまり、“弁明しろ”ってことですね」


 レオンは、紙を置きながら呟く。


「ただし、下手にしゃべると油を注ぐから気をつけろって顔もしてますね」


 リシアが、手紙の文の隙間を読むように言う。


「局長?」


「行け」


 バルドは、迷いなく言った。


「“何も言わない”と、“やましいから黙ってる”にされる。

 だったら、“うるさいくらいに紙を出すほうが、まだマシだ」


「……はい」


 *


 王立情報・世論調整院――通称・広報院は、王城の脇にある控えめな建物だった。


 派手な旗もなければ、衛兵隊の詰所ほどの緊張感もない。

 だが、入ってすぐの部屋に貼られている板は、労務局のそれに負けず劣らずの密度を誇っていた。


 王都各所の噂の出所。

 瓦版屋の名前。

 “酒場A・夜の部”“教会前・朝の市場”などのメモ。


「……“噂の当直表”って、これか」


 レオンは、思わず呟いた。


「ようこそ、“噂と火消しの館へ」


 奥から現れたのは、四十代半ばくらいの女だった。


 きっちり結い上げた髪。

 眼鏡の奥の、よく動く目。


「王立情報・世論調整院・院長代理、マリア・ロウです」


「レオン・グラハムです。こちらは護衛兼“止め役”のリシア」


「“噂の監査官”に“止め役”がついているのは、こちらとしても安心です」


「安心のされ方に複雑なものがありますね」


 レオンは苦笑した。


 *


 マリアは、机の上に例の瓦版を広げた。


「結論から申し上げますと、これは“よくできた火種”です」


「褒めないでほしいなぁ」


「“噂の火事”は、“風の向き”を読むやつが一番厄介なんですよ」


 マリアは、瓦版の一文を指で示す。


『――兵たちの間で囁かれている。“最近、やけに“上”が“休め休め”とうるさい。

 “魔王軍とやり合ってるのに、こんなことで士気が保てるのか、と』


「これは、一部の砦で実際に出た声です」


 マリアの声は淡々としていた。


「それを、“王立労務局の“謎の監査官”のせいだ”と枠をはめている。


 “本物の不安”に“見出し”をかぶせるやり方です」


「……たしかに、全部が嘘ってわけじゃないですね」


 レオンは、瓦版の別の段落を指でなぞる。


『――王立魔導学院では、“徹夜自習禁止”なるお達しが出たという。

 “真面目な学生の努力を妨げたいのか”“怠け者を甘やかしたいのか”――』


「実際には、“徹夜禁止”じゃなくて“前夜の徹夜禁止”だけなんですが」


「細かいところは、あまり重要じゃないんですよ、“噂”にとっては」


 マリアは、肩をすくめた。


「“努力してる自分が損している気がする”って感情を、

 “誰かのせいにしたいときに、こういう紙はよく売れます」


「……“耳が痛い”の連鎖ですね」


 リシアが苦笑する。


 *


「“火を消す”方法は、三つあります」


 マリアは指を三本立てた。


「一つ、“無視して風が変わるのを待つ”」


「今回は、それは無理そうですね」


 レオンは瓦版の束を見やる。


「“灰の谷覚書”にまで触れられている以上、放置すると“軍監察総局”や“宰相室”にも飛び火します」


「二つ目、“力で押さえつける”。

 瓦版屋を捕らえ、紙を回収し、“この話題は話すな”と御触れを出す」


「……それやったら、“やっぱり何か隠してる”って言われますね」


 リシアが即座に首を振る。


「砦でも、“夜勤表見せたくない隊長ほど怪しかったですし」


「そして三つ目」


 マリアは、わずかに笑った。


「“こっちから、別の紙を出す”」


「別の紙?」


「そうです、“勤務表です」


 レオンは、一瞬きょとんとして、それから吹き出した。


「結局そこに戻るんですね」


「人間、“見えないもの”には不安を覚えますが、“見えているもの”に対しては、

 少なくとも“その形”については文句を言いづらい。


 労務局が“何をしようとしているのか”“どこまでやっていて”“どこまでやれていないのか”。

 それを、“全部は無理でも、一部だけでも“王都の人間が見える場所”に出してしまう。


 ――それが、今回の一番堅い消火方法です」


「……面倒くさい方向に真っ直ぐですね」


 レオンは、頭を抱えた。


「でも、一番“らしい”」


 リシアが笑う。


「“世界中の勤務表に赤線を引きに行く前に、まず自分の欄を見ろ”って言ってた人のやり方です」


「その台詞、どこまで広がってるんだ……」


 *


「具体的には、こういうものを考えています」


 マリアが、別の紙束を取り出した。


 そこには、簡潔な図と文章が並んでいた。


「《王立労務局だより・第一号》」


「……だより」


 レオンが読み上げて、思わず顔をしかめる。


「もうちょっとマシなタイトルなかったんですか」


「格好よくすると、“お上の宣伝だ”って顔されるので」


 マリアは、悪びれもせずに言う。


「内容は、“この一年間に労務局が関わった“最低限の線”の例」


 砦の当直表。

 暗部の階段の板。

 傭兵団の出撃表。

 教会の“沈黙の日”。

 学院の徹夜禁止。

 商会の“帳場二刻まで”。

 勇者パーティーの“休戦日”。

 村の“臨時支部”。


「全部を一度に出すと、“やりすぎ感”が出ますから、一部を“人の顔が見える形”で出しましょう」


 マリアが、紙の一枚をレオンに見せる。


 そこには、砦の当直表の写しと、その横に、中隊長の簡単なコメント。


『――最初は“面倒な板”だと思ったが、酔っぱらって梯子から落ちる兵が減ったのは事実だ。

 (某砦・中隊長)』


「……誰ですかこれ」


「某砦です」


 マリアが、にこっと笑う。


「名前を出すと、真っ先に軍務省に怒られるので」


「“人の顔が見えるようにして”“名前を隠す”んですか」


「“顔”の部分は、“態度”や“言葉”で見せればいいんですよ」


 商会の帳場係のコメントもある。


『――夜中に桁を一つ間違えて、翌朝に帳簿を一からやり直したことがあります。

 そのとき“あのとき寝ていれば”と本気で思いました。

 (某商会・書記)』


 勇者パーティーの欄は、まだ何も書かれていない。


「ここは、本人たちと相談したいところです」


 マリアがペンを置く。


「“巷で“働きすぎるな”って言われてるけど、本当にそれでいいのか?」

 って不安に思ってる人たちに“現場の声”を届けたい。


「……分かってますね、ほんと」


 レオンは、素直に感心した。


「“紙の上の数字”だけで戦っていた頃より、よほどややこしいですけど」


「世論ってやつは、“帳簿より気まぐれですから」


 マリアは肩をすくめた。


 *


「で、労務局としては何を出します?」


「“灰の谷覚書”の全文でもいいですけど」


「それは軍監察総局と宰相の心臓に悪いので」


 即座にレオンが首を振る。


「そこは、“なぜ敵側にも線を引かせたか”の部分だけで。

 “うちだけ線を引いても、世界のどこかで必ず歪みが出る”って話を、かみ砕いて」


 砦。

 傭兵団。

 教会。

 学院。

 商会。

 勇者庁。

 村。


 全部の“歪み”が繋がっている、と紙の上で示す。


「……じゃあ、“労務局だより・第一号”の中の一枚は、“レオンさん用ですね」


 マリアがさらりと言う。


「“謎の監査官はこう考えています”ってやつ」


「勘弁してほしいなぁ」


「名前は出しません。“某監査官”で」


「どこまで行っても某なんですね」


 リシアが笑う。


 *


 労務局に戻ると、ミーナとヨアナが板の前で首をかしげていた。


「何してるんです?」


「“労務局だより”用に“局内勤務表の見せ方”を考えてました」


 ミーナが振り返る。


「レオンさんの欄だけ黒すぎると、“やっぱりこの人が諸悪の根源だ”って書かれそうなので」


「ひどくない?」


「少し、他の人たちの欄も“見えるように”しませんか。


 例えば、“外回り担当” “書類整理担当” “調整役”とか」


 ヨアナが、新しい板の下書きを見せる。


「今まで、“レオンが全部回ってる”って噂になってたみたいなので」


「それはそれで迷惑だな……」


「じゃあ、こうしましょう。


 一、“どの案件に誰がどれだけ時間を使っているか”のざっくりした内訳を出す。

 二、“三日連続で真っ黒にはならない仕組み”を書く。

 三、“監査官自身も休ませられている”ことを示す」


「三つ目は“押しつけ有給”ですね」


 リシアがにやりとする。


「“軍監察総局に“休め”って言われた監査官”って書きます?」


「やめて。かっこ悪いから」


「かっこ悪いところも見せたほうが、信用されますよ」


 ミーナが真顔で言う。


「“倒れる前に止められてる人”が、他人にも“止まれ”って言えるんです」


「……はいはい」


 レオンはため息をついた。


 *


 その日の夕刻。


 机の上の通信水晶が、また心臓に悪いタイミングで光った。


『魔王軍統一兵站局労務監査課 ギルゼン・ヴァルナ』


 レオンは、半ば予想しながら札を開く。


『――こちらでも、瓦版に相当する紙切れが出回り始めた。


 題名は、《働かせすぎは光の陰謀!?》』


「お前らもか」


 思わず突っ込みを入れる。


『――内容は概ねこうだ。“兵の休養日を増やすのは、光側の工作である”


 “深き闇の勤勉なる僕らを怠惰に染めるための陰謀である”


 ――ご想像のとおり、労務監査課は“光と通じている裏切り者”として扱われている』


「対になるなぁ……」


 レオンは頭を抱えつつも、どこか笑っていた。


『“噂に監査は追いつけるか”という問いについては、


 “紙と板の数を増やせば、少なくとも並走くらいはできるはずだ”と答えたい。


 そちらでは、どう考えるか』


 ペンを取り、笑いを噛み殺しながら返事を書く。


『――こちらでも、《働きすぎは敵の陰謀!?》という瓦版が出回った。


 “労務局は敵と手を組んでいる”という見出しで、

 灰の谷覚書が“裏切りの証拠”として扱われた。


 “噂に監査は追いつけるか”という問いに、

 “紙の橋を増やせば、燃える場所は少し減る”と答えておく。


 “見える板”は噂より遅いが、長く残る』


 少しだけ迷い、一行足す。


『――光でも闇でも、“真っ黒な欄は長く続かないほうがいい”と信じている者たちが、

 噂に追いつこうとしている――という噂も、いつか広がることを願う』


 *


 王立労務局監査官、レオン・グラハム。


 砦、暗部、傭兵団、教会、学院、商会、勇者庁、農村。

 そこに、“世論”という見えない行が、じわりと追加された。


 瓦版の紙切れ。

 広報院の“だより”。

 労務局の見える板。


 噂はいつだって、勤務表より早く走る。


 それでも、紙の上に引かれた細い線たちは、ゆっくりと、確実に残り続ける。


 世界は今日も、ほんの少しだけマシになった――

 少なくとも、“働きすぎは敵の陰謀”だと笑われる前に、

 “働きすぎはちゃんと「もったいない」と言葉になるよう、

 紙と板をもう一枚増やす方向へ、わずかでも進んだ分だけ。

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