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異世界労務局は魔王にも「今日ここまで」を言わせたい  作者: ひろボ


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25/50

二十五話 収穫祭に当直表は必要か

 勇者パーティーの予定表に“休戦日”の線を引いた、数日後。


 労務局の午前は、いつもどおり紙とインクと、“自分たち用・見える板”でできていた――が、その板の一番下に、見慣れない行が増えていた。


「――はい、今日から新顔の“案件”です」


 ミーナが、入口横の板をコンコンと叩く。


 砦/王城/暗部/ギルド/傭兵団/教会/学院/商会/勇者庁。

 そして、その下に墨で書き足された新しい行。


 “農村(臨時支部)”。


「……増えたなぁ」


 レオンは、自分の欄にだけじわじわ黒が増えていく様を見て、遠い目になった。


「“農村”、ってことは」


「はい、これ」


 ヨアナが、今度は机の上に一枚の封書を置く。

 封蝋に刻まれているのは、穂を束ねた紋章。


「“王立農務院”からの、労務相談です」


「農務院……」


 レオンは封を切りながら、内心で“丘の上のメモ”を思い出していた。


(――“農村の収穫期だけの“臨時労務局支部”)


 茶屋で、気の迷いから紙の端に書いた願望。

 世界は、そういうものから順番に仕事を投げてくる傾向がある。


『――“本年の収穫期を前にし、“各地の村より“人手不足および過労”の報告が相次いでいる。


 “徴兵”“輸送任務”“魔物増加”により、“働き手の多くが村を離れ、

 “残された者(老人・女・子ども・負傷兵)が“日の出から日の入りまで働きづめ”となっている。


 “農務院としても人員調整に努めているが、“戦時下における食糧増産”という事情から、“現場の悲鳴”を無視しがたい段階に至った。


 ――““農村における最低限の線”について、貴局の“見解”を仰ぎたく、急ぎ書状を送る次第である。


 王立農務院 次官 オルフェン・クライス』


「……“村からも悲鳴”か」


 レオンは、ため息まじりに紙を置いた。


「“砦”“暗部”“傭兵団”“教会”“学院”“商会”“勇者”――で、“次は畑”ですね」


「“世界は食べないと回りませんからね」


 ミーナが肩をすくめる。


「“兵も魔導士も勇者も、“空腹だと働きませんし」


「“働いても怒りっぽくなりますしね」


 リシアが、どこか経験者らしい顔でうなずく。


「“砦でも、“飯がしょぼいとケンカ増えましたし」


「局長」


 レオンは、バルドの机を見る。


 局長は、農務院からの書状を一別すると、あっさり言った。


「行け」


「早いですね、いつもどおり」


「“兵と勇者が戦っても”“飯がなきゃ負ける。

 “食い物を作る場が壊れたら、全部終わりだ」


 理屈としては、これ以上なく分かりやすい。


「“ついでに、“お前が前からぼやいてた“農村臨時支部”とやらも試してこい」


「……聞いてたんですか」


「“茶屋の婆さんは、たいてい“誰が何を言ってたか”をどこかに流す」


「世界狭いな」


 *


 王都から半日ほど馬車で揺られたところに、農務院から指定された村――“ブレント村”はあった。


 丘を削って作った段々畑。

 麦と豆と、戦時増産で増えた芋畑。

 遠くに、防風林越しの灰色の空。


 ちょうど、収穫の初日だった。


 まだ陽が昇りきらないうちから、畑には人影が動いている。


 老人が鍬を振るい、女たちが束ね、子どもがそれを運ぶ。

 村の真ん中にある納屋の前では、片脚を引きずる若い男が荷車の縄を締めていた。


「――おや」


 村長らしき老人が、麦藁帽子を脱いで頭を下げた。


「農務院の使いの方々で?」


「王立労務局のレオン・グラハムです。

 “今日は、“畑を荒らしに来ました」


「最初から物騒な自己紹介やめない?」


 リシアが肘でつつく。


「“仕事のやり方の話をしに来ました、でいいでしょう」


「そういう意味では、間違ってないんだがな……」


 慌てて言い直す。


「“村の皆さんの、“働き方”について、少し話を聞かせてください」


 村長は、皺だらけの顔に複雑な表情を浮かべた。


「“働き方、ですか……

 “働かにゃ食えん、それだけですが」


「“そこに“どれくらい働いてるか”って話を、少し足しましょう」


 レオンは、懐から板を取り出した。


 格子で区切られた、“簡易勤務表”。


 村長も、若い農夫も、怪我をした元兵士も、興味深そうに覗き込んだ。


 *


「“まず、“一日の流れ”を教えてください」


 納屋の壁を借りて、簡単な表を書き出す。


「“日の出前に起きて、家畜の世話をして、“畑に出る前に“朝飯を作って」「


 最初に口を開いたのは、腰に布を巻いた中年の女だった。


「“日が昇ったら、畑に出て、昼まで刈って、昼は畦に座って芋かじって、“日が落ちるまで刈って。

 “帰ったら、洗い物と晩飯と、子どもの寝かしつけ」


「“寝るのは?」


「“日付が変わる前には……たぶん」


 女は、笑っているのか泣いているのか分からない顔をした。


「“でも、収穫は一年に何度もあるわけじゃありませんしね。

 “今だけ、今だけです」


 その言い方に、レオンの頭の中で警鐘が鳴る。


(――“今だけ”が、一番危ない)


 砦でも、傭兵団でも、教会でも、学院でも――だいたい同じ言葉を聞いた。


「“若い男たちは?」


 片脚を引きずる青年が、帽子を押さえた。


「“徴兵で、ほとんど城下か前線に出てます。

 “俺みたいな“怪我持ち”と、“徴兵逃れの悪ガキ”くらいですよ、畑に残ってる男は」


「“悪ガキって誰だよ」


 近くで束を担いでいた少年が、むっとした顔をする。


「“年十五のルークです。

 “村を出たくないって泣いたら、親父に殴られて、それでも“畑守るほうがましだって言い張って――」


「“はい、その話はあとでゆっくり聞こうか」


 リシアが笑って割って入る。


「““今だけ”って顔して、“朝から晩まで働いてる人がどれくらいいるか”――

 “一回、全部出してみましょう」


 *


 納屋の壁一面が、“村の簡易勤務表”になった。


 名前の列。

 老人/男/女/子ども/負傷兵。


 行には、“家事”“畑”“家畜”“運搬”“保存加工”。

 その横に、“日の出前”“朝”“昼”“夕”“夜”。


「……埋まりますねぇ」


 ミーナがいたら、嬉々として色塗りしていただろう。


 レオンが代わりに、チョークで丸を付けていく。


「“日の出前から“夜”まで、ほとんど全部埋まってる人が、“何人かいますね」


 中年の女。

 村長の妻。

 負傷兵の青年。


「““畑に出ている時間”だけじゃなく、“家で動いてる時間”も“働いてる時間”です」


 レオンは、村長と視線を合わせる。


「““女は働いてない”とか“家は休みだ”って顔をする人が時々いますが――

 ““朝飯が勝手に湧いて出てる”と思ってたら、“それはただの幸運です」


 村長は、ばつが悪そうに頭を掻いた。


「“お前ら、そんな目でわしを見るな」


 周りの女たちの視線が、容赦なく刺さっている。


「“じゃあ、“線”を引きましょう」


 レオンは、壁の前に立った。


「“砦でも、傭兵団でも、学院でも、商会でも――

 “まず決めたのは、““連続でどれくらい無茶していいか”です」


「“無茶?」


 ルークと名乗った少年が、きょとんとする。


「““日の出前から“夜”まで”““全部の欄に丸がついてる”状態を、“何日続けていいか、ってことです」


 チョークを握り直し、壁に大きく“三”と書く。


「““三日”。

 “三日までは、“収穫の初日”“天候が読めない日”“借りた人手がいる日”など、““全部出る日”があっても仕方ない。


 “でも、“四日目には必ず、“誰かの欄から“半日分、丸を消す」


「“半日?」


 村長が、しわだらけの眉をひそめる。


「“例えば、“朝の家畜の世話だけは若いのに任せる”とか。

 “夕方の“保存加工”だけ、“交代要員”を決めるとか」


「“そんな器用な真似ができる村じゃ……」


「“できますよ」


 リシアが、きっぱりと言った。


「““誰が一番潰れかけてるか”、今この壁を見れば分かります。

 “その人たちから、““半日でも畑から離して”““火の前から離して”いけばいいだけです」


「““離したら、仕事が回らん”って顔してる人には、“砦で言ったのと同じことを言いますね」


 レオンは、村長を見た。


「“““あんたがいないと回らない村”にしたのは、“あんたのやり方”ですよ」


 村長は、口をぱくぱくさせたあと、やがて苦笑した。


「“あぁ、まったく……

 ““砦で隊長に言った”って話、噂に聞いとったが、これか」


 *


「“二つ目の線は、“子どもと老人です」


 レオンは、少年と老人たちの欄を指さした。


「““鎌を振るう時間”を、一日二刻までにしましょう。

 “それ以上は、“束ねる役”“運ぶ役”“見張り役」に回す」


「“子どもは“遊んでる暇なんて」


 口を挟んだのは、さっきの中年女だ。

 が、レオンは首を振った。


「““遊び下手は燃え尽きやすい”って話、聞いたことあります?」


「“またそれ」


 リシアが苦笑する。


「“最近、“どこでもその本の話してますね」


「“““役に立つことしかさせてもらえなかった子ども”は、“大人になってから““役に立たない時間”を自分に許せなくなります。


 “““収穫期に一日中働くのが当たり前”で育った子どもは、““戦争が終わっても“自分を休ませるのが下手な大人になる」


 ルークが、きょろりと目を動かした。


「“……悪いことなんですか、それ」


「““戦争が続いてるあいだ”は、““悪くない”って顔をする大人が多いでしょうね」


 レオンは、麦畑の向こうの灰色の空を見やる。


「“でも、“戦争が終わったあと”““ずっと働き続けてきた人間”が“急に止まる”と――

 “何をしていいか分からなくて、“折れる人間を何人も見ました」


 砦の古参兵。

 前線帰りの元冒険者。

 “戦争がないと、自分の居場所が分からない”と呟いた者たち。


「“だから、“子どもには““役に立たない時間”を少し残してやってください」


「““何もしないで、石投げて遊んでる時間”とかさ」


 リシアが、ルークに向かって笑う。


「““その石投げが、“十年後に“魔物の目を正確に撃ち抜く腕になるかもしれないし」


「“……ならないかもしれませんが」


 ルークは、少しだけ笑った。


 *


「“三つ目は、“負傷兵と“病人です」


 レオンは、片脚を引きずる青年――エドと名乗った――の欄を指さした。


「“““戦えなくなった兵士”を“畑で潰す”のは、やめましょう」


 エドは、苦笑いとも自嘲ともつかない顔をした。


「““戦えないなら、せめて役に立てって顔をされるんですよ。

 ““前線に戻れないなら、“荷車くらい引け”って」


「“荷車を引くだけが“役に立つ”じゃありません」


 レオンは、荷車の向こう、納屋の奥を指さした。


「“今日一日、“エドさんには“納屋でこれをやってもらいます」


 納屋の壁に、新しい板を打ち付ける。


 “ブレント村・臨時労務局支部”。


「“……看板まで作ってきたんですか」


 リシアが、呆れ半分で笑う。


「““支部長”はエドさんです」


「“は?」


 エドが素っ頓狂な声を上げた。


「““この村の“当直表”““誰が何日連続で“全部の欄を埋めているか”““誰がどこで倒れそうか”――

 “それを見て、““ここ、半日休ませたほうがいい”““ここの子どもは鎌を持たせるのをやめたほうがいい”って“印をつける役目」


「“そ、それは……」


「““荷車を引くより難しいかもしれませんね」


 リシアの言葉に、エドは唇を噛んだ。


「“俺なんかに、そんな大層な――」


「“““戦えなくなった兵士”が、““戦い方”を知ってるのは変わりませんよ」


 レオンは、静かに続けた。


「““どいつがどこで無理してるか”““どの顔が“限界超えそうか”を見抜く目は、

 “前線で何度も人が潰れるのを見てきたあんたのほうが、村長や俺より長けてる」


 エドはしばらく俯いていたが、やがて小さく笑った。


「“……““砦の監査官”って、こういう口説き方するんですね」


「“誉め言葉として受け取っておきます」


 *


 その日の午後。


 “ブレント村・臨時労務局支部”は、“納屋の一角”に開設された。


 といっても、やることは単純だ。


 村人に、ざっくりとした一日の流れを書いてもらい、

 “どの時間にどの仕事をしているか”を印で付けてもらう。


 エドが、それを眺めて“赤い印”をつける。


 “ここ、三日連続で全部埋まってる”。

 “この子、鎌の時間が長すぎる”。

 “この婆さん、“火の前に立ってる時間”が長すぎる”。


「“エドさん、“本当に全部見てるんですね」


 覗き込んだルークが、驚いたように言う。


「““戦場で“誰がいつ倒れるか”を見るのと、あまり変わらない」


 エドは、少しだけ遠い目になった。


「“““殴られ慣れたやつ”ほど、表情に出さない。

 “ここでも、““疲れ慣れたやつ”ほど、顔に出さない」


 中年の女の欄に、赤い印がつく。


「“……あの人、いつも“笑ってて”」


「““笑ってるから大丈夫”って顔をするやつが、一番危ない」


 エドは、チョークを握り直した。


「““そういうやつほど、“““今だけだから”って言う」


 ルークは、黙ってうなずいた。


「“じゃあ、“俺は?」


 自分の欄を見る。


 朝から夕まで“畑”“運搬”。

 夜に、“村の見回り”。


「“三日続いたら、“夜の見回りだけ別のやつと交代しろ」


 エドが、淡々と線を引く。


「“““悪ガキ”って言われてるなら、““夜中に起きてるの得意だろ」


「“……得意ですけど」


「““だからこそ”““昼間を半分削れ」


 ルークは、納得したようなしないような顔をしながら、それでも小さく頷いた。


 *


 夕方。


 収穫を終えた畑から、村人たちが戻ってくる。


 今日引いた線の最初の効果として、“中年女のひとり”“村長の妻”が、“夕方の“保存加工”から外されていた。


「“なんだか、落ち着きませんねぇ」


 手持ち無沙汰そうに鍋を眺めている姿に、村長がそっと近づく。


「“……一緒に、座って飯食う時間くらい、あってもいいじゃろ」


 ぶっきらぼうにそう言って、椀を差し出した。


 女は、一瞬ぽかんとしたあと、ふっと笑った。


「“そうですねぇ。

 ““今だけ”って言うなら、“こういう“今だけ”も、あっていいのかもしれません」


 レオンは、それを少し離れたところから眺めながら、納屋の柱にもたれた。


「“……どうです?」


 隣に来たリシアが尋ねる。


「““臨時支部・一日目の成果」


「“““““今だけだから”って言葉が、“半分くらい減った”かな」


 レオンは、空を見上げる。


 西の空は赤く、遠くの灰の谷方向の空は、相変わらず鉛色だった。


「““今だけだから”って言葉は、““今だけなら”って意味にも、““ずっと続いてきたから”って意味にも聞こえる。

 “今日は、“前者のほうに、少しだけ重みを移せた」


 *


 王都に戻ると、机の上の通信水晶が、いつものように淡く光った。


『――魔王軍統一兵站局労務監査課 ギルゼン・ヴァルナ』


 レオンは、半ば予想しながら札を開く。


『――“こちらでも、“収穫期が始まった。


 “戦争が長引いた結果、“魔王軍直属領の畑には、““徴用された人間”と“魔族の兵”と“奴隷のような扱いの者たち”が入り混じっている。


 “““日の出前から“夜中まで”“““今だけだから”と言いながら働かされている姿は、

 ““人間の村”とあまり変わらない。


 ――“労務監査課としては、“““収穫祭とやらに“当直表”を導入できないか”と真面目に議論しているところだ』


「……向こうも同じこと考えてるのか」


 レオンは、苦笑しつつペンを取る。


『――こちらでも、“ある村に“臨時労務局支部”を作り、““三日連続で全部埋まっている欄に“赤印”をつけるところから始めた。


 ““今だけだから”という言葉が、“““今だけ”で済むように祈りつつ。


 ――““収穫祭に当直表は必要か”という問いに、““必要だが、一番目立たないところに貼るべきだ”という答えになりつつある。


 “祭りの表側まで“線だらけ”にするのは、さすがに趣味が悪いからね』


 少し迷って、一文足す。


『――“戦争が終わったとき、““畑で働ける背中”がどれだけ残っているか。

 “光でも闇でも、それが“次の時代の飯の種”になる』


 *


 王立労務局監査官、レオン・グラハム。


 砦、暗部、傭兵団、教会、学院、商会、勇者庁。

 そこに、“農村(臨時支部)”という行が、静かに増えた。


 納屋の壁に描かれた簡易勤務表。

 “今だけだから”と笑う人たちの欄に、小さな赤い印。


 世界は今日も、ほんの少しだけマシになった――

 少なくとも、“一年で一番忙しい季節”に、“誰かの半日分の無理”を、

 わずかでも紙の上から削り取れた分だけ。

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