二十四話 勇者パーティーに休戦日はあるか
商人街に“定時”という伝説上の生き物を放って数日。
労務局の午前は、いつもどおり紙とインクと、“自分たち用・見える板”と、ほどよい騒がしさでできていた。
「――はい、本日の“面倒そうなやつ”来ました」
ミーナが、封蝋の色からして嫌な予感しかしない封筒を持ってくる。
金の紋章。
王家の紋章ではない。
――聖剣と、光輪。
「……勇者庁?」
思わず声が漏れる。
「正式名、“王国勇者召喚・運用統括局”。通称“勇者庁”です」
ヨアナが、どこか遠い目で補足した。
「“宰相室と軍務省と教会が、責任をなすりつけ合った結果できた部署”ですね」
「そういう裏事情は言わなくていいから」
封を切ると、やたら丁寧な文面が目に飛び込んできた。
『――王立労務局 御中
平素より、王国防衛体制の維持・改善にご尽力いただき、深く感謝申し上げます。
さて、表題の件につきまして――』
以下、長い前置きを飛ばして要約すると、こうだ。
『――“勇者パーティーの活動状況に関し、“最近“少しばかり”問題が生じている。
“魔王軍との対峙における“精神的・肉体的負荷”は当然覚悟のうえであるが、
“近時、“連続出撃”“王都での報告会”“貴族主催の士気高揚宴席”などが重なり、
“パーティーメンバーの一部に“明らかな疲弊”が見られるようになった。
――“王国勇者パーティーに“休戦日”を設ける余地はあるのか。
“その場合、“誰がどのように“一本線を引くべきか”。
貴局の“見解”を賜りたく、内々にてご相談申し上げる』
署名は、“勇者庁長官 クラーク・ローデン”。
「“勇者パーティーに休戦日”……」
ミーナが、紙を覗き込みながら呟く。
「“タイトルだけなら、飲み屋の冗談っぽいですけど」
「現場が言うと笑い事にならないやつだな」
俺は、封筒の内側にもう一枚挟まっている紙に気づき、そっと取り出した。
そこには、短い一文だけ。
『――“本件、“特に“回復役および後衛魔導士の疲弊が深刻です。
“本人たちは“自分はまだやれる”と言い張っておりますが、
“外から見れば“いつ折れてもおかしくない状態です。
――““倒れてからでは遅い”という言葉を、“外部の立場から伝えていただきたい。』
署名は、勇者庁副官、そして“パーティー付調整役”の名。
「……パーティーの中からじゃなくて、“横で見てるやつ”から来た相談か」
リシアが、小さく息を吐いた。
「“自分たちでは止まれない”から、“外から止めてくれ”ってやつですね」
「砦でも、傭兵団でも、教会でも、学院でも見た顔だな」
バルドの机に視線をやると、局長はもう立ち上がっていた。
「行け」
「早いですね」
「“勇者パーティーが折れたら”“戦局が一気に傾く”。
“兵站の紙切れ”より優先度は高い」
言い方は乱暴だが、理屈は完全に正しい。
「“ただし”」
局長が、指を一本立てる。
「“勇者本人の前で““働きすぎです”と言いたきゃ、“その場で殴られても文句言うな」
「言わないですけどね、殴られたら」
「安心しろ。“護衛兼止め役”が一応ついてる」
リシアが、こくりと頷いた。
「“勇者相手でも止めますよ」
「頼もしいけど、すごく不安だ」
*
王城の一角、勇者庁の棟は、妙な空気をまとっていた。
兵の詰所のような硬さと、教会のようなきらびやかさと、ギルドのような雑然さ。
全部を無理やり混ぜて、金の縁でくくったような場所だ。
壁には、“勇者パーティーのこれまでの戦果”が絵や文で貼り出されている。
魔王軍の前線拠点の陥落。
四天王の一人撃破。
灰の谷での防衛線維持。
どれも、民衆にとっては“希望の証”だ。
「――こちらが、勇者庁長官室です」
案内役の書記官が、そっと扉をノックする。
「どうぞ」
落ち着いた声が返ってきた。
*
長官室の中には、三人の人間がいた。
一人は、四十代後半くらいの男。
整えられた髭、深い目の下の隈。
――勇者庁長官、クラーク・ローデン。
もう一人は、三十代そこそこの男。
痩せ型で、やたらと書類を抱えている。
――副官であり、“パーティー付調整役”のオスカー・ベルン。
そして、扉のそばの椅子に、腕を組んで座っている若者。
肩までの金髪、腰に下げた聖剣、堂々とした姿勢。
「“勇者、カイル・アーレンスだな」
リシアが、小声で囁く。
「実物は初めて見た」
「戦場に出てると、なかなか王城では会わないからな」
こちらの視線に気づいたのか、カイルはぱっと立ち上がった。
「おう。あんたが“噂の監査官”か」
「“噂の”の内容が気になるところですが」
とりあえず頭を下げる。
「王立労務局監査官、レオン・グラハムです。
こちらは護衛兼止め役のリシア」
「リシアです。勇者様のお手を煩わせるつもりはありませんので、そのまま座っていてください」
「いや、立つよ。そういうとこだけ礼儀ちゃんとしてるって言われててさ」
カイルは、人懐っこい笑みを浮かべた。
「“労務局”ってやつがどんな顔してるのか、前から気になってたんだ」
「“どんな顔”って、どんな噂になってるんです?」
「“砦やギルドや教会に“謎の板”を置いてく変な人」
「だいたい合ってるのが悔しい」
*
「本日はお越しいただき、ありがとうございます」
クラーク長官が、ようやく言葉を挟む。
「まずは座っていただきましょうか。話が少し長くなりそうです」
腰を下ろすと、すぐにオスカー副官が一枚の板を差し出してきた。
そこには、勇者パーティーの“直近一ヶ月の行動予定”がぎっしりと書き込まれていた。
「……詰まってますね」
「“びっしり”って言葉が似合いますね」
リシアが、思わず漏らす。
朝――戦闘訓練、個別訓練、装備調整。
昼――前線への出撃、魔王軍拠点の撹乱、魔物の掃討。
夕――王城への帰還報告、軍務会議への出席。
夜――士気高揚のための宴、貴族との懇談、教会での祈祷。
これが、ほぼ毎日。
「“出撃なしの日”も、“報告会と宴”。
“宴なしの日”も、“前線との魔導通信会議”。
“丸一日空いてる日”が、一つもないですね」
ヨアナだったら、きっとため息を三回ついているだろう。
「“体が前線に出ていない日”も、“頭と心が休んでない」のが分かりやすいですね」
「“そりゃまあ、“勇者パーティーだからな」
カイルが、どこか悪びれもせずに言う。
「“世界救う役目背負ってんだ。“空白”があるほうが落ち着かない」
「“落ち着かない”」
反射的に繰り返してしまう。
「“空白があると、““本当にこれでいいのか”って不安になる。
“誰かが戦ってるときに、自分だけ何もしてないんじゃないかって」
その言葉に、オスカー副官がわずかに肩を震わせた。
「……まさに、そういう気質の方です」
「“勇者、あるある”ですね」
リシアが小さく頷く。
「砦にも、““自分が戦場から離れたら全部崩れる”って顔してる隊長いました」
「その隊長にも、““離れたら崩れるような隊”にしたのは自分だ”って話をしてきました」
俺は、勇者の予定表の上に、一本線を引く。
「“勇者パーティーの“休戦日”を考えるにあたって、三つの“戦場”を分けて考えましょう」
「“三つ?」
クラーク長官が眉を上げる。
「“第一の戦場”――“実際の戦闘”。
“第二の戦場”――“王城内での会議と報告”。
“第三の戦場”――“宴席と祈祷と“顔出し”です」
「“第三の戦場”、って言い方は初めて聞くな」
カイルが、面白そうに目を細める。
「“酒場と神殿を戦場に数えるやつ、初めて見た」
「““勇者がいるだけで、安心する人間”がいる場所は、だいたい“心の戦場”です」
マリアン司祭なら、たぶん黙って頷くだろう。
「“どの戦場も、““そこに立つだけで消耗する”。
“だからこそ、“全部を“毎日全開”にするわけにはいかない」
*
「まず、一つ目」
俺は、“出撃日”の欄に目を落とす。
「““連続出撃”が、最長で何日?」
「“灰の谷方面で、多いときで七日」
オスカーが、すぐに答えた。
「“夜通しの防衛戦を含めれば、“実質“十日くらい”ですね」
「“十日」
リシアが、息を呑む。
「“砦でも“そんな真似させませんでしたよ」
「“だからこそ、“魔王軍が“またあいつらか”って顔をする」
カイルが、少しだけ誇らしげに笑う。
「“四天王の一人、逃げたからな。
““あいつら、寝ねえのか”って」
「“誇るところ、そこじゃないです」
思わずツッコミが出た。
「“連続出撃は、最長三日。
“三日やったら一日“完全に前線から引く」。
砦でも傭兵団でも、同じ線を引いた。
「““勇者だからできる”ことと、““勇者だからこそやっちゃいけない”ことがある。
““十日連続防衛戦”は、後者です」
クラークが、静かに頷いた。
「“軍務省としても、““十日連続”は“やりすぎ”だと分かってはいるのだが――」
「““勇者なら”って言葉で押し切られてきたんですね」
「“……そういうことだ」
*
「二つ目、“第二の戦場”――“報告と会議」
予定表の“王城内”“軍務会議”の文字を指でなぞる。
「““出撃した日”は、“報告会議の時間を短く”。
““戦場にいた時間が六刻を超えた日”は、““勇者本人の出席”を“代理可”にする」
「“代理?」
オスカーが目を丸くする。
「““勇者パーティー付調整役”って肩書き、飾りじゃないですよね」
「“いや、まあ……」
「“““勇者本人が言わないと通らない”話”を減らしてください。
“書面と“副官の口”で済ませられる部分は、全部そっちに投げる」
クラークが、わずかに苦笑した。
「“それをすると、““勇者パーティーに直接意見したい”貴族や軍人が顔をしかめるだろう」
「“顔をしかめさせましょう」
リシアが、さらっと言った。
「““勇者を長持ちさせたいなら”““直接話したい”欲は、諦めてくださいって」
「“貴族を敵に回す物言いですね」
「““魔王軍を敵に回すよりマシです」
どっちにしろ敵なのでは、と一瞬頭をよぎったが、黙っておく。
*
「そして三つ目、“第三の戦場”――“宴と祈祷と“顔出し”」
予定表の“士気高揚宴”“慰労会”“祝勝会”の文字が並ぶ列を、ぞっとしながら眺める。
「“……多いですね、やっぱり」
「“勝てば勝つほど増えるんだよな、これが」
カイルが、露骨にうんざりした顔をした。
「““勇者のおかげで”って言われるのは嫌いじゃねぇけど、“三日連続で“おかげでおかげで”言われると、胃がもたれる」
「“それも“戦場”ですからね」
俺は、ペンを走らせる。
「““祝勝宴”の出席は、“月に二回まで”。
“それ以上は、“代理出席”か“簡易挨拶だけで退席”。
““勇者パーティー全員参加”を“必須”にするのも禁止」
「“禁止」
クラークが、少し眉を上げる。
「““誰か一人は出る”でいいです。
“できれば、“戦闘に出ていないサポートメンバー」
「“……前衛は、たしかに宴でまで体力使う必要はないか」
オスカーが、妙に納得したように頷く。
「“回復役や後衛魔導士だって、疲れているのは同じですよ?」
リシアがすかさず言う。
「““誰が一番“顔出し”が得意か”““誰が一番“酒を断るのが上手いか”で回してもいいですけど」
「“今のままだと、“カイルと“聖女”と“賢者”の三人が、だいたい全部引き受けている」
オスカーが苦い顔をする。
「“残りの一人は?」
「“盗賊のグレンは、“宴席に出すと“たぶん何か盗むので”なるべく出していません」
「“合理的判断ではある」
*
「――で、““休戦日”をどこに置くか、ですが」
予定表の中に、ぽつぽつとある“軽い日”を探す。
“軽い”と言っても、“市中巡回”や“教会での祈祷”が入っているのだが。
「“まず、“月に一度”““勇者パーティー全員の仕事を“原則ゼロ”にする日を作る」。
「“原則ゼロって……」
カイルが、露骨に居心地悪そうに身じろぎした。
「“何もしないって、“落ち着かねえな」
「““何もしない”わけじゃないですよ。
““勇者として何もしない”だけです」
俺は、わざとゆっくりと言った。
「““勇者じゃない自分”として、““好きなだけ寝てもいい日”““街を歩いてもいい日”““ただの若造として“剣の手入れだけしてもいい日”。
“そういう日を、“月に一度”」
カイルが、きょとんとした。
「“……“勇者じゃない自分」
その言葉を、何度か口の中で転がしている。
クラーク長官が、静かに目を伏せた。
「“カイル殿が召喚されてから――““勇者じゃない自分”の話をしたことが、一度でもあっただろうか」
「““勇者としてどうあるべきか”って話しかしてこなかった気がしますね」
オスカーが、自分の手元を見つめながら言う。
「“それは、“わたしたち大人の責任かもしれません」
「““勇者パーティーの“休戦日”は、““勇者じゃない自分”を思い出す日”でもあります」
俺は、そう付け足した。
「““戦場で何度も死地をくぐり抜けた人間”ほど、““自分が何者だったか”を忘れがちですから」
砦の古参兵の顔が、幾つも頭をよぎる。
*
「“ただし」
現実的な話も、忘れてはいけない。
「““勇者パーティーの“休戦日”を作るなら、““代わりに前線に立つ連中”の負荷はどうするのか」。
クラークが、すぐに答えた。
「“そこが問題だ。
“勇者が前に出る日は、“他の部隊の負担が少し軽くなる。
“逆もまた然りだが、“戦局が逼迫している今、““勇者抜きの日”を増やすのは怖い」
「“そこで、“灰の谷覚書”ですよ」
自然と、その言葉が口から出た。
クラークが、目を細める。
「“例の、“魔王軍側と共同で決めた“最低限の原則”か」
「“向こう側にも、““勇者のような連中”がいます。
“魔王直属親衛隊”“四天王”“闇の勇者”――
“そのあたりの連中も、“今、似たような負荷をかけられているはずです」
ギルゼンの通信札を思い出す。
『――“闇魔導士養成所”において、“七夜の修行”なるものが問題に』
「““こちらだけが休む”という顔にしないよう、““向こうも同じだけ休ませろ”と紙の上だけでも約束させることはできます」
「“紙きれ一枚で、魔王軍がどこまで守るかは分からんが」
クラークが、肩をすくめる。
「“それでも、“““勇者は休んでいるあいだに“魔王軍が攻めてくる”という噂”を少しは抑えられるかもしれんな」
「““休んだら負ける”って空気を、“紙で薄める”んですね」
リシアがぽつりと言う。
「“薄め方がうまくいけば、““休んだほうが勝てる”って空気に変わるかもしれません」
*
ひと通り話を終えたあと、カイルがぽつりと言った。
「“なぁ」
「“はい?」
「““休戦日”ってのさ。
“他の連中――“僧侶のフィーネとか、“賢者のリオとか、“グレンとかにも――ちゃんと話してから決めたい」
その言い方は、“単に嫌がっている”というより、“仲間の顔をちゃんと見たい”という感じだった。
「“いいですね」
俺はうなずく。
「““本人たちに説明する役目”を、“俺が全部背負う必要はないですよ」
「“でも、““外のやつが決めたからやれ”って話じゃないほうが、あいつら納得しやすいと思う」
カイルは、少し照れくさそうに笑った。
「““勇者のくせに休んでいいのか”って、一番最初に言いそうなの、あいつらだからさ」
「“いい仲間だな」
リシアが、ふっと笑う。
「““そういうことを言える仲間”がいるなら、““勇者じゃない自分”も、まだどこかにいますよ」
*
勇者庁を辞したあと。
王城の外の空は、夕焼けに染まり始めていた。
塔の上で、兵士が交代している。
教会の鐘が、沈黙の日ではないことを告げる。
商人街の帳場の灯りは、少しずつ“日付をまたがない時間”に近づき始めている。
「“……忙しいところばっかり、どんどん線を引いてますね」
リシアが、空を見上げながら言った。
「“砦”“暗部”“傭兵団”“教会”“学院”“商会”“勇者パーティー”」
「“全部、“誰かが““ここは特別だから”““例外だから”って言ってた場所だからな」
俺は苦笑する。
「““例外扱いされた場所”ほど、“一番先に壊れる”のは、どこも同じだ」
*
労務局に戻ると、机の上の水晶が、まるでタイミングを見計らったように光った。
『――魔王軍統一兵站局労務監査課 ギルゼン・ヴァルナ』
ほんの少しだけ、嫌な予感と期待が混ざる。
『――“闇の女神の寵児”とやら――“こちらの“勇者に相当する連中”の勤務表を見た。
“こちらも、““出撃”“闇の儀式”“魔王陛下との戦略会議”“士気高揚のための血の饗宴”などで、
““休みなき英雄生活”を送っていることが判明。
――““光側でも似たようなことになっているか”と予想していたが――』
「“だいたい合ってるよ」
思わず苦笑しながら、続きを読む。
『――“こちらでも、““闇の勇者”に“月一日の“影に隠れる日”を設ける案を検討中。
“名称をどうするかで揉めている。““サボり日”としたい者と、““深き沈黙の日”と名付けたい神官たちとで。
――“光側でも、“名前争い”が起きていることを願う』
「“願うな」
ペンを取り、返事を書く。
『――こちらでは、““勇者パーティーに“休戦日”を、という話をしてきたところだ。
“名称については、““何もしない日”ではなく、““勇者じゃない自分に戻る日”として提案した。
““サボり日”にしても“深き沈黙の日”にしても、“呼び名より中身のほうが大事だと思いたい。
――“ただし、““宴席に引っぱり出されない日”という意味でなら、““サボり日”も悪くないかもしれない』
少しだけ迷って、一文足した。
『――“光でも闇でも”“英雄は“燃え尽きたらそこで終わり”だ。
“終わる前に、“一日くらい“世界を背負っていない自分”に戻っても罰は当たらない』
*
王立労務局監査官、レオン・グラハム。
砦、暗部、傭兵団、教会、学院、商会。
そしてついに、“勇者パーティー”の予定表にも、一本だけ“空白の線”が引かれ始めた。
“休戦日”――世界の行方を決める戦いの、そのほんの隙間。
世界は今日も、ほんの少しだけマシになった――
少なくとも、“世界を救う役目を押しつけられた若者”が、月に一度くらい、“ただの自分”に戻れる方向へ、
紙の上からそっと押し出された分だけ。




