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異世界労務局は魔王にも「今日ここまで」を言わせたい  作者: ひろボ


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23/50

二十三話 商会に“定時”は存在するか

 王立魔導学院の時間割に一本線を引いた、数日後。


 労務局の午前は、相変わらず紙とインクと、そして入口横の“自分たち用・見える板”でできていた。


「――はい、今日の分の現実」


 ミーナが、どさっと新しい紙束を置く。


「“砦案件二件”“暗部案件一件”“教会案件一件”……で、“新規・商会案件一件”」


「“商会案件”?」


 聞き慣れない組み合わせに、思わず顔を上げる。


「“戦時物資を扱う大商会からの、労務相談”だそうです」


 ヨアナが、一枚を抜き出して読み上げる。


『――“戦時下において長時間勤務を余儀なくされている使用人および店員について、

 “王立労務局の方針と、“最低限の線”とやらの適用範囲を確認したく、書面にて問い合わせる。


 ――“当方としては、“商品の滞りなき供給”が王国の命運を握っていると自負している。

 “その一方で、“働き手の疲弊”も無視しがたい段階に来ている。


 ――““商会に“定時”なるものを導入する余地はあるのか”。


 王都大商会連合 副代表

 ハイデラント商会当主 ギュンター・ハイデラント』


「……“せめていきなり“定時”とかいう単語を投げないでほしい」


 俺は額を押さえた。


「“定時”?」


 リシアが首を傾げる。


「“時間になったら仕事を終える”って概念です。

 “商人世界では存在しない伝説上の生き物”」


「存在しない言わない」


 ミーナがくすっと笑う。


「でも、“使い走りの少年”とか、“住み込みの店員”とか、だいたい“日が昇ってるあいだはずっと働いてる”イメージありますね」


「“日が沈んでも帳場の灯りが消えない”って、商人街の夜景の名物ですし」


 ヨアナが苦笑する。


 砦、暗部、傭兵団、教会、学院。

 次は、商人街。


(……丘の上で“いつか”の欄に書いたやつ、さっそく回ってきたな)


 茶屋の机で、紙の端に小さく書いた文字を思い出す。


 “商会向けの“使用人の働き方”講習会”。


 願い事は、口にすると叶いやすい。

 ――良いことも、悪いことも。


「局長」


 バルドの机を見ると、ちょうど目が合った。


「商会からです」


「知ってる」


 局長は、机の端を指で叩く。


「宰相から先に話が来た。“大商会連合”だ。

 “物資を握ってる連中”は、だいたい“面倒な話”を持ってくる」


「“行くな”とは言いません?」


「言わん。

 “砦も”“暗部も”“教会も”“学院”も触ったあとで、“商会だけ触らない”ほうが危ない」


 その言い方に、ヨアナが少し頷いた。


「“兵”“魔導士”“神官”“学生”の働き方を変えておいて、“商品の流れ”だけ野放しにしておくと、どこかで歪みが出ますね」


「“働き方”ってやつは、“貨物の流れ”にも乗るからな」


 局長は、にやりともせず続けた。


「行ってこい。““定時”って単語を投げてきた時点で、半分は覚悟できてる商人だ」


「残り半分は?」


「“どうにかして抜け道を探したい”だろうな」


 それは、どんな現場でも変わらない。


 *


 王都の商人街は、いつもよりせわしなく揺れていた。


 戦時物資を積んだ荷馬車。

 値札に“軍務省優先”と書かれた店先。

 帳場から聞こえる、金勘定の声。


 そんな中でも、ひときわ大きな建物がある。


 ギルドでも教会でもない“石造りの三階建て”。

 それが、ハイデラント商会の本店だった。


「……相変わらず立派ですね」


 リシアが、黒光りする扉を見上げる。


「砦の門より重そう」


「砦の門は“外敵”を止めるもので、こっちは“支払いを遅らせたい客”を止めるものだからな」


「止める対象が違うだけで、やってることは似てますね」


 くだらない話をしながら扉をくぐると、すぐに執事風の男が現れた。


「お待ちしておりました。王立労務局のレオン・グラハム様ですね」


「レオンです。こちらは護衛兼“止め役”のリシア」


「“止め役”がついていらっしゃるのは、安心いたします」


 ここにも、その言い方が伝わっているらしい。

 便利なのか不名誉なのか、複雑だ。


 *


 応接室に通されると、そこは“いかにも商会”という雰囲気だった。


 壁一面の帳簿棚。

 地図と航路図。

 各地の貨物倉の位置を示した板。


 その中央に、どっかりと座っていた男。


 背が高く、腹が出ている。

 だが、その目は驚くほどよく動いている。


「ギュンター・ハイデラントだ」


 名乗り方も、声も太い。


「“王立会計局の出身で”“今は労務局で“現場を荒らしている”って噂の兄ちゃん――で合ってるか?」


「“荒らしている”の部分だけ、誰か訂正しておいてくれませんかね」


 思わずため息が出る。


「噂が先に歩きすぎですね」


 リシアが小声で苦笑する。


「“砦”“暗部”“傭兵団”“教会”“学院”……順番に“板を増やしてる監査官”って」


「そこだけ聞くと、たしかに“荒らしてる”に見えなくもないな」


 ギュンターは、ふふん、と鼻を鳴らした。


「まあ座れ。

 “うちはうちで、“自分の足元”が軋み始めてる自覚はある。

 “噂のやつ”に診てもらうのも、一度くらいは悪くないだろう」


 *


「では、まず“現状”から」


 ギュンターが、机の上に一枚の板を置いた。


 そこには、数字がぎっしりと並んでいる。


「“本店および王都支店の使用人・店員・書記の人数”“一日の標準労働時間”“繁忙期の延長時間”。

 ――“王都の教育院や軍監察総局に見せるのはごめんだが”“あんたには見せておく」


「“可視化”の威力を、身に染みて知ってる顔ですね」


 会計局出身者の癖が、ところどころに滲んでいる。


「まず“通常期”。

 “開店前準備一刻”“営業八刻”“閉店後片づけ二刻”――合計十一刻」


「“十一刻”」


 リシアが、さすがに顔をしかめた。


「兵隊より長いですね」


「“砦”は“戦時基準”で八〜九刻。“傭兵団”も“危険度高めで八刻”。

 “商会の店員”は、“戦場ほど危なくない”はずなのに、時間だけ見ると“前線”ですね」


 ギュンターは、肩をすくめる。


「“日が昇ったら店を開けて”“日が沈んでも帳簿が終わるまでは帰れない”――

 “商人の世界の常識”さ」


「“常識”って言葉も便利ですね」


 ミーナが聞いたら、たぶんそう言う。


「“繁忙期”は?」


「“収穫期と軍への一斉納入時期”だな。

 “営業八刻”は変わらんが、“準備と片づけ”が“それぞれ二刻ずつ”。

 “合計十二〜十三刻”」


「“寝るためだけに寮に帰る”パターンですね」


 リシアが、もはや呆れ顔だ。


「“徹夜まではいかないが”“半徹夜が日常化してる”って感じか」


「“徹夜”は、よほどのトラブル時だけだ。

 ――“年に数回あるけどな」


「“年に数回”」


 俺も、少し眉をひそめる。


「“年に数回”でも、“毎回同じ顔ぶれ”が徹夜しているなら、それは立派な“常態化”です」


 ギュンターの笑みが、わずかに引きつった。


「……“見えてるか”」


「“見える板”のおかげで、だいぶ」


 王都の商人街にも、小さいが噂になっている。


 “労務局のやつが来ると、まず板を持ち出す”と。


 *


「正直に言おう」


 ギュンターは、椅子にもたれながら続けた。


「“うちの使用人や店員が倒れるのは、困る”。

 “熟練の帳簿係”は、そう簡単に育たん。


 だが、“店を閉める時間を短くする”のも怖い。

 “戦時下で、商機を逃したくない。

 “ほかの商会が“夜更けまでやってる”のに、“うちだけ早く閉めたら”“客をとられる」


「“よそがやってるから、うちも”ですね」


「“砦”でも“傭兵団”でも“教会”でも“学院”でも出たやつですね」


 リシアが、どこか楽しそうに言う。


「“よそが徹夜してるから”“うちも徹夜”。

 “よそが倒れる前に”“自分とこに線を引く”のが、レオンの仕事です」


「“お前の紹介のされ方”、だいぶ雑になってないか」


 苦笑しながら、俺は板を自分のほうに引き寄せた。


「まず、“一日の負荷”の話をしましょう。

 “砦”も“傭兵団”も、“一日八刻を超える“命張る行動”は、“危険”と判断しました」


「“うちの店員が命張ってる”って言ったら、兵士に怒られるぞ」


「“命張る”の定義を、““倒れたら困る場に立ち続けること”にすると、だいたい似たようなものです」


 俺はペンを走らせる。


「“接客”“荷運び”“帳簿付け”“仕入れ交渉”“苦情対応”――

 “全部、“人と金と商品の流れに集中してる時間”と考えてください」


 ざっと見積もる。


「“店頭に立っている時間”が四〜五刻。

 “倉庫や帳場での作業”が四〜五刻。

 合計八〜十刻。


 ――“集中して神経をすり減らしてる時間”としては、“前線の兵士や神官や学生と同じくらい」です」


 ギュンターが、ふん、と鼻を鳴らす。


「“兵士より楽だろう”って言いたいが、言わねえでおく。

 “昼前から延々と客の相手をして、夜は帳簿の数字とにらめっこ”――

 “たしかに“面の向きが違うだけ”って感じもするな」


「“命の飛び交う方向”が違うだけです」


 リシアが相槌を打つ。


「“客の怒鳴り声”と“砦の外の咆哮”の違い、くらいじゃないですか」


「どっちも割と怖いがな」


 *


「では、“どう線を引くか”ですが」


 板の上に、一本の線を引く。


「一、“店員・使用人の一日あたりの“集中労働時間”を、原則八刻まで”。

 “開店前準備”“営業”“片づけ”のうち、“客前に立っている時間”と“帳簿と向き合っている時間”を合わせてです」


「“原則”?」


 ギュンターが、見逃さずに訊ねる。


「“繁忙期には越える日もあるでしょうが”“連続して三日以上越えない”。

 “三日越えたら一日、短くする」。


 次に、二本目の線を引く。


「二、“閉店後、帳簿作業は二刻まで”。

 “それを超える場合は、“翌日に回す”か、“人を増やす”か、“仕事を減らす”。


 ――““夜中の三刻にろうそくの前で帳簿を眺めている書記”は、“それ自体が不良債権です」


「“不良債権”って言葉、久しぶりに聞いたな」


 ギュンターの口元に、かすかな笑みが浮かぶ。


「“会計局出身って感じがする」


「褒め言葉として受け取っておきます」


「そのうえで、“定時”の話をするわけか」


「はい。““日が落ちたら閉める店”を、“負け”とみなす空気を変えたい」


 商人街の夜景を思い浮かべながら続ける。


「“軍に納める物資”なら、“納入期限”を調整する余地があるかもしれません。

 “全部の商会に“夜更けまで灯りをつけさせる”より、“一部の商会に“時間を区切らせる”ほうが、結局は“事故と失敗”が減る」


「“納入期限”は、軍務省との話だからな……」


 ギュンターが、渋い顔をする。


「“あいつら”“数字では“余裕をくれ”って言うが”“実際には“早ければ早いほどいい”って顔をする」


「そこは、“労務局”“軍監察総局”“会計局”あたりを総動員して、““事故率と返品率”の数字を持って殴ります」


 俺自身も、その殴られた側だった過去を思い出す。


「“眠い頭で詰めた荷”と“起きている頭で詰めた荷”では、“壊れものの割れ具合”が違います」


「“壊れもの”に限らんだろ」


 ギュンターが苦笑した。


「“帳簿の数字”だって、“眠いと“桁が一つずれたりする」


「それを直すのに、また二刻かかるんですよね」


 リシアの言葉に、ユリウスならぬギュンターも深く頷いた。


「“桁がずれたまま納税報告を出した”やつの顔、二度と見たくねえ」


 *


「それと、もう一つ」


 俺は、板の隅に小さく新しい欄を描き足した。


「“住み込み使用人・見習い向けの“勉強時間”と“自由時間”を、ちゃんと区別してください」


「“勉強時間”?」


 ギュンターが眉をひそめる。


「“読み書き”“計算”“商品知識”――

 “将来の帳簿係や支店長を育てるなら”“そういう時間も必要でしょう。


 でも、“仕事の後に““勉強”と称して帳簿写しを延々とやらせていたら”“それは“残業”です」


「“耳が痛い”な」


 ギュンターは、素直に認めた。


「“見習いは住み込みで”“寝るまで店のことを考えてるのが当たり前”――

 “そういう世界で育ってきたからよ」


「“そういう世界”も、“一度はがして見てみませんか”。

 ““寝るまで店のこと”の中に、“本を読む時間”“どこにも属さない話をする時間”を少し混ぜる」


 丘の上で考えた、“戦後の商会向け講習会”の内容を、そのまま引っ張り出してくる。


「“遊び下手は燃え尽きやすい”って話、しましたよね」


「“あんたも本読んだのか」


 ギュンターが、目を細める。


「“うちの息子が“最近その本を読んで、“父上もたまには昼寝をなさっては”って言いやがった」


「いい息子さんですね」


 リシアが笑う。


「“商会の跡取りが“父親の昼寝”を提案できるなら”“まだ救いがあります」


「“昼寝してるあいだの帳簿は誰が見るんだ”って言い返したがな」


「“昼寝しないで見て、桁を間違えるよりマシです」


 きっぱりと言うと、ギュンターは腹の底から笑った。


「“言いよるな、会計屋出身」


 *


「ところで」


 ギュンターが、少し真面目な顔に戻る。


「“うちだけが“定時”に近いものを導入しても、“他の商会がやらなければ”“うちが損をする”って顔をするやつが出る」


「“出ますね」


「“大商会連合”として、““最低でもこれだけは守る”って線を、“まとめて引けないか」


「“業界内・最低限の原則”ですね」


 十九話で作った、“灰の谷覚書”の文字が頭に浮かぶ。


「“砦と魔王軍の間”に引いた線を、“商会同士の間”にも引くわけですか」


「““敵”はいないが、“競合”はいる」


 ギュンターが頷く。


「““最低限”を全部で揃えておけば、“それを下回るやつ”を“白い目で見れる」


「““戦時労務に関する最低限の原則・商会版”ですか」


 ヨアナが聞いたら、きっと紙を出してくるだろう。


 頭の中で、自然と項目が並び始める。


 一、“店員・使用人の“集中労働時間”は一日八刻を標準とし、十一刻を超える日を連続させない”。

 二、“閉店後の帳簿作業は二刻までとし、それ以上は翌日に回す”。

 三、“住み込み見習いに“一日一刻の自由時間”を保障する(“勉強時間”とは別に)”。

 四、“年に数回ある“徹夜作業”に、同じ顔ぶれを指定しない”。

 五、“病気・怪我で倒れた使用人を、“自己責任”で切り捨てない”。


 紙の上に浮かんだ言葉を、そっと押さえる。


(……これは、うちの局だけで決める話じゃないな)


「“王都大商会連合”全体の話にするなら、“宰相の首を縦に振らせる必要があります」


「“宰相閣下……”」


 ギュンターが、あからさまに顔をしかめる。


「“あのお方”“数字と紙の話はやたら詳しいからな」


「“だからこそ”です。

 ““兵が倒れないように”だけじゃなく、““物資を運ぶ人間も倒れないように”って数字を添えれば、“首を縦に振る可能性は高い」


 “商会”というのは、“国庫に金と物資を流し込む血管”だ。


 その血管が詰まったら、砦も学院も教会も、全部止まる。


「“倒れる前に線を引きたい”って話なら、“宰相と同じ方向を向いています」


「“あんた、器用に人の言葉を使うな」


 ギュンターが、面白そうに笑った。


「“よし。

 “うちの連合としても、“労務局と一緒に“商会版・最低限の原則”をまとめる方向で動こう。


 “ただし条件がある」


「“条件?」


「““商会の現場”を見てからにしてくれ。

 “帳場と倉庫と店先を一通り歩いて、“紙の上だけじゃない線を引いてほしい」


 それは、願ってもない提案だった。


「“もちろんです」


 *


 ハイデラント商会の店先。


 開店時間ぎりぎり。


 店員たちが慌ただしく棚を整え、床を掃き、看板を出している。


「――おはようございます!」


 揃った声が響く。


 その中に、ひときわ小柄な影があった。


 まだ十五、六歳くらいだろうか。

 少し大きめのエプロン。

 慣れない手つきで商品を並べ、足元を気にしながら走る。


「――あれが、“住み込み見習い”の一人だ」


 ギュンターが、遠くから指さす。


「“村から出てきて一年。

 “読み書きは、うちの書記が夜に教えてる。

 “計算は、実際のつり銭を渡しながら覚えてる」


「“いい目をしてますね」


 リシアがぽつりと言う。


「““不安”と“期待”が混ざってる」


「“ああいう目を、““疲れ果てて何も考えたくない”のに変えたくはねえんだよ」


 ギュンターの声に、ほんのわずか熱がこもった。


「“だから“定時”なんて単語を、わざわざ役所に投げた。

 “商人の口から出すには、ちょっと勇気が要ったがな」


「“勇気があるうちに、線を引きましょう」


 俺は、見習いの少年が看板を持ち上げる姿を見ながら言った。


「“あの子が十年後、““この店で働き続けてもいい”って顔をしていられる線を」


「“十年後、か」


 ギュンターが、遠くを見るような目になった。


「“戦争がいつ終わるかも分からんのに」


「“だからこそ、十年後の話をしたくなるのかもしれませんね」


 砦の中隊長も。

 傭兵団長も。

 首席司祭も。

 学院長も。


 みんな、“五年先”“十年先”の話をするときだけ、少しだけ顔が柔らかくなる。


 *


 その日の夕刻。


 労務局に戻ると、机の上の通信水晶がまたちりんと鳴った。


『――魔王軍統一兵站局労務監査課 ギルゼン・ヴァルナ』


 読む前から、何となく内容の匂いがする。


『――こちらでも、“軍需物資を扱う闇商会”から、““労務監査課は、我々にも口を出すのか”と問い合わせが来た。


 ““定時”という言葉の意味を説明するのに、一刻を要した。

 ――“そちらでも似たような目に遭っていることを願う」


「……説明の一刻、返してほしいって顔してそうだな」


 思わず苦笑してから、返事を書く。


『――こちらでも、“商会に定時は存在するか”という問いを投げられたところだ。

 “結論としては、“存在させるつもりでいる”。


 “帳場の灯りが“日付をまたがない日”を、“贅沢”ではなく“普通”にしたい。

 ――“光側でも闇側でも、帳簿の桁が揃っているほうが、きっと世界に優しい』


 少しだけ迷ってから、一行付け足す。


『――“闇の商会”にも、“住み込みの見習い”がいるのだろうか。

 “いるなら、“遊び下手のまま大人にしないでやってほしい」


 *


 王立労務局監査官、レオン・グラハム。


 砦、暗部、傭兵団、教会、学院に続いて、商人街にも一本の線が引かれ始めた。


 “定時”という、商人世界では伝説上の生き物だった言葉が、

 “帳場の灯りが消える時間”として、紙の上に書き込まれ始めている。


 世界は今日も、ほんの少しだけマシになった――

 少なくとも、“眠い目で帳簿をにらむ見習いたち”の何人かが、夜にちゃんと眠れる方向へ、ほんの少しだけ動いた分だけ。

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